「自分達が何をしているか分かっているんですか!」
 無機質な部屋に反響する女性の声。
「自らの欲望の為に、こんな……」
「おやおや、自分だけ良い子ぶるつもりか? ドクター」
「私は……!」
「逃げられないんだよ、俺達も、お前も」
 何も言い返さず項垂れる女性に背を向け、部屋を後にする数人の男性。医療器具らしきものと、ドクターと呼ばれた女性の存在から推測するに、彼等はきっと医療に携わる人間なのだろう。争いの原因が何であるかは分からないけれど、あまり良い場面でない事は理解できる。
「私達は滅ぶべきなのかもしれない」
 くぐもった声で呟いた台詞に、男性の一人が振り返る。
 そして。
「一人で滅べ」
 一発の銃声が冷たい部屋を支配した。

 

「……さま、ここにも人が」
 空気が抜けるような、自分の呼吸音が煩わしい。息を止めればこの音を聞かずとも済むのだろうか? と馬鹿げた事を考えて、少しの間呼吸を止めてみたら、今度は心臓の音が煩くて我慢出来なくなった。
「僕が手を下すまでもないみたいですね」
 間近で聞こえた声に重い瞼を上げれば、感情の無い冷たい双眸が私を射抜いていた。
「何か、用?」
 用がないなら早く何処かに行けと視線で訴えれば、クフフフと珍しい笑い声が少年から漏れた。
「酷い有様ですね」
 私の置かれている状況が面白いのか、血だまりの出来ている床に膝をついて私を覗き込む少年。そんな所に座り込んだら服が汚れると注意してあげようと思ったけど、良く見たら既に少年の服は赤黒く変色していた。
「腹を打ち抜かれた女の体なんて見て楽しい?」
 半ばヤケになって聞けば「とても楽しいですよ」と少年が目を細めたので、それは良かったと返しておいた。
「痛くないんですか」
「麻酔打ったの。痛いの嫌いだから」
 痛くはないが息が苦しい。酸素を求めて口を開きっぱなしの私は、陸に上がった魚のよう。どうせ死ぬなら、最後は綺麗に死にたいと思っていたのに、理想通りにはいかないものだ。
「貴女は、温かいですね」
 私の腹部に手をあて、ゆっくりと流れ落ちていく生命に触れながら、恍惚ともとれる表情で呟く少年が妙におかしくて思わず笑ってしまった。
「君は冷たいね」
 私に触れている彼の手に、そっと自分のそれを重ねれば、氷に触れているような感覚を覚える。今まさに死にゆかんとしている人間よりも冷たい体温なんて、よっぽど冷えているのだろう。少年の体を冷やしてしまった原因が無くなればいいと、力の入らない手でそっと握れば、困ったような顔で私を見る。
「殺したの」
 触れた箇所から広がる冷たさに歯痒さを感じながら問えば、腹部に掛かる圧迫が少しだけ強くなったので肯定の意ととった。
「残りは貴女だけですよ」
「意外かも」
 だってそうだろう。一番始めに死ぬはずだった自分が最後まで残っているなんて、運命というのは天の邪鬼らしい。
「どうします」
「どうって、このまま放っておいても死ぬよ、私は」
「ええ。ですから死ぬ前に殺して差し上げようかと聞いているんですよ」
 クフフフと例の笑みを浮かべる少年の言葉に、唖然としてしまった。この子は何がしたいのだろうか。スタッフ全員を自分の手で殺さないと気が済まないのだろうか?
「随分な自信ですこと」
 からかって笑ってやろうと思ったけど、口から漏れたのは大量の血液と耳障りな音だけだった。むせる私の背をさする少年と、彼を何とも言えない目で見ている二人組の少年達。
「早く逃げた方がいいんじゃないの? 六道骸」
 少年の名を口にすれば、今までさすってくれていた手がぴたりと止まる。
「おや、御存知でしたか。ドクター
 彼も私も素直じゃない。お互いの素性を知っていて知らないフリをしていたなんて、滑稽過ぎて大笑いしてやりたいとこだ。
「ずっと、見てたからね」
「奇遇ですね。僕もですよ」
「あら、じゃ相思相愛?」
「かもしれませんね」
 骸とのやりとりが思った以上に楽しくて、無意識に口角が上がる。こんな事なら、もっと彼と話してみれば良かった。だが、よく考えてみたら骸の声を聞いたのは今日が初めてだった気がする。
はもういくんですか」
「そうね」
「残念ですね。折角こうして話が出来たのに」
「私も残念だと感じているわ、骸」
 六道輪廻を操る力を自らの物とした骸は、これからどんな人生を歩んで行くのだろう。彼の事だから十中八九闇の道だと思うけれど、それを見届けられない事が残念でならない。
「次、会えるなら……成長した、貴方がいいわ」
「何故です?」
「きっと、私好みの容姿になってるハズだから」
 返り血で彩られた彼の頬に手を添えれば「光栄ですね」と骸が囁く。
 私は貴方よりも先に逝くけれど、貴方はそれを悲しんだりしてくれないだろう。それが悲しくもあり、悔しい。現にほら、今だって綺麗な笑みを浮かべて私を見てる。
「また、会えるといいですね
「なに……言ってるの」
「おや、約束はお嫌いですか」
 ゆっくりと顔を近づけてくる骸。ああ……色違いの瞳が綺麗だ。
「また……では、なくて……絶対、会うのよ」
 私に触れる彼の手が温かい。骸を温めてあげる事が出来ないのが心残りだけど、ひとつだけ我が儘を言わせてね。貴方を見てるだけだった私に御願いする権利なんてないけど、ひとつだけ……たったひとつだけ望みたい事がある。
「骸」
「なんですか
 動かすのすらおっくうな手を、無理矢理上げて彼の胸ぐらを掴めば、異彩を放つ六の文字が間近で輝く。
「信じていて」
 私と貴方は必ずまた出会うと、私という存在が在ることを……どうか忘れないで、信じていて。懇願にもにた呪いの言葉を吐き出せば、骸がそっと目を伏せた。彼の綺麗な瞳が見れなくなってしまうのは残念だけど、仕方がない。
 視界はもう真っ暗で、聞こえていたハズの呼吸音もほとんど聞こえない。次第になくなりつつある感覚の中で、唇から伝わってくる暖かさだけが意識を繋ぎ止めた。
「いいですよ」
 虚ろな意識の中で聞いた肯定の台詞に、有り難うと呟いたけれど、実際音になったかどうかはもう分からなかった。

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