私達は確かに良く似た種類の人間なのだろう。
六道骸は特異な力を持ち、他人に憑依する能力を有している。けれど、私は他人に憑依する事なんて出来ないし、輪廻を巡り記憶を保持する事も出来ない。
けれど、一つだけ似ている箇所がある。
「さん、どうしました。顔色が悪いですよ」
うっすらと目を開ければ視界に腕らしきものが映った。どうやら倒れそうになった私を骸が支えてくれたらしい。
「六道、骸……」
「なんでしょう」
私は何を言いたいのだろうか。自嘲気味に呟かれた言葉の意味が今なら分かるけれど、それを私が口にしてもいいのだろうか。
今の私が持つ「記憶」を骸に伝えてもいいのだろうか……?
縋り付くような状態の私を支えるべく回された手は冷たく、一瞬身を固くすれば頭上で独特な笑いが響く。
「……ありがとう」
ありったけの思いを込めて呟けば、微かに骸の肩が揺れる。
「具合の悪い女性を助ける心くらいなら、僕だって持ち合わせてますよ」
「違くて」
「何がですか」
「だから……その」
間違えられた事に対して、何故こんなにも苛立ちを感じるのだろう。
あの時も、私は骸を見上げていた。今より背はずっと低くて顔立ちも幼いけれど、触れる手や双眸に宿る冷たさは何一つ変わっていない。喜んでしまうのは不謹慎だと分かっているけど、彼が私の言葉を覚えていてくれたのが嬉しくて。
「信じてくれてて……ありがとう」
ようやく告げられた言葉に安堵すれば、支えていた腕が背中に回されキツク抱きしめられた。
「む、骸?」
「滑稽だと思ったでしょう」
背後で聞こえる掠れた声に、一瞬泣いているのかと思った。
「私は嬉しいよ。骸が覚えていてくれてて、嬉しい」
ハッキリと告げれば、抱きしめられる腕に力がこもる。離してくれと講義しようと思って、言葉を飲み込んだ。あの骸が泣くハズなんてないのに、やはり泣いているイメージがぬぐい去れない。
「思い出したんですか」
「少しだけね」
骸は他人に憑依して体を乗っ取るが、私は違う。
「どこまで」
「死ぬ間際だけ」
「クハハハハ、それは災難ですね」
「そう?」
私は他人の心に干渉してしまう。干渉している間は、確かにその人物は「私」だし記憶も持ち合わせているけれど、常時干渉し続けている訳ではない。今の私は10年後の世界から来ているけれど、これも「私」の本体かどうかは分からない。
「まったくらしいですね」
ひとしきり笑って満足したのか、拘束する力が緩んだので距離を取ることが出来た。
「ねぇ、骸。聞いてもいい」
「なんでしょう」
「なんで私だって分かったの?」
ドクターと呼ばれて居たときも今も、姿形は全然違うのに骸は声を掛けてきた。六道を操る骸からすれば、人の判別など容易いということなのだろうか?
「知っていましたから」
躊躇った末にようやく口にした言葉を、骸はあっさりと肯定した。
「知っていた、って……あの時も?」
「ええ」
私がドクターと呼ばれている者と記憶を共有していた事を、骸は気付いていたというのだろうか? 少年で、話したこともなくて、ただガラス越しに彼を見ていた時に気付いていたと?
「言ったじゃないですか」
はもういくのですか? と。
続いた言葉に震えが走る。
何故今まで気付かなかったのだろう。他の仲間からはドクターとしか呼ばれていなかったのに、骸だけが私の事をと呼んだ。知るはずのない私の名を、彼は知っていた。
それは、何故?
「骸は、私の……」
聞きたいのに聞けない言葉に、全身が冷え切って震えが来る。
「」
きっと彼は知っているのだ。本当の私が何処に居るのかを。
「」
「あ、え、ごめん。なに?」
再度呼ばれた名に慌てて答えれば、クフフフと楽しげに骸は笑う。
「気になりますか、僕がの事を知っている理由が」
「……っ」
反射的に骸の上着を掴んだ私に、そっと彼の手が重なる。
冷たい……。
「簡単ですよ」
ゆっくりとした動作で握られる手の感触は、あの時に良く似ている。
「ですが、貴女は教わる事をよしとしない……そうでしょう? 」
「…………そう、ね」
はっきりとした答えが出なかった事に安堵しながら、私の手を握る骸の手に触れた。
「相変わらず冷たいのね」
「クフフフ……そうですか?」
だが、いまはあの時と違う。
ゆっくりと馴染んでゆく暖かさが嬉しくて思わず微笑めば、一瞬骸が驚いたような色を瞳に宿した。
「無防備な顔を晒すものではありませんよ」
「無防備って……馬鹿にしてるの?」
「いいえ、そうではありません」
少しずつ無くなる距離は、あの時を彷彿させる。
そっと伏せられる目も、唇に感じる温もりも……。
「……骸」
あの時もキスしたでしょ。と率直に聞けば、盛大に笑われてしまった。
「骸」
「今度はなんですか」
苦笑を浮かべながら立つ彼に手を差し伸べて。
「手、繋いでくれる」
少し間をおいてから大爆笑する骸。周りに人がいなくて良かったと心の底から思った。手を繋ごうって言ったくらいで、こんなに大笑いされるとは……言わなければ良かった。微かな自己嫌悪と共に差し出した手を引っ込めようとすれば、緩い力で拘束されて反射的に骸を見上げる。
「いいですよ」
触れた手は、もう冷たくなかった。
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