平和なハズの学校なのに、何故かここの生徒は打撲で運ばれてくる人が多い。階段から落ちたとか、部活動で怪我をしたとかのレベルではないその傷は、見れば見るほど不思議になってくる。贔屓目に見ても自発的でないソレを指し、治療の合間に原因を問えば100%の確率で自分でやったというから更に謎は深まるばかり。
今回運ばれて来た子なんてぱっと見、頭割れてるんじゃないかと思ったくらいだし。何をどうしたらこんな怪我になるのか教えて欲しいものだ。
「まさか此処にもボンゴレの敵が……?」
10代目には師匠もついているから、万が一ということはないと思うけれど、可能性は捨てきれない。まぁ隼人さんも山本さんもいるから、取り越し苦労だとは思うけれど……。
「おーい患者だぞ」
「え? 師匠……って、皆さん揃ってどうしたんですか!?」
ぼこぼこにされた。と形容するのが正しい風体に勢い良く立ち上がれば、背後で椅子が盛大な音を立てる。先程聞こえた爆発音と何か関係があるのだろうか? 聞いてみたいが今は怪我の程度を調べるのが第一だろう。
「うっわ……手ひどくやられましたね。特に10代目、口の中切れてるじゃないですか」
「ちょっと転んじゃって……」
「転んだじゃないでしょう!」
私が大きな声を上げたことが意外だったのか、師匠以外の三人が揃って閉口したから面白い。流石直属の部下ともなると、どこかで通ずるものがあるのだろう。
「隼人さんも! 誰にやられたんですか!」
仮にもファミリーの一員である私が、10代目達にこのような酷い傷を負わせてしまうなんて……自分の不甲斐なさに涙が出そうになった。
「気にすんな。こいつらがわりーんだからよ」
「師匠はそれでいいかもしれませんけど!」
仮にも今は私の方が彼等よりも年上で、護る立場にあるというのに!
「あのー。話がみえねーんすけど」
ギリギリと歯を食いしばる私に掛けられる間延びした声。
「あ?」
「ツナ、先生と知り合いだったのか?」
「あー……」
すっかり失念していた。特に山本さんなんて今も未来もほとんど変わらない容姿だから、つい自分の感覚で対応してしまっていた。そうだ、私は今此処にいる山本さんとは初対面だったんだ。
「えっと、私沢田さんのお父様に以前お世話になりまして」
「え!?」
「なーんだ。そういうことか。良かったなツナ。知り合いのお姉さんが同じ学校に来て」
「あ、う、うん」
「オレもこれからさんて呼ばせてもらっていいですかね?」
「どうぞどうぞ、お気軽に」
本当ならば敬称付けで呼ばれるのはこそばゆいが、今は私の方が年上なのだから仕方がない。
「おもしれーのな、さんて」
口を開けて笑う山本さんの怪我を見れば、見た目よりは軽傷らしくてこっそり安堵した。
「そいやさんもマフィアごっこの仲間なのか?」
「マフィア……ごっこ?」
そういえば山本さんは未来でも「ごっこ」だって信じてたし。遊びだと思っているのに命を掛けてしまえるのは凄いとしか言いようがないけれど。
「私の立場はリボーンさんの弟子ですね」
射撃なら任せてください。と右手を上げれば、山本さんが豪快に笑う。本当この人は昔から変わってないんだなぁ。
「さて、と。一通りの手当は済みましたけど、後でちゃんと病院行って下さいよ?」
「さんは心配性だなぁ」
「当たり前じゃないですか。後悔してからじゃ遅いんですよ」
「けっ、めんどくせー」
「今はそれでも良いかもしれませんけど……。取り敢えずこれだけはハッキリさせておいて下さい」
誰にやられたんですか?
満面の笑みで問うた台詞に、再度三人が凍り付いた。
「結局主犯は分からずじまいだし……」
あの後やんわりと問いつめたら仲良く逃げられてしまった。仕方がないので師匠に聞けば、自分で探せと突き放される。
「誰なんだろ」
教師の人達であそこまで酷い暴力を振るう人は居なかったような気がするし、生徒だとしたら教師の人達が黙って見てないと思うんだけど。学校の雰囲気的にも暴力で支配しているという感じではないようだし、一体誰が元凶なのだろうか。
考えてはみるのもの、情報量が少なすぎてどうにもならない。
「もうこんな時間」
窓の外に広がる景色は薄暗く、夜の到来を告げている。早く帰らなければ10代目のお母様に心配を掛けてしまうかもしれない。
「早く新しい住まい探さないと」
いつまでも居候している訳にもいかないし。
先の事を考えると溜息しか出てこないが、現状を打破する術が見つからない今は時に身を任せるしかない。
どうなってるんだろう、未来の私。
不安を無理矢理追い払って保健室のドアを開ければ、誰かにぶつかってしまった。普段ならば冒さぬ失態に落ち込みながらも、相手を確認すべく顔を上げる。
「あ」
「君が新しく来たっていう保険医?」
「…………」
「答えられないの」
噛み殺すよ。
聞き慣れた台詞に言葉が出てこない。
「え、っと」
「早くしてよ」
若干幼さが残るけど、触れると切れそうな雰囲気は自分が良く知る彼のもの。
「先日配属された保険医助手のです」
「なんだ言えるんじゃない」
人を馬鹿にしたような見下す視線も何もかも、記憶と寸分違わぬ姿で眩暈すら感じる。違うのはスーツか制服かくらいだ。
「貴方は」
「何、僕に質問するの」
何処からか出てくる仕込みトンファーの謎も変わらなくて、思わず笑ってしまった。
「何が可笑しい」
マズイと思った時は既に遅し。無言で襲いかかってくるトンファーを寸の所でかわせば、雲雀さんの眉が微かに動く。
「へぇ……ただの助手じゃないってわけ?」
「顔に傷を付けたくないだけです」
素直に切り返せば「ワォ」と楽しげな声を上げるから、嫌な汗が背筋を伝う。
雲雀さんに興味を持たれるのがどれほど厄介か、身をもって知っているハズではないか……私は。だがあのまま当たっていたら確実に顔に傷が付いたと思うと、つい本能で避けてしまう。
「君は誰なんだい」
聞きながら攻撃を繰り出してくる雲雀さんのせいで、保健室は壊滅状態。明日が大変だと内心嘆きながらも、助手だという単語を強調した。
「自分ばかり質問するというのは、不公平ではないですか」
どうせ後かたづけ手伝ってくれないんだろうし。
「僕に命令するの」
「命令じゃなくて、質問です。質問」
「殴られてくれたら答えてあげてもいいよ」
自己中心型もここまでいくと清々しい。
「痛いの嫌いなんでいいです」
「遠慮しないでよ」
「ハッキリ言いますね。貴方の事なんて知りたくないので、結構です。お引き取り下さい」
どうせ知っている名前だ。わざわざ今聞くこともない。
早く帰りたいと思う気持ちと、悲惨な状態になっていく保健室のせいで、私の我慢も限界に近い。絶対使うまいと思っていた愛用の銃に手が伸びたところで、ピタリと雲雀さんの攻撃が止んだ。
「雲雀恭弥」
「え」
「二度は言わないよ」
何事も無かったように踵を返し出ていく雲雀さんの後ろ姿を、ただ呆然と見遣る私は間抜けな表情を晒していたと思う。
「見逃してもらった、の……かな?」
私の呟きを肯定するかのように、机の上の器ががカランと音を立てて落ちた。
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