何の因果か10年前の世界に取り残されてしまった私。心の中で途方に暮れる私を救ってくれたのは、やはり師匠だった。

ちゃーん、悪いけど醤油取ってくれるー?」
「はい、分かりました」
「でも嬉しいわ、ちゃんが来てくれて。なんか娘が一人増えたみたい」
 手際よく野菜を炒めながら微笑むおばさま。おばさまを見ていると、10代目が皆に慕われる訳も分かる気がする。師匠はともかく、ランボはいつの間にか住み着いているような感じだし、突如現れた不審人物な私も受け入れてくれてしまうし……。良くも悪くも、お人好しなのだろう。
 まぁお人好しなのも魅力の一つだけど。
 そんな事を考えていたら、来客を告げるチャイムが耳に届いた。おばさまは未だ料理の最中だし、10代目の手を煩わせるのもなんだし……私が出るのが気遣いというものなのだろうか。
「悪いけどちゃんお願い出来る?」
「分かりました」
 自分の考えが合っていた事に安堵の息を付き、私は玄関へと歩を進めた。
 新聞の勧誘とかだったらどうやって断ろうか、なんて考えてる自分はすでに平和ボケしてしまったのだろうか。普段ならば扉を開ける時も気を抜く事はないのだけれど。のほほんとした空気に染まっている自分に苦笑を漏らしながら、目の前のドアを開けた。
「ちわーッス、10だい……め」
「スモーキン・ボム」
 見知った顔よりも、幼いその姿。不意に呟いた彼の呼称に、彼は過敏に反応した。
「お前何モンだ」
 何処からかダイナマイトを取り出す姿は昔から変わらないらしい。
「ぁーえっと……あ、怪しい者ではないです。隼人さん」
 俯き加減で答えた私の視界に、ゆっくりと落下してくるダイナマイトが映った。あの隼人さんが点火していないダイナマイトを落とすなんて珍しい。何かあったのかと視線をあげれば、ひどく驚いた様子の彼が居た。
「あれ? 獄寺君どうしたの?」
 私達の間に流れる沈黙を破ったのは、背後から掛けられた10代目の声。
「もしかしてさんと知り合い?」
「い、いぇ……オレは……知らないッス……」
「だがは知ってるみたいだぞ」
 きっと師匠の事だから、初めから私達のやりとりを見ていたに違いない。本当、人が悪いんだから。
「ええ、隼人さんは同僚ですから」
「はぁ!?」
 ああ、そうか。
 ここは10年前の世界。つまり……私が彼と顔見知りであるはずが、ない。気付いてしまえば、途端に寂しさが込み上げてくる。私が知っていても、相手は私の事を知らない。それはなんて悲しい事なのだろう。
「今はツナの家庭教師だけどな」
 今も、未来も、やはり私を救ってくれるのは、師匠のようだ。

「そんじゃこいつは未来から来たって事なんスか?」
 10代目の部屋に移動し、事の顛末を説明する。
 自分でもどうやったら帰れるのか分からないし。当面はこの世界で生きていかなくてはならない。ランボめ……。今度会ったらただじゃおかないんだから。
「んじゃ未来に今のが置き去りにされたままつー事か?」
「言われてみれば……確か10年バズーカって現在と未来の自分を入れ替える武器だったよね」
  途端に寄せられる視線に、背筋が伸びる。
 こ、これはもしかしなくても……説明を求められてる?
「えーっと。実は私、師匠に拾われる前の記憶が無くなっちゃってるんですよね」
 師匠に拾われたのが6-7年ほど前。拾われた時には何の外傷も無かったみたいだし、いつ記憶がなくなってしまったのかは分からない。
さんって今年で何歳?」
「多分20歳くらいなので……現在だと10歳くらい、という事になりますね」
 過去が分からない状態では、現在の自分が何をして、何処に住んでいるかも分からない。特に記憶が無い事を不便だと思わなかったが、事情が事情な今となっては非情に不便だ。
「取り敢えず未来のが無事であるように祈るしかねぇなぁ」
「そうですねぇ」
 他人事のように呟く私に、隼人さんは自分の事だろ、と苦笑混じりに正す。

 自分は何処の誰なのか。
 この世界に居られる間に、調べてみるのもいいかもしれない。
 色んな話をしながら、そんな事を考えた。

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