軋みを上げる扉を押し開け、すっかり冷え切った体を温めるべく浴室へと直行する。濡れたままの体から落ちる雫が気になったが、まずは己の体温を取り戻すのが先決だと蛇口を捻る。
「はー……本当酷い目にあった……」
 湯船に溜まっていく温かい湯を片手で掻き回しながら、忙しい夜だったと数時間前の出来事を思い出した。ギルガメッシュに攫われるよう空の旅をして、その後すぐ水に落っこちて。一段落ついたかと思ったら今度は橋の上にいたという、なんとも奇妙な夜だった。
「私だけずぶ濡れっていうのが、やっぱり納得いかないわよねぇ……」
 一緒に落ちたハズのギルガメッシュは何事もなかったかのようにけろりとしているし。彼等と別れた後、濡れた体を引き摺って館まで帰り着いた私の苦労を分けてやりたい。あれだけ大きな騒ぎがあったせいで、夜半という時刻にも関わらず活動している一般市民が沢山いるし……人目に触れないように道を選ぶのがとてつもなく大変だった。
「はー……」
 今夜何度目かも分からぬため息を吐き出して、どうせ洗い物をするのは自分だし、とにかく温まりたいという欲望に従いとりあえず服のまま湯船へ体を浸ける。じんわりとした温かさに背が震え、ようやくため息以外の息が口から漏れた。
「お湯、もう少し熱くしようかなぁ」
 一向に治まらない寒気に腕を摩り設定温度を高くし、湯船の縁に頭を凭れさせ少しづつ上がってくる水かさをぼんやり眺める。
「……眠っ」
 うとうととしてきた意識を無理矢理繋ぎ止め、ようやく着ていたままの服を床に脱ぎ捨てた。冷えた体を包む熱源はまさに至福。再び睡魔が襲ってきたところで、このままではいけないと怠い体に叱咤し立ち上がる。
「寝るなら、ベッドで寝なきゃ」
 自身に言い聞かせるよう呟いて未練の残る浴室を後にする。
「って、服ないしー」
 普段は寝室から着替えを持ってきている為、今脱衣所にあるのは先日洗ったチュニックシャツしかない。それでも何も着ないよりはマシだと身に纏い、冷たい廊下を歩いて行く。
「ううう、せめてスリッパは持ってきておくべきだった」
 足下から這い上がる冷たさに一抹の後悔を抱きながら、震える体を抱きしめるよう両手を交差させる。静まり返った館を歩いていると、先程までの騒動が嘘のように思えてくるから不思議だ。寒さでカチカチとなる奥歯を噛みしめて、なんとか見慣れた扉の前に辿り着く。
「も、ほんと……最悪」
 ドアノブを回し扉を押し開ける動作に、抗いようのない眩暈が全身を襲った。今ドアから手を離したらきっと倒れてしまう。そう思っていても自分の意志とは裏腹に指先はドアから離れ、スローモーションのように視界が傾いていく。このままでは顔面から床にダイブしてしまう。なんとかそれだけは避けねばと無理矢理体を捻ったが、薄れゆく意識の中で最後に感じたのは埃っぽいカーペットの匂いだった。

 

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