ポアロに行く回数が増えたのは、安室さんと付き合うことになったからではなく、純粋に食事が美味しいからだ。
 元々日本の食事は美味しいと聞いていたけれど、これは予想外だった。いや、より正確に言うならば予想外すぎた。こんな美味しいものを食べてしまったら、大雑把なアメリカの食事では満足出来なくなってしまう。という恐怖心をジョディ捜査官に伝えたら笑われた。
「日本の男性は料理上手な人が多いですよね」
 何気なく呟いた言葉に対し、隣に座っていた園子さんが「安室さんのこと?」と訊ねてきたので、首を左右に振ることで否定の意思を示した。
「同居してる人がいるんですけど、その人も料理上手で」
「えっ、さん同居してるの!? しかも、その言い回しだと男でしょ!? 詳しく聞かせて!」
 片腕を掴み鼻息を荒くして訊ねてくる園子さんから距離を取るよう背を反らしたら、今度は反対側から「僕も聞きたいですね」と安室さんの声が響いてきた。
「煮込み料理が多いんですけど、大雑把なのになんかこう……しっかり素材の味は残っているというか」
 聞かれたので答えただけなのに、園子さんや蘭さん、それに、何故かコナン君までもが驚いたような視線を私に向けてきたので、居心地の悪さを感じてしまった。
「えっ、さん、それ普通に言っちゃうの?」
「聞かれたので」
「だっ、だって……さんは安室さんと付き合ってる……んだよね?」
 蘭さんの言葉に頷くと、隣に座っている園子さんが片手で顔を覆い、「安室さん可哀想」と訳の分からない台詞を口にした。
「料理の話、しない方が良かったですか?」
 テーブル横に立ったままの安室さんを仰ぎ見れば、苦笑と呼ぶに相応しい表情でこちらを見下ろしてる。もしかしなくても、私は回答を間違えたのだろうか。
「なんかすみません」
「自分の彼女が他の男の話してたら良い気分にはならないよー」
「はぁ、なるほど」
 つまり、私の立場ならば、彼氏である安室さんに気をつかい、話を有耶無耶の内に流さねばならなかったのだ。
「そんなところも、僕は好きなので構いませんけど」
「きゃーっ! さっすが安室さん! 出来た男は違うねぇ!」
 両手を組み合わせ甲高い声を上げた園子さんを横目に、温くなったコーヒーカップを片手に持って、琥珀色の表面を波立たせる。
「恋愛って難しいんですね」
さん?」
「いままでは無縁だったので、新鮮です」
「えっ」
 私の言葉に目を丸くした蘭さんとコナン君。またおかしな事を言ってしまっただろうかと首を傾げた私に対し、園子さんが「さんていま何歳?」と訊ねてきた。
「たしか……二十五、だったような?」
「二十五!?」
「ええ、たしか」
「おねーちゃん自分の年齢忘れちゃったの?」
「社会人になってしまうと、年齢を忘れる人は多いよ」
「へぇ、そういうものですか」
 安室さんに肯定され、今度は答えを間違えずに済んだと内心胸をなで下ろした。
 正直いって、自分のプロフィールというものはよく覚えていない。プロフィールを完璧に暗記するくらいなら、他のことに脳みそを使いたいのだ。
さんは安室さんの手料理食べさせてもらったことないの?」
 期待を込めた視線を送ってきた園子さんの表情を確認した後、安室さんを見つめて、視線をテーブルへと戻す。
「ポアロの料理は手料理になるのでは?」
「そういうことじゃなくてさー!」
 手料理というのは、手ずから作った料理という意味だろう。だとすれば、私の返答は間違っていないはずだ。
「お宅訪問的な!」
「お宅訪問……。間借りしてる家に呼ぶのは家主に失礼だと思うので」
「だーかーらー!」
 なんで伝わらないかなーと苛立ちを顕わにした園子さんの心情を察することが出来ないのは、申し訳ないと思う。工藤さん宅に呼ぶのではないとすれば、私が安室さんの家に行ったことがあるかどうか、という意味合いなのだろうと気付いたのは、安室さんから「今度家に来てみます?」と提案されたからだった。
「ひやぁっ! やったねさん!」
「え?」
 園子さんがバシバシと勢いよく背中を叩いてくるので、手にしたコーヒーをソーサーの上に戻さざるをえなかった。
「何もありませんけど、手料理をご馳走するくらいなら出来ますよ」
「安室さんの手料理……和食ですか?」
「和洋中、なんでもリクエストにはお応え出来ますよ」
 ぱちん、と音がしそうな勢いでウィンクをされ、なんとなく胸の内側で動く感情があった。
 この動きは珍しいと片手を胸の上に当てて考えていると、顔を真っ赤にした蘭さんが視界の中に入り込んでいるのに気付く。
「い……いいなぁ」
「蘭ねーちゃん?」
「いいよねぇ、いいよねぇ、自宅デート! 私も真さんとお家デートしたーい!」
 うっとりとした顔で虚空を見つめている園子さんの声を受け、ようやくいまのがデートのお誘いなのだと気付かされた。
 デート、好き合う男女が二人でする行為。脳内の辞書から該当する項目を引っ張り、誘われた場合はどのように対応するのがベストなのかと思考を巡らす。
「安室さんはお忙しそうですから……ご自宅よりも、予定を合わせて出かける方が楽なのでは?」
 考えた末の言葉を口にすれば、安室が口を閉ざしたまま瞬きを繰り返す。
 他者を迎え入れるとすれば部屋の掃除などもしなければいけないだろうし、安室の顔をよく見るとうっすらとした隈が浮かんでいることから、彼の睡眠時間が少ないのだと推測出来る。
 誰だって自宅は聖域だ。ほっと出来る空間に他人の気配が混ざってしまうと、落ち着かなくなるだろう。少なくとも私はそうだった。
「では……水族館など如何でしょう」
「水族館……行ったことないので興味あります!」
さん水族館行ったことないの?」
「行く機会もなかったもので」
「行き先は決まりですね。予定はこちらに合わせて頂く形で大丈夫ですか?」
「はい、決まり次第保護者に日程を伝えますね!」
 映像でしか見たことのない水族館に行くことが出来るなんて、楽しみで仕方ない。
 自分でも弾んだ声が出てしまったと照れくさくなっていたら、園子ちゃんが「保護者?」と疑問を投げかけてきたので、また返信を誤ってしまったらしいことに気付かされたのだった。

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