工藤邸のキッチンに並ぶ沖矢との後ろ姿を眺めながら、コナンは先日の出来事を思い出していた。
茶番という言葉では片付けられないあの告白劇。どこからどうみてもその場のノリ……というか、安室がを探っていることは明らかだったのに、は安室の手をとり電話番号の交換までしていた。
まさか、本当にあの一瞬で恋でもしたのかと危惧したコナンは、事の真意を尋ねるために工藤邸を訪れたのだが、に質問をぶつける前に昼食が出来るまで待っていてくれと沖矢に言われてしまい、ソファーの上の住人となってしまったのだ。
「ねーボクお腹減ったー」
「あと少しで沖矢さん特性のシチューが出来るから待っててー」
はコナンが薬で縮んでしまったことを知らないし、沖矢が赤井秀一ということも知らないはずだ。
「さん、パンを温めて頂けますか」
「分かりました」
あらかじめ切り分けられていたバケットを、トースターの中に入れるをぼんやり見つめながら思い返すのは、彼女を工藤邸に引き取ることになった経緯だ。
彼女――はFBIの人間と共にきた。キャメル捜査官曰く、彼女は協力者のようなものだというらしいが、その割に彼女がFBIのために動いているのをコナンは見たことがない。
それとなくの立場を赤井にも訊ねてみたが、よくは知らないな、という曖昧な答えが返されただけだった。
本来であればコナンがの身柄を引き受ける義理はないのだが、どうにもには他者に言えない秘密があるらしく、赤井を沖矢として迎え入れる際、彼から直々にも工藤邸においてはくれまいかと打診されたのだ。
あの赤井に恩を売るのも悪くはない。そんな感情が働いたのはたしかだったけれど、それ以上に不可思議な存在に対して興味がわいたというのが強い。
FBIが揃って口を閉ざす秘密を持った女性。謎でコーティングされた人間の正体を暴くという行為は、コナンの気分を高揚させる。
「ふつーに見えんだけどな」
戸棚から食器を出しているは、普通だ。普通という単語以外を用意するのが難しいと思うほど普通だ。
だが、あの安室が気をかけた……と思うと、やはりは普通の存在ではないのだろう。
一体どんな秘密を抱えているのか、少しでもボロを出さないかとやきもきするコナンとは裏腹に、沖矢は珍しく違和感のない微笑を浮かべながらと談笑をしている。
「そういえばおねーちゃん、安室さんとデートするの?」
「デート? なんで?」
両手に抱えた食器をテーブルの上に並べながら首を傾げたに、コナンは違和感を感じる。
好きで付き合うのならば、デートをしたいと思うのは当然だろう。それとも、は他の理由で安室と付き合うことを決めたのだろうか。例えば、彼の素性を探るために、とか。
「おや、さん彼氏が出来たんですか?」
「彼氏?」
「安室さんと付き合うんだよね?」
まさか、彼氏と彼女の関係性になるという意味で捉えていなかったのでは。そういえばはどこか抜けていると今までの出来事を思い出しながらコナンが「違うの?」と問うと、考えるように斜め上方向へ視線を動かしたは「多分付き合うんだと思う」と、妙に歯切れの悪い返事をコナンへ向けた。
「多分、ですか」
「付き合うってことは恋愛をするってことですよね? あの人、私と恋愛をしたいようには見えませんでした。遊んではくれそうでしたけど」
安室が付き合おうといった切っ掛けになる単語を口にして、今度は焼けたことを知らせるトースターの方へとが歩いて行く。
「おねーちゃんは遊びじゃないと嫌なの?」
世の中にはセフレを求めている女性もいるが、が身体目当てに安室を誘ったとは思えない。
そもそも、遊ぶという意味合いの範囲が広すぎるのだと、コナンはソファーからテーブルの方へと移動し、自分の席に腰を落ち着けた。
「遊び相手は中々見つからないからね。恋愛よりも重視しちゃうのは当然かな」
「へぇ、そうなんだ?」
微笑を浮かべながら言うの言葉が探偵の心を刺激する。解けそうで解けない謎を真っ正面からぶつけたら、はどんな反応を示すのだろう。
「じゃあさ、いままでに遊んでくれた人ってどんな人?」
子供らしい疑問だと自負しながら問いかけたコナンの前にこんがり色の付いたバケットを置きながら、は「FBIの人だったよ」と予想外の回答を提示してみせた。
「FBI?」
「うん、だからFBIの人達と一緒にいるんだけど」
話が見えないと目を細めたコナンの視線をきにせずに、は三人分の皿にバケットを置き、今度はキッチンへとサラダを取りに行く。
そうこうしている内に沖矢が作ったシチューが運ばれてきてしまい、会話が途切れてしまった。
赤井に訊ねればの遊び相手を教えてくれるかもしれないが、沖矢の正体をばらす訳にはいかない。今日はここまでかと内心で舌を打ったコナンの前に、今度は違うネタが提供される。
「捜し物は見つかりそうですか?」
「結局依頼はしなかったよね」
安室が告白してしまったせいで依頼どころではなかった、といった方が正しいが、何を探しているのかが分かれば、の謎は一つ解ける。遊び相手が見つけられないならば、こちらの謎を解かせてもらおうと意識を切り替えたコナンは「鉱石だっけ?」と、が口を滑らせやすいように会話を誘導をした。
「うん、多分鉱石って言って良いと思う」
「多分とは……どういうことでしょう?」
沖矢も興味があるのか、シチューを食べる合間にへと問いかける。
二対一ならば自分達の勝ちだろうと、勝利を確信したコナンがバケットへかぶりつくのと同時に、は片手に持ったスプーンをゆらゆらと動かしながら「加工されているので」と、また曖昧な返事で唇を震わせた。
「鉱石を加工してあるんですか」
「はい。物質としては鉱石になると思うんですが、加工物の名前となると……なんていえばいいのか難しくて」
「ホォー、ちなみに、どのような形で?」
「細長い感じです」
「細長い」
「はい、薄くて細長いです」
の説明では、何を探せば良いのか分からない。これでは依頼しようにも出来ないだろうと、コナンはため息混じりに「探す気あるの?」と辛辣な言葉を口にした。
「自分の物を盗まれたら良い気分にはならないでしょう?」
「それはそうだけど……おねーさんの言い方じゃ見つけられないよ」
「私も難しいと思いますね。他に特徴はないんですか?」
「改めて言われると困ってしまって……。自分でも良くないことだとは分かってるんですが、側にあれば分かるので良いかなぁと」
ポアロでも分かるという言葉を口にしていたが、そんなことあるのだろうか。
他人を近づけないための口実だと考えればしっくりくるのだが、どうやらは本気で言っているように感じる。
「見つけたらどうするの?」
てっきり実家に持ち帰ると即答すると思っていたのに、は揺らしていたスプーンをシチューが入った器の端に置き、目を閉じた。
「そうねぇ……」
間延びした声の温度が、コナンの肌を粟立たせる。
なんだ、何が起こっているのだと目を白黒させたコナンの視界で、沖矢が僅かに片目を開けた。
「さん、シチューが冷めてしまいますよ」
「あっ、そうですね。温かい内に頂かないと」
一気に軽くなった空気に、コナンは沖矢が話題を逸らしたのだと理解する。
「さっきの答えだけれど、見つけた時に考えることにするね」
律儀に答えを返してきたに、コナンが出来たことといえば、「それがいいよ!」と同意を返すことだけ。
きっと赤井はが何を選択するのか知っている。知っていてはぐらかしたのだから、が選ぶのはコナンが選択しない答えなのだ。
いつかこの謎を解いてやる。そうコナンが決意を固めたのを知ってか知らずか、はコナンの方を一瞥した後、「コナン君も大きくなったら遊んでね」と意味深な台詞を口にした。 |