「いっ…………痛たたたたたたたたっっっっ!!!!」
「ちょ、チャン少しくらい我慢しなさいって」
「む、むりむりむりむり、ギブアップ!!」
「はいはい、もう終わるからねー」
 叫ぶ私を余所目に慣れた手付きで湿布らしき物をしてくれる佐助さん。この軽いあしらわれように普段の佐助さんの生活を垣間見た気がして、ほんの少しだけ痛みとは違った涙が滲んだ。
「お疲れさん」
「はぁ……」
 腕や足の至る所に巻かれた包帯が痛々しい。本当は胴体部分もかなり痛みを訴えているのだが、それは流石に頼む事は出来なかった。これでも一応女だし? 恥じらいってものもばっちり残ってますしね。この時代では売れ残りな年齢だろうけど、私の中ではまだまだ若いつもりだ。
「そーれにしても……まぁ……見事だねぇ」
 布団に横たわる私を支えながら佐助さんは感嘆の息を付く。完全に体が沈んだ後ゆっくりと息を吐き出せば、あばらの辺りに鈍い痛みが走った。
「い……言わないで下さい……」
チャンも無理するよ、竜の旦那と手合わせするなんて」
 自分が女の子だって分かってる? と続けられた問いに返す言葉も無い。まさに、自滅。という言葉が相応しい今回の惨状。ろくに動かす事もままならない手足の力を抜いて天井を見上げれば、微かに鼻がつんとした。
「ま、数日の辛抱だから、頑張って」
「はーぃ……」
 声を出すだけでも痛む体。本当……最悪だ。
 この、全身筋肉痛。
 売り言葉に買い言葉的な状況で行われた政宗さんとの手合わせ。かろうじて怪我をする事だけは避けたものの、翌日悲鳴も上げられない程の筋肉痛に襲われた。まぁ普通に考えたら、技術があって扱う事が可能だとしても、使ってない筋肉を酷使する訳だから結果は容易に想像出来るだろう。
「じゃ俺様は旦那の様子見てくるから、チャンもお大事にね」
 ひらひらと手を振っていたかと思えば、途端に消えるその姿。やっぱり忍びなんだなぁ……と溜息を漏らせば、また声にならない声が上がった。
 自分の浅はかさが招いた事に変わりないけれど、拷問もいいとこだ。
「寝てるだけって……暇だな」
 窓越しに広がる青空が何故か酷く憎いと思った。

「寝てるとこごめん! 急患だわ!」
 小気味良い音と共に開かれた襖に下降中だった意識が引き戻される。うとうとしている時が一番気持ちいいのに、と内心ぼやきながら声の主を見遣れば。
「ひぃッ!」
 思わず体を起こした。痛みを押してまで動いたのは、もしかしたら逃げたかったのかもしれない。それほどまでに酷い状態だった。…………真田さんは。
「な、なな……一体、何が……」
 片手を佐助さんの肩に回し、半分引きずられるように現れた真田さん。戦場にて単騎駆けでもしたのか、と思わず聞きたくなるような酷い怪我。出ている肌は赤く彩られ、身に纏う赤さはさらに色味を増している。
「と、とりあえず近くに!」
 動きたくても動けないというのは非常に不便だ。
 手の届く範囲に真田さんを横たえてもらい、私は出来うる限りの集中力を持って治療にあたった。傷は多いものの、初めてあった時のような致命傷になるものはない。おそらく真田さんがぐったりとしているのは一時的なショック症状のようなものだろう。
「さっすがチャン。お見事」
 ものの数分で跡形もなくなった傷を見て、佐助さんは口笛を吹いた。というか筋肉痛で死にそうな状態なのに、苦手な治癒に挑むこちらの身にもなってほしい。
「理由、聞いてもいいですよね?」
 再び体を横たえ横目で睨むようにして問えば、頭を掻きながらも事の顛末を語りだす。
「切っ掛けは知らないけど、まぁたやりあったんだよね……竜の旦那と」
 二人とも加減を知らないから。と笑いながら言う佐助さん。
「…………チャン?」
 と、言うことは。彼等は口実を作っては遣り合い、その度にこんな怪我をする可能性があるというのか? 冗談じゃない。
 回復役がいるからと全力で手合わせをしているならば、その間違った考えを正してやるのが人情ってものでしょう。いざという時の神頼み。それが当たり前になってしまわれては困るのだ。
 無言で思考を練る私に向けられる不安げな視線。それに気付かない振りをしながら次の事を考える。問題はどうやって二人に分からせるか。否、むしろ私の今抱えている苛立ちをどうやって分からせてやるか、だ。
チャン、旦那達にはよーーく言っておくから。だから……さ」
 片腕で両目を覆うようにして口を紡ぐ私に掛けられる言葉。きっと佐助さんは今の私の状態を読み違えてる。まぁ……その方が好都合なので敢えて否定はしないけど。
「Oh、なんだ死に損なったのか真田」
 Tough boyだな。と耳に届いた英語に眉を顰めた。
 きたよきたよ。元凶の一人であり、私の天敵が。本当、政宗さんに関わるとろくな事がない。本日何度目か分からない深い溜息をついて、私は腕を横に下ろした。
「よぉ邪魔するぜ」
 片足で真田さんを軽く小突きながら、枕元近くに腰を下ろす政宗さん。
「美人が台無しだな」
 寝たきりってのもそそるが。と続けられた言葉に、思わず顔の筋肉が引きつる。絶対この人自分が悪いって思ってないよ。むしろ逆に楽しそうだ。それが、腹立たしい。
 どうやったらこの飄々とした伊達男に一泡吹かせてやる事が出来るんだろうか。
「誰のせいですか、誰の」
「Ok,okey. I adopt you」
「はぁ!?」
 不敵な笑みで告げられた言葉に声が上がる。よりにもよって、貰うって…………冗談じゃ、ない。何が悲しくてあの天敵のものにならなければならないのだ。
「ご不満か? honey」
 不満どころじゃないです。
「ねぇ旦那、今のどういう意味?」
「Ah? に聞きゃ教えてくれるぜ」
 こっ……、この人は。
 怒りで震える拳を見ながら更に笑みを深くする政宗さん。もう……泣いたって許してやらないんだから。怒りが沸騰点に達した所で、赤い物体が起きあがった。
「独眼竜殿! 酷いでござる!!」
 半泣き状態で捲し立てる真田さんを、鬱陶しそうに見遣る政宗さん。
「ちょっと旦那、まずはチャンにお礼でしょ」
「おおお、そうであった! 殿! 此度の事もなんと言ったら良いか……」
「自重して下されば構いませんよ。……というか政宗さんに上手くのせられないで下さいね」
 政宗さんを軽く睨みながら言えば、酷い言われようだ。と全然堪えてない声色の呟きが漏れる。絶対この人またヤル気だ。今回は軽い傷だけで済んでいたけど、もしかしたら……本当に殺そうとしてたんじゃないだろうか……。思いついた考えを振り払うように視線を泳がせれば、不思議そうな表情を浮かべた真田さんと目があった。
殿、殿はいつから独眼竜殿の事を名前で呼ぶようになったのだ?」
「ああ、それは……」
 言いかけて、口を噤む。
「それは?」
「それはですね」
 自分の口が弧を描くのが分かった。
「お友達、だからですよ」
 満面の笑みで答えれば、面白い程に引きつった笑みを浮かべる政宗さん。その背後で納得したと言わんばかりに頷く真田さん。佐助さんは、一瞬私の方を見て顔を逸らした。きっと私の本心が見えたに違いない。
「ならば、某の事も名で呼んで下さらぬか?」
「ええ、喜んで」
 自分の中で出来る限り綺麗な笑みを作りながら真田さんに微笑みかければ、途端に赤くなる顔。
「おい…………」
「だから」
 何か言いたげな政宗さんの言葉を遮って。
「幸村さんも今度から、政宗さんの事を独眼竜殿、じゃなくて名前で呼ぶと良いですよ」
 お友達ですもんね。
 にっこり、と音がしそうな程の笑みとは裏腹に笑っていない視線で政宗さんを見遣れば、面白い程に口角が引きつっていた。
「成る程!!」
「Shit! 冗談じゃねぇ。何が楽しくて群れなきゃなんねぇんだよ」
「一緒に天下を目指す仲じゃないですか。ね? 幸村さん?」
「そうでござる! 某達は同じ志の元、天下を目指す仲間。これからは某も政宗殿と呼ばせて頂く所存!」
「…………」
 微かな舌打ちと共に聞こえたgoddemnという音は聞き間違いではないだろう。
「政宗殿! 次は負けぬぞ!!」
「………………勝手にしてくれ」
 真横で吐かれた特大級の溜息に思わず笑みが漏れる。
「I'll remember this……」
 恨みがましい視線と共に呟かれた言葉に、溜飲が下がるのを感じた。
 清々しい青空、綺麗な空気。どれをとっても最ッ高の昼寝日和ね!
 覚えたての言葉を連呼する子供のように、政宗殿と何度も呼ぶ幸村さんと、苦虫を噛み潰したような顔であしらう政宗さん。
「女って生き物は怖いねぇ……」
 感服しました。と軽く頭を下げてこっそり消える佐助さん。
「まーさむね殿ぉぉぉー」
「Shut up!」
「む……お館さまなら某の名を呼んで下さるのに」
「信玄の爺と一緒にすんじゃねぇよ!」
「政宗殿はつれないでござるー」
「Ha! 結構結構。金輪際近づくんじゃねぇ!」
 途切れる事の無い一方的な好意と罵り。
 普段ならば迷惑極まりない状況を子守歌に、私は目を閉じた。今ならきっと良い夢が見れるに違いない。薄れゆく意識の中、何かの技名らしきものが聞こえた気がしたが、聞き間違いという事で処理してみた。

 こうして、私のささやかな復讐劇は幕を下ろしたのである。
 では、おやすみなさい。

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