私は今過去最大級にへこんでいる。だって、絶対ありえないでしょう。
「詐欺だわ、詐欺」
あの二人が未だ十代だなんて。
十代ですよ、十代。お肌ぴちぴち花咲く十代ですよ。しかも何? 真田さんに至っては未だ17歳? 私が小六の時に相手は入学したて? それはなんでも……ありえないでしょう。というか私の心に何か突き刺さるものがある。この時代では大人かもしれないけれど、私の居た世界ではれっきとした子供。まぁ真田さんなら年相応に見えるかもしれないけど……。
あの人は、無理でしょう。どう考えても。
上に立つ者としての威厳、といえば聞こえはいいかもしれない。でも、あんな19歳、嫌だ。いや、逆に考えればあの歳であるからこその振る舞いなのか?
どちらにせよ理解し難い事にはかわりない。
「はぁ……へこむー」
自分より年下の子に怒鳴ったなんて、大人として恥ずかしい。やはりここは一つ年上の人間としてこう……色々と。
頭の中で計画を練ってみたがどれも失敗しそうな気がした。失敗するというよりは揚げ足を取られる確率が高いと言った方が正しいかもしれない。誰に、とは言わないけれど。
「はぁ……」
何度目かの溜息をつきながら前方を見遣れば、今日も件の二人は仲良く殺気を振りまきながら手合わせをしていた。飛び散る汗と罵詈雑言。うん、青春の一ページってやつね。
「顔のしまりがないよ、チャン」
「それは私に対する挑戦と受け取ってよろしい?」
「え?!」
年齢の事を気にしている時に話し掛ける方が悪い。
神出鬼没の忍びに八つ当たりをしながら、目は若者二人を追う。
「なぁに殺気立ってるの、チャンらしくないよ?」
「苛々したくもなりますよ……なんか自分が情けなくて」
大人になりきれない自分に嫌気がさす。仮にも社会人としての生活を営んできたのに、ここに来てからすっかり精神年齢が若返ってしまったような気がする。
「手伝えないから?」
「あーそれもありますね」
家事が得意な訳でもない。戦闘に長けている訳でもない。今の私には自分の意見を伝える事しか出来ない。もし、この世界で自分の所持する力が最大限まで引き出せれば、こんな気持ちは抱かないで済むのだろうか? もっと皆の役に立てれば……。
「俺様は充分だと思うけどなぁ」
「?」
眉をひそめる私を軽く笑いながら、佐助さんは続ける。
「チャンは軽くしてくれるんだよ」
軽く?
「心を、ね」
声に出さない問いが聞こえているかのように、的確に返答してくれる佐助さん。心を軽くする、とは一体どういう意味なのだろうか。
「あの二人が良い例だよ」
殺気を振りまいている二人が良い例?
「二人の間に入ったのが他ならぬチャンだったから、今こうしてるんだと思うよ」
佐助さんの言いたい事が良く分からない。二人の間に入ったのが私だから、毎日殺気を振りまいている? 理解しろという方が難しい。
「チャンは自分の思い通りにしただけかもしれないけど、俺様達にとったら現状は奇蹟みたいなもんだしね」
「佐助さんの言葉は時々難しいですね」
苦笑混じりに言えば、直ぐに分かるよ。との答え。
ねぇ……本当に、私が此処に居る意味はあるんでしょうか?
「殿!」
「!!」
内に抱える悩みを吹き飛ばす程の音量に、思わず耳を塞いだ。今度は何だと言うのだ。
「今のは俺がvictorだよな!」
「某でござる!」
「ぇーっと……」
やばい、見てなかったなんて言えない。
援助を求めて隣を盗み見ればすでに佐助さんの姿は無く。本当、神出鬼没だよね……あの人。毎回居て欲しいときに居ないんだから。
「百歩譲って引き分けってこと……で……」
「引き分けだぁ? shit! 冗談じゃねぇ」
うわぁ、また怒ってるよ。
「某とて納得いかぬ!」
「Ah-hanやろうってのかい?」
「望むところ!」
またやるのか。
付き合わされる身にもなってほしい。というかなんで私が二人の手合わせを見ていなければならないのだ。勝手にやってくれればいいのに。
「はいはい、二人ともストップ」
両者の間に割って入れば左右から浴びせられる殺気。普通に考えて異性に対して殺気送るってどうなの。あ、戦国時代なら普通なのかな?
「何故止める!」
「偶には見てる方の身にもなってね。誰だって知ってる人間が怪我したら嬉しいはずないでしょ」
もっともらしい口実を述べれば、途端に意気消沈する真田さん。そんな真田さんとは対象的に、俺は怪我なんてしねぇ。と言いたげな雰囲気の政宗さん。本当、面白いくらいに正反対だな……この二人。だから上手くやってるのかもしれないけど。
「足りねぇなぁ……」
「?」
お得意のふてぶてしい笑みを浮かべ、こちらを見遣る政宗さん。あの目は絶対何か企んでる。私の中で天敵扱いとなった彼とはあまり関わり合いたくないのだけど。というか会うたびに迫るのだけは止めて欲しい。
「真田の代わりにが相手してくれるってなら我慢するけどな」
You see? なんて言われても……どうやってかわしてくれようか。
「圧倒的に役不足ですよ。それでも……いいなら」
肯定的な言葉を返せば、政宗さんの口角が上がる。絶対あの人言葉通りの意味で捉えてくれてないよ。その証拠に政宗さんの纏う雰囲気が凄く楽しそうだ。後は……上手く逃れられれば。
「Good! ならこれから……」
「準備するんで待って下さいね」
「Un?」
二人を後ろ目に、先程まで斬り合っていた場所に立ち、軽く両手を広げ目を閉じる。
「殿?」
いつもと違う雰囲気の私に、不安気な声が送られる。不安なのは私もだ、という事を声の主は知らないだろう。
両手に精神を集中させれば、微かな手応え。
うん、なんとかいけそうだ。
「我は、望む。久遠よりの盟約に基づき……還れ」
「?!」
偶にはね、こっちだって度肝を抜いてやりたいって思うもの。
両手を交差して、政宗さんが剣を引き抜く時と同じ動作を成せば。
「really?」
一対の剣が手の中に収まる。
「お待たせしました、っと。上手く扱えればいいけど」
重さを感じさせないそれを持ち直し、政宗さんの方をみれば……。笑っていた。そうだ、毎回迫ってくる印象の方が強くてすっかり忘れていた。この人、戦闘狂でもあったんだ……。
「Ha! 上等だ!」
「…………手加減してくださいよ」
どちらにせよ地雷にには変わりなかった、と。
得物を手にする私達を今にも泣きそうな表情で見ている真田さんと。
「さあ、これからがpartyってヤツだ!」
初っぱなから六刀流でヤル気満々といった感じの政宗さん。
やっぱりこの人苦手だ……。いくらかわそうとしても、かわしきれない。こうなったら佐助さんに処世術でも教わってみようか。あの人なら上手い逃げ方の一つや二つ伝授してくれそうだ。
思わず乾いた笑みが漏れた。それを好戦的ととったのかどうか知らないけれど、前振りもなく途端に踏み込んでくる。
異性相手に本気で斬りかかってくるってどうなのよ?!
内心だらだらと冷や汗を流しながら、重い一撃を受け流す。冗談じゃない……こんな太刀、まともに受けていたら腕が折れてしまう。なんとかして戦闘から政宗さんの意識を逸らさなくては。
といっても。
次々と繰り出される連撃の前に思考がままならない。これでもしも手加減されてるとしたら……。一気に背筋が寒くなった。
最近墓穴ばっか掘ってる気がする。
誰でもいいからこの人の対処法教えて!
自分の選択肢を呪いながら、早く政宗さんの六刀流が解ける事を祈った。
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