私達は今米沢城に滞在している。といっても城の主は伊達政宗から信玄公へと権利が移動しているわけだが……。忙しなく動く雰囲気はどこも変わらないものだと、何故か胸を撫で下ろした。
何も出来る事の無い私は、今日ものんびりと縁側に腰を落ち着けている。多少冷たくなった風が頬を撫でるのが気持ちいい。暖かな日差しを浴びながら、もらった茶を啜る私の周りだけは、この時代に似つかわしくない穏やかな時間が流れていた。
「あーあ……もうどうしろっていうの」
小さな声で呟けばここ数日間の悩み事が脳裏を占める。
私が伊達政宗を庇ったあの日から、真田さんはろくに話しもしてくれなくなってしまった。むしろ逃げられてる、とか避けられてるといった言葉がしっくりくる態度。弁解しようなんて思わないけど、一方的に避けられるのは悲しい事で。
やっぱり……許せないのかな。
今までずっと敵対していた相手が、急に同志になるなんて。それも信玄公が決めた事じゃなく、第三者の口出しによって決まった事項だから、余計。
「寂しいなぁ……」
湯飲みに残っていたお茶を飲み干そうと傾ければ、背後から与えられた衝撃に中身が零れた。誰だ、今私の背中をどついた人間は。服に掛からなかったから良いものの、笑って許せる行為ではない。一言文句を言ってやろうと振り返れば……。
「げ」
「Hey、なに辛気くせぇ顔してんだhoney?」
うわぁ……よりにもよってこの人か。
今なるべく会いたくない人第一位、伊達政宗。
人の気持ちなんぞお構いなしに隣を陣取るふてぶてしさ。まぁ勝手知ったる我が家だろうし、このくつろぎようは致し方ないのかもしれないけど、今は必要以上に構って欲しくないと思う。
「そろそろ私はお暇するんで……」
愛想笑いを浮かべて腰を上げれば、強い力で片腕を拘束された。
「まぁ待てよ」
ニヤリ、と音がしそうな笑みを浮かべ。
「逃げる獲物は追うのがギリってもんだろ」
危険な発言をかましてくださいました。
本当苦手なんだから勘弁してよ。
「悩みの種は真田か」
告げられた言葉に反応すれば、楽しそうに彼は笑う。
「Ha、分かり易いんだよ、お前もアイツもな」
気付かない方がおかしいとばかりに、笑みを深くする伊達政宗。
「伊達さんには関係ないでしょう」
視線を外して投げやりに言えば、途端に彼の纏う雰囲気が変わる。もしかしなくても機嫌を損ねただろうか。やばい、後が怖い。嫌な予感をひしひしと体感しながら相手の言葉を待てば。
「Ah-……お前その伊達さんっての止めろ」
同じ名字の奴がいるからな、と告げられた言葉にここは相手の領土だった事を再確認した。
「じゃ政宗さん。ちょっと一人になりたいんで席を外しますよ」
この人相手に回りくどい言い方は通じないだろう。ならば多少の犠牲を覚悟してでも直球勝負に出るしかない。本当は……嫌だけど。
「Yesと答えると思うか? この俺が」
思えません。
「大体察しはつくがな」
「え?」
不敵な笑みを一層濃くして、政宗さんは言葉を綴る。
「アイツは許せないんだろうよ。俺を助けたも、を許す事の出来ないアイツ自身も」
「…………」
「Ha! がたいのいいchildだぜ! なぁ?」
何故か斜め上方を見つめて同意を求める政宗さん。何も無いのに変な人だと思いきや、逆さまに現れる一人の人物。頭に血が上ったりしないんだろうか?
「それが旦那の良いとこでもあるんだけどね」
慣れた動作で半回転し、音もなく着地する姿はまさに忍びそのもの。
「許せない、か……」
同じ言葉を過去に何度か言われた覚えがある。それは記録者としての私に投げかけられる言葉。介入しない事を常として時を重ねてきたのに。何故、私はこの時代でこうも……自分の意志を主張してしまうのだろう。
傍観者でなくては、ならないのに。
「」
「へ? どうしました?」
「気付いてないのか?」
「何がです?」
神妙な面もちで私を見る二人。
「……泣きそうだよ?」
泣きそう? 私が?
涙は流していない。視界だって良い感じにクリアだ。全く変な事を言わないで欲しい。
「、一つ聞きたい事がある」
「? なんでしょう」
不意に与えられた温もりに驚いて熱源を見れば、政宗さんが私の片手をとって視線の高さまで持ち上げていた。今まで見ていたような皮肉そうな笑みでもなく、戦場で見せていたような好戦的な表情でもなく。ただ真剣に私の手を見つめるその姿に、本能が警告を鳴らす。
「西の方から来たと聞いたが、の居た地はbattlefieldだったのか?」
私の居た所が戦場だった? そんな訳あるはずない。
「俺様も気になってたんだよね、それ。どうにもチャンは戦慣れしてるっていうか……」
慣れてる? 現代人の私が?
一体この二人は何を言っているのだろうか。
「気付いてないかも知れねぇけどな。お前は俺達の雰囲気に慣れすぎてる。それが、不自然なんだよ」
戦国時代の雰囲気に慣れてる? 右も左も分からず、何が出来るかも分からないで悩んでいる私が? 何を言おうとしているのか、何が言いたいのか。分からない。
「So difficult? もっと簡単に言ってやろうか」
政宗さんの真義な瞳が私を射抜く。
まるで隠し事など許さない、と言いたげに。
「、お前は人の生き死にに慣れすぎている」
瞬間理解した。
この二人が何を聞きたくて、何が言いたかったのか。
私のいた時代は戦争なんか無縁だし、改めて争いごとが起きる状況でも無かった。
誰だって死ぬのは怖い。自分の知っている人間が居なくなることを考えると、胸が痛む。
「私は……」
戦場を体感したのはこの間が初めてだ。噎せ返るような血の臭いも、肌にまとわりつく砂埃も、地響きのような人の声も。
でも。
「知ってるだけです」
争いの果てにあるものの姿を。
決して慣れる事の無い香りも、独特な空気も、結果を出すためには避けて通れない犠牲があることだって……。全て、気の遠くなるような年月の中で記録された記憶によって。
知っているだけ。
消える事の無い、記録。
忘れる事の無い、記憶。
「…………Who are you?」
問われた言葉に返せるものは。
「I don't know」
多分、今私は泣きそうな顔をしていると思う。
「?!」
唐突に視界が青く染まった。
政宗さんに抱き込まれているのだ、と気付いたのは背中を軽く叩く暖かい温もりが伝わってきたから。耳元で囁かれたsorryという単語は聞き間違いではないだろう。
「…………」
「…………」
「…………あの、ちょ……離してくれると、嬉しいんですけど」
確かに人の温もりは心地よいが……変な体勢な為、体の節々に負担が掛かり始める。
「Ah? decline。アンタ抱き心地が良いんだよ」
「はぁ?!」
爆弾発言ならぬセクハラ発言を、いとも容易く言い放ってくれる政宗さん。前言撤回。一瞬でもほだされた自分が馬鹿だった。
「はーなーして下さいってば!」
「もっとあがけよhoney」
「佐助さん助けて!」
「あーうん、助けてあげたいのは山々なんだけどね。俺様、真田の旦那のお守りだけで手一杯だから」
ごめんねー。と間延びした声で天井裏に消える佐助さん。
こういう時ばかり忍びの特性を利用して……狡い。
「なぁ、真田の事なんて忘れて俺の事だけ考えてろよ」
「っ!」
耳、耳に息掛かってる。
「日本人ならもっと慎ましやかに!」
「Un? 何言ってんだお前。西の出だろ?」
「生まれも育ちも日本ですよ! 私は!! 貴方達と言葉通じてるでしょ! それくらい気付いて下さいよ!!」
もがけばもがく程強い力で抱きしめられる。過剰なスキンシップなんて慣れてないのに……今日からこの人は天敵だ。誰が何て言おうと天敵以外の何者でもない。
「は、な、せー!」
「ほう……俺に命令するとは……。良い度胸だな、チャン?」
くつくつと咽で笑う政宗さんに血の気が引き始める。
ヤバイ、この人絶対ヤバイ人だって。
「時間は腐る程ある。ゆっくりと、teachしてやるよ」
間に合ってます。
心の中で叫びながら、現状を打破すべく最善を尽くすのだった。
いや、もう本当……泣いていいですか。
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