死刑囚の気分ってこんな感じなのかな。
お通夜みたいな雰囲気の中、必死に言葉を探す。ああ、もぅ……なんであんな事しちゃったんだろう。言葉にならない呻き声を発する私とは裏腹に、背後の人物は酷く穏やかな雰囲気を湛えていた。これが経験の差ってやつ?
「あーですからね……そのー」
上座から送られる視線が激しく痛い。
「ちゃんと某にも分かるように説明してくだされ」
「はぁ……いやぁ……なんていうか……あー……」
おそらく真田さんが発している殺気は背後の人物におくられているんだろうけど、その人物の前に私が居る事、忘れてませんかね。こっちは殺気慣れなんてほとんどしてないっての。
今回ばかりは佐助さんの援護も期待出来なさそうだし。
ど、どうする。私。
「が俺を助けた、それでいいじゃねぇか you see?」
背後の人物があげた声に真田さんの殺気が強くなる。
伊達政宗め……! むしろ自分が捕獲された身だなんて忘れてるに違いない。無駄に英語なんぞ使いおって!! 武田軍の人達が英語を理解出来ないのがまだしもの救いだけど。ああ、もう自滅どころじゃない。この人は時限爆弾だ。
「独眼竜……勝負は付いておらぬ!」
「Ha、やろうってのかい?」
「ちょっ……」
刀の鍔を押し上げる音が聞こえ慌てて振り返れば、戦場で見せた笑みを浮かべている伊達政宗。本当、なんで私この人の事助けちゃったんだろ。後悔先に立たずとは……良く言ったものだ。
「やめんか! 幸村!!」
今にも斬りかかりそうな二人を制したのは、信玄公の怒声だった。
流石です、お館さま。
「ワシは今に説明を求めているのだ」
「も、申し訳ございません……」
「ふんっ」
「で、。何故敵大将である伊達殿を助けたのだ?」
勝手に体が動いちゃいました。なんて言い訳、通用するはずがない。私だってあの瞬間何かを思ったハズだ。思い出せ、自分がとった行動の原動力を。
「えっと……。上手く言えないんですけど」
あの時感じた事柄を、琴線に触れた事柄を、思い出せ。
「真田さんと伊達政宗が戦ってて……何か変だと、思って……」
「変とな?」
信玄公の言葉に頷く。そう確かにあの時違和感を感じた。同じ実力と思われるのに、なんでこんなに戦況が? と。
「万全の状態で無いのに勝ったら後味が悪いんじゃないかって」
「なぬ?」
後ろにふんぞり返っている伊達政宗に視線を移せば、酷く楽しそうな笑みを浮かべていた。まるで悪戯がばれた子供のような、そんな笑み。
「右足のね、踏み込みが……おかしかったんですよ」
真田さんの槍を受けてる時も、何故か右側だけ弾きが甘かった気がする。
悩みながら言葉を綴る私の後ろで、急に笑い声が聞こえた。
「Good. ほめとくよ」
「え?」
片膝を立てて言葉を紡ぐ姿は、捕虜のそれではありえないけれど。
「アンタやるねぇ」
皮肉な台詞を吐く今の姿こそ、伊達政宗本来の姿なのだと理解した。
「では伊達殿は本調子で無かった、と」
「Ah? 戦に調子も何もねぇだろ。俺が負けて、が勝手に助けた。それだけだ」
殺すなら殺せ、と言わんばかりの伊達政宗と、何かを考えるそぶりの信玄公。
どうしよう。私は、この人を助けてしまった責任を負わねばならない。
「あ、あの!」
軽く身を乗り出せば、驚いたような真田さんの顔がまっさきに視界に映る。
「し、信玄公に御願いがあります」
「なんだ?」
「彼を……伊達政宗の処分は……少し、待って頂けませんでしょうか?」
「ほう?」
口を出せる問題じゃないのは分かってる。居候である私が口を出せる立場で無いことも、出す権利なんて毛頭無いことだって。でも、それでも。私は自分のしたことに対しての責任をとりたい。
「信玄公は天下を目指すお方。ならば……戦力は多ければ多い方が良いと、そう……思いませんか」
周りから掛かるプレッシャーが痛い。
敵大将の処分を保留にしろなんて。恩知らずどこの問題じゃないね……これ。
「は伊達殿をどうしたいのだ?」
「…………傘下……に」
「独眼竜は受け入れないと思いますが。それに」
今まで口を噤んでいた真田さんが信玄公に向かって助言する。こういう図だけ見ていると信頼出来る部下と上司って感じなのに。
「いつ裏切るやもしれませぬ」
続いた言葉に、息を呑んだ。
確かに真田さんの言っている事の方が正しい。今まで争っていた相手が、簡単に傘下に入る訳はないし、いつ寝首を掻くとも限らない。もしも、は起きてしまってからでは遅いのだ。
「幸村の言う事はもっともだ。それでも、お前は伊達殿を助けたいとそう言うのか?」
「…………」
私はまだ何処かでこの時代の事を理解しきってはいないのだろう。
命の奪い合いが常な時代。私の置かれていた世界とは状況が違いすぎる。自分の軽はずみな言動が、信玄公や真田さん達を窮地に追い込むかもしれない。
自分が思っている以上に、自分の発言に責任を持たなくてはいけない。
「傲慢だと、分かってます。敵だった人間を迎え入れてくれなんて……甘い考えだと理解してます」
「ならば!」
「それでも!」
異論を唱える真田さんを真っ直ぐに見据え、言葉を紡ぐ。
「振り返った時、赤く染まった大地だけというのは……悲しすぎませんか」
その光景を、私は知っている。
「殿は……甘過ぎる」
苦虫を噛み潰したような苦しそうな顔で、真田さんが言う。あんな辛そうな顔、今まで見たことなかった。
「ならばよ。伊達殿が謀反を起こしたらどう責任を取るつもりだ」
上に立つ者の言葉に背筋が伸びる。
これは賭だ。間違いの許されない究極の選択。
「その……時は」
時間の流れが酷く遅いような気がした。
「私が……彼を……彼等、を」
処理します。
発した音が無音を呼び込む。
泣きも喚きも、後悔さえせず。
ただ、淡々と。
「豪気な娘よ」
苦笑と共に告げられた信玄公の言葉が、答えだった。
「伊達殿、貴殿を救った相手はああ言っておるが」
どうする? と目で問う信玄公相手に、後方の伊達政宗がどんな表情をしているのかなんて分からなかったけれど。
「Ha! 上等だ」
楽しげな声色で返される言葉。
急激に襲い掛かる安堵感に汗が滝のように流れ出す。不意にずらした視線の先で苦しそうな表情を浮かべている真田さんの姿に心がきりり、と悲鳴を上げた。
|