「ここで会ったが百年目、うおぉお相手仕る!」
「ハッ、吼えな吼えな、暑苦しいぜ!」
互いに睨み合っていたかと思えば次の瞬間には死闘が始まる。止むことのない剣劇をただ呆然と見つめながら、なんでこんな状況に陥ってしまったのか思い返してみた。
「沙希殿は絶対に某から離れないように」
「分かってます」
耳にたこが出来る程言われた台詞に相槌を打てば、また同じ言葉が繰り返される。こうなるとお節介を通り越して迷惑だな……と真田さんに失礼な事を考えながら、揺れる赤い旗を見ていた。
「幸村、なんとしても沙希を守るのだぞ!」
「分かっております、お館さま!」
今にも殴り合いをしそうな雰囲気を漂わせて、先を行く信玄公。
「沙希チャン、旦那をよろしくな」
「任せてくださいよー」
「佐助!」
お仕事お仕事、と歌うように呟きながら佐助さんは姿を消した。流石忍び、なんとなくやることが派手だ。
「沙希殿今一度言うが」
「ちゃんと覚えてますよ。私達はもしもの場合に備えて本陣で待機、でしょう?」
「うむ」
前線に立てない事が悔しいのか、真田さんはいつもより覇気が無い。
これはこれでちょっと可哀想かも。
「真田さん真田さん。私達は頑張って皆さんの応援をしましょうね」
「うむ!」
ようやく笑顔になった……と思いきや。
「うぉかたさまあああぁぁぁ!」
力一杯信玄公の事を呼び始めた。
本当、この人達……テンション高過ぎ。
「そういえば真田さんこの間、独眼竜次こそ負けぬ! とか言ってましたけど、戦った事あるんですか? 伊達政宗と」
何気なしに問えば、ぴくりと真田さんの肩が動く。
「…………沙希殿が、助けてくれた時に……」
と、いうことは。
前回惨敗した、と……。
「きっと信玄公にかかれば、伊達政宗だって」
信玄公の名前を出せば途端に元気になる真田さん。こんなに単純でいいのか? と困惑しつつ、本人が元気になればそれでいいかと自身を納得させた。
遠くの方で地響きのようなものが聞こえる。
きっと戦闘が始まったのだろう。いつまでも物見遊山気分でいるわけにはいかない。隣の真田さんを盗み見れば、信玄公達が行った方向を黙って見据えている。万が一なんて事態無いに越した事はないけれど。
「早く皆さん帰ってくるといいですね」
被害が最小限に留まればいいなんて甘すぎる考えだけれど、願う事は罪じゃないでしょう?
風が運んでくる埃と鉄錆の臭いに、微かに顔を顰めて吉報を運んでくれる伝令を待った。
「に、しても……」
突き刺さるような視線と視界に捉えた一つの影。
「伊達政宗ってどんな感じの人なんですか?」
「ん?」
「外見の特徴とか」
私の知識とは若干違う戦国時代。この機に確かめておくのもいいだろう。
「最大の特徴は六本の刀でござるな」
「六本……?」
片手に三本づつ……? 一体どんな持ち方だ。むしろそれで人が斬れるのだろうか。
「あとは異国語を……」
「異国語?」
英語の事だろうか? というか戦国時代で英語って……。多分、きっと史実とは違う。こんな事なら学生時代に日本史の勉強をしておくべきだった。今更悔やんだところでどうにもならないけれど。
「真田さん、真田さん」
「ん? どうした?」
「例えば伊達政宗って、あんな格好してたりします?」
不敵な笑みを浮かべて近づいてくる人物を指し示せば、途端に真田さんを取り巻く雰囲気が変化した。
腰に刺さった六本の刀。特徴のある兜。そして……隻眼。
いやまて、良く考えてみろ。伊達政宗と言えば敵方の大将。まさか大将が武田の本陣、しかも信玄公の居ない場所にいるハズが。
「悪ぃな、アンタの首貰いに来たぜ」
「沙希殿は被害の及ばぬ所へ」
「…………Un……? 何でお前生きてるんだよ」
「む」
六本の刀を構えながら、訳が分からないといった感じの素振りを見せる伊達政宗。そりゃ誰だって自分が殺したハズの相手が生きてたら驚きますわな。
「それは」
あ、なんか嫌な予感。
「沙希殿が助けてくれたのでござる!」
びし、っと音がしそうな勢いでこちらを指さす真田さん。
「ひぃッ」
真田さんにつられるように向けられたもう一つの視線に、鳥肌が立った。無論相手の発する殺気のせいもあるのだろうけど……それだけじゃない。なんだこの、舐め回すような不躾すぎる視線は。
「ほぉーう。そこのgirlがお前を助けたって? Ha、面白れぇ。お前を倒してゆっっくりと話しを聞こうじゃないか」
「真田さん頑張って!!」
この時代に来て、初めて腹の底から声を出した気がする。
「任せてくだされ沙希殿!」
負けたら洒落にならなそうなんで、本当頼みます。
被害が及ばないように端の方に移動し、最悪の事態も考えて簡易的な力を作動させた。
金属のぶつかり合う音が空間に木霊する。時折散る火花が、まるで花火のようだと思った。
「武田が力はこれからよ、いくぞ!」
「今回は退屈せずに済みそうだぜ!」
死闘だというのに、どこか楽しげな雰囲気の二人。きっと、自分と同等の力を有する人と戦える事が楽しいのだろう。私には理解出来ない感覚だけど。
「あ」
それは一瞬の出来事。
ほんの少しだけ、ガードが甘くなった伊達政宗を真田さんは見逃さなかった。
「Oh! やるね……退かせてもらうか」
「え?」
Ha、と妙に良い発音で何処に待機させていたのか、自分の馬に乗って……走り去った。
「…………」
「…………」
これってもしかしなくても、逃亡した?
「追うでござるよ! 沙希殿!!」
「へ? あ。私も?!」
こういう場合は私を置いて真田さん単独で追うのが普通じゃないの? その方が危なくないだろうし。反論の意を唱えようと口を開くと同時に、強い力で腕を引っ張られた。今の真田さんは、私が危ないかどうかという認識の前に、自分の側を離れるな。という制約の方が勝っているのだろう。
「ちょ、ちょちょっ!! 私馬なんて数えるくらいしか乗ったことないんですけど!」
「某がついてるから平気だ!」
「ええええーっ?!」
「早くする!」
「ははははいっ!」
絶対この人、車のハンドル握ったら性格変わるタイプだ。
心の中で愚痴りながら私は仕方なく真田さんの後ろに跨った。てかものすんごっく怖いんですけど! 振り落とされないように、真田さんの腰に手を回しながら頬を切る風の強さに目を瞑る。
「どけどけどけぇぇい!!」
自軍兵の真ん中を突っ切って、敵兵を蹴散らしながら駆ける真田さん。後ろに居る身としてはたまったもんではない。このまま長距離を走られたら私の身が危険だ。
「我らに防壁の加護を」
片手を僅かに浮かして技を発動する。
「ちっ弓兵か」
「問題なしです」
自分達の周りに漂う微かな光を確認して私は言う。
「ならば……おらおら、突撃ー!」
射られた矢は当たる前に次々と軌道を変える。久し振りに発動した力が上手くいった事に安堵しつつ、走る速度が上がるのを体感した。
いい加減、腰が痛い。そして迫り上がってくる嘔吐感は気のせいであるまい。
「Shit! ……ま、いいや。倒しゃ終いだ」
虚ろになりつつある意識を無理矢理繋ぎ止めれば、いつの間にか馬は止まり真田さんと伊達政宗は再び対峙していた。
追い付いたのだという安堵感と、体が訴えてくる不調。早く帰って眠りたい。申し訳なさ程度に群がってくる敵兵を強化した防護壁で弾きながら死闘の行く末を見つめた。
前回敵に負けたと言っていたけど、今見ている限りでは圧倒的に真田さんが有利に見える。勝負も時の運とは言うけれど……何かがおかしい。
真田さんと伊達政宗が互角の力だとしたら、あそこまで戦況が偏るものだろうか?
不意に、視線が奪われた。
何を目にしたのか分からない。でも、脳は確かに指令を下した。
「Restrain a moment!」
「え?」
「なっ?!」
力を行使する音と共に、伊達政宗を銀色の檻が囲む。まるで鳥かごのような銀の檻は、中の人物を呑み込み、消滅した。
突如人が消えるという、理解し難い現実の前に周りの音が止まる。敵も味方も、誰一人としてその場を動こうとしない。戦場という事すら忘れそうな静寂の中。
「伊達政宗、生け捕ったりー…………なんつって……」
つい発してしまった場違い過ぎるふざけた台詞と、完全に切れた緊張感からもたらされた乾いた声が、虚ろに響いていた。
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