「ふあ……」
太陽が丁度真上に差し掛かったところで目が覚めた。この世界に来て早1週間。相手の好意に甘えているとはいえ少しばかり怠惰過ぎる生活パターンだ。
「にしても……珍しいな」
普段ならばもっと早い時間に誰かしら起こしにくるのに。とうとう愛想をつかされたのだろうか? と思いつつ廊下に出てみればいつもと違う雰囲気。何かぴりぴりしているというか、慌ただしいというか。
「ぉっ、チャンおそようサン」
廊下の天井から逆さまに出てくる人を、私は今のところ一人しか知らない。むしろこんな人が大量に居たらそれはそれで嫌だと思う。
「今日起こしに行けなくて悪かったねー」
忙しくて、と続ける佐助さんの表情は、笑っているのにどこか真剣で、今更ながらここが戦国時代だと言う事を再認識した。これから、命の獲り合いが始まるのだ。
「真田さんは?」
「旦那なら今頃部屋にいるんじゃないかな。日課の鍛錬も終えたみたいだったし」
日課と言われて真っ先に頭に浮かんだのが、真田さんと信玄公の殴り合いシーンってどうなんだろ……これ。間違ってはいないけど、何かが間違っているような気も、する。
「後で行ってみようかな」
何気なしに呟けば、旦那も喜ぶよ、と佐助さんの声が降ってきた。
「じゃ俺様はこれで」
「はい、また」
天井裏に消える佐助さんを見ながら、後どれくらいこんな会話が出来るのだろうか考えた。戦時中という事はいつ会えなくなってもおかしくない状況だし、私もいつまでこの時代にいるのか分からない。
「日常会話さえもままならない世の中なんて……」
嫌ね。
誰にも聞かれないように最後の言葉は呑み込んで、私は真田さんの様子を見に宛われた部屋を後にした。
「あらさんこんにちは」
「こんにちはー」
「何処へ行かれるの?」
「真田さんの所に行こうかと思って」
「それならこれを持っていくといいわ。どうせさんも何も食べてないんでしょうから」
くすくすと笑いながらさほど大きくない包みを手渡してくれる女中さん。いつの間にか私が寝坊助だということが知れ渡ってしまったらしい。だって、折角のんびり出来る機会なんだし……ねぇ?
「これなんですか?」
「お団子ですよ」
真田様も大好きな。と続けられた言葉に一瞬耳を疑った。男の人ってあまり甘い物とか食べそうにないのに。特にこういう団子とかショートケーキとか……あ、ショートケーキはこっちにはないのか。
「後で美味しく頂きますね」
忘れない内にお礼を述べ、目的地へと足を進める。
「いるかな?」
居なかったらこのお団子どうしよう。
当人の部屋の前で佇む事数分、私の不安は突如開け放たれた襖によってうち砕かれた。
「ど、どどどうなさった殿っ!」
視界に私を捉えて焦っている真田さんと。
「遅かったじゃん」
部屋の中で悠長に構えている佐助さん。
咽まで迫り上がってくる言葉があったが、今言うべきではないと無理矢理呑み込む。
「お団子頂いたんですけど……どうですか?」
「団子…………! いただくでござる!!」
満面の笑みで迎入れてくれる真田さんを、呆れきった表情で眺めている佐助さん。この二人って良いコンビだなぁ……と観察していたら、何故か佐助さんにウィンクされた。
「で、いつ出発なんですか?」
一心不乱に団子を食べ続ける真田さんに問えば、慌てたのか酷く咳き込んで団子の破片を部屋にばらまいていた。後掃除が大変そうだ。
「な、な何の事だか……」
ものすんごく目が泳いでますよ真田さん。
「ちょ、旦那汚いって」
「だって攻め込みに行くんでしょう?」
熱いお茶を啜りながら言えば、更にむせかえる真田さん。分かりやすいを通り越して、少し落ち着いた方がと言いたくなる。
「何故殿が奥州に攻め入る事を知って?!」
真田さんの言葉に頷く私と、片手で顔を覆う佐助さん。
当の本人と言えば……まったく自滅したことに気付いていない。
時に奥州ってどこだろう。
「ねぇ真田さん、奥州って……」
「独眼竜……次こそ負けぬぅぅ!!」
目当ての情報が引き出せて満足気味の私と、もうダメだと言わんばかりの佐助さん。
しかし……独眼竜か。その名なら私だって知ってる。伊達政宗だ。伊達政宗といえば今の仙台。仙台といえば…………。
「牛タン」
「え?」
「ん?」
「あ、いやなんでもないんで」
この時代にもあるかどうかはしらないけれど、最近食べてない。不思議な表情を浮かべる二人を笑顔でかわしながら、お腹の音が外に出ないように軽く押さえた。
「で、いつ出発なんですか?」
先程と同じ問いを投げかければ、先程とまったく同じように挙動不審になる真田さん。
「いや、そのな……殿は……」
「ついてきますよ勿論」
折角戦国時代に来たのだ。昔の日本なんて行きたくても行ける訳じゃないし。
「駄目だ!!」
予想以上の大きい声に手元の団子が落ちそうになった。
「おおおおおなごを連れて行くなんて……破廉恥なっっ!!」
「…………」
「…………」
破廉恥って。もっと他に言う言葉があるでしょう。危ない、とか……さ。
私と同じ考えなのか、佐助さんも呆然と真田さんの事を見ていた。真田さんが上司だと佐助さんも色んな気苦労がありそうだなぁ。
「それに……ここに居た方が安全」
「俺様も旦那に賛成だな。チャンが思ってる程、戦場は甘くないよ」
二人掛かりとは卑怯な。
「でも」
「と、とにかく駄目でござる!」
「真田さん……」
「そそそそそ某の方を見ても駄目といったら駄目……」
聞く耳持たない、とはこういう事を言うのだろうか。
「なぁチャン合戦は、遊びじゃないんだ……」
理解してくれ、と言わんばかりの佐助さん。ああ、もう二人してお荷物扱いするんだから。
「なら聞きますが、真田さんの傷を治したのって誰でしたっけ?」
「……殿」
「保険だと思って連れて行けば役に立つと思いますけどねぇ……」
怪我治せるし。とこれ見よがしに言えば口篭もる二人。この時代からすれば、怪我が直ぐに治るというのはかなり有効なハズだ。
「だ、だがっ……もしも、という事も」
真田さん達が心配してくれるのは嬉しい。でもここに一人残される身になったら。待つ事がどれだけ辛いか。その思いを理解して欲しいと思ってしまうのは私のエゴだろうか。
「私が、死ぬ……と?」
敢えて真田さんが出さなかった単語を口に乗せれば、先程までの覇気が嘘のように閉口する。私だって分かってる。この時代がどれだけ不安定で、約束というものがあてにならないかなんて。
でも、それでも。
「私が……ねぇ……ふふ。ねぇ……真田さん」
ワタシの事を馬鹿にしているのは、そちらの方ではないかしら?
真っ直ぐに真田さんの眼を射抜けば酷く驚いたようだった。
「約束しましょう」
ごくり、と咽を鳴らしたのは果たして誰だったか。
「次の戦私を連れて行けば、貴方に傷一つ、付けさせない」
脅迫にも似た告白に、時が止まる。
「はっ……はは。旦那あそこまで言われたら引き下がれないっしょ」
「さ、佐助! う……うぬぅ」
「気になるなら旦那が守ってやりなよ」
数十分後、佐助さんの援護の御陰で次の戦に連れて行ってもらえる事になった。ただし、真田さんの側を決して離れないという条件付きで。
「殿! 重ねて申しますが……」
「はいはい」
「聞いてるでござるか?!」
「聞いてますよ〜」
「殿っ!!」
真田さんの言葉を受け流しながら、内心他の事に気を取られていた。
あの時感じた引力。私を此処、に呼び寄せた力。
探さなくてはならない。
自分が、何のためにここに居るのかを……。
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