き、緊張する……。
真田さんが走り去ってから少し経って、私達はこの土地を治める人物、武田信玄に会う為に広間の方へと向かった。
「そなたが幸村を助けた娘か」
「は、はぃ……」
貫禄充分過ぎる感じで眼前に座る赤い人。隣にいる真田さんはとっっっても嬉しそうだ。
「まずは礼を言おう。異国の娘よ」
「あ、いえ……」
信玄公の威圧に挙動不審になっている私の肩を、斜め後ろに立っている猿飛さんがそっと抑えてくれる。こんな威圧感を感じたのは就職の面接以来だ、と内心考えながら信玄公の言葉を待った。
「時に……沙希とやら。お主どうやって幸村の傷を塞いだ」
「某も不思議でござる!」
「は?」
言葉の意図が分からないと悩む私に、トドメの一言。
「幸村が死んだ伝令を受け兵を退いたのだがな」
流石一国の主。今まで二人が踏み込んでこなかった領域をずばっと切って下さった。ヒーリングをしました……なんて言っても信じてもらえる訳ないし。むしろ私が信玄公の立場なら絶対信じないけどね。
「沙希殿! 一体どうやったでござるか!」
目をきらきらさせて問いつめてくる真田さんが憎い。
はてさてどう言えばいいものか。
「えっと……私の居る所では、普通に出来る事……と、いいますか」
悩み抜いた据えに選んだ言葉はやはり胡散臭いものだった。
「お主の住んでいる所では怪我を跡形もなく治せると?」
的確すぎるツッコミが辛い。
「そう、です」
嘘ではないんだから、もっとしっかりしろ、私。
「信じ難いな」
私もそう思います。
訝しむ視線を投げかけてくる信玄公に、冷や汗がだらだらと流れる。そんな私達を余所目に真田さんは更に目をきらきらさせていた。
「おおぉぉっ! すごいでござる! 沙希殿っっ!! 沙希殿は奇術が行えるのか!」
奇術……。まぁ……あながち間違ってはいないけど。
「奇術というよりは……魔法……って感じかなぁ」
「魔法?」
他になんて言えばいいのか分からずに取り敢えず言ってみたけど、さっきよか数段胡散臭い。
「ともあれ幸村の恩人である事には変わりない……沙希とやら、行く当てがなければここに留まるがいい。我々はお主を歓迎しよう」
「え? あ……、有り難うございます!」
まさかこんな胡散臭すぎる人間を受け入れてもらえるとは思わなかった。信玄公の懐の深さに感動を覚えながら、内心ほっとしたのも確か。
こんな戦国時代の真っ只中に放り出されれば無傷でいる方が難しいというもの。帰りたくとも、まだこの世界に干渉しきれてないせいで、上手く力のコントロールが出来ない。ここに厄介になっている間に、なんとかして力を馴染ませなくては。
「良かったでござるな! 沙希殿っ!!」
「これで一安心ってやつだな」
「さすがお館様!! この幸村、感動したでござる!!」
「うむ!」
眼前で見つめ合っている二人。暫くそうしていたかと思えば、急に互いの名前を呼んで殴り合いを始めた。
誰も止めないのかと辺りを見回せば、傍観という言葉がしっくりくるような状態。なんだこの慣れきった感じは。もしかして……。
「日常茶飯事……?」
「ぉ、沙希チャン良く分かったね」
後ろの猿飛さんが呆れきった表情で殴り合う二人を見ている。
「猿飛さんは止めないんですか?」
「あー止めるのも野暮ってもんだし。それに俺様の事は佐助でいいよ」
「はぁ」
佐助さんの言葉に生返事を返しながら、終わりそうにない殴り合いを呆然と見ていた。
「お館様あああああぁぁぁ!!」
「幸村っ!!!」
「お館さぶあぁぁぁっっっっ!!」
「幸村あああぁぁぁっ!!」
一体なんなんだろ、この世界。
佐助さんは忍びのくせに迷彩服だし、武田信玄ってあんな人……だったっけ? 学生時代は世界地理を選択していたので、日本史なんて基本事項以外ほとんど分からないけれど……武田信玄って絶対あんな人じゃなかった、はず。
この時初めて自分の居る空間に違和感を覚えた。
時代は戦国で合ってるけれど。
何か取り巻く空気というか、それが知識の中の戦国時代と噛み合わない。実際の戦国はこうでした。と言われてしまえばそれまでだけれど。
胸に抱いた違和感が確信に変わるのは、もう少し先。
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