「Ahー……これからどうするよ」
敵意を無くした変わりに、妙に熱い視線を送ってくるかすがさんを横目に私達はこれからの身の振り方を考えねばならなかった。
上杉の本陣に居たのが偽の謙信公となると本物は何処に? リアルタイムで伝えられてくる映像を探ってみても、そこに彼の人の姿は無い。
「あ」
「Un?」
非常に重大な事項を失念していた。
「政宗さん……今更なんですが」
私、上杉謙信がどんな容姿をしてるのか知りません。
「…………」
「………………」
妙に冷たい風が通り抜けた。
だって仕方ないじゃない! この時代じゃ写真なんて無いだろうし、話しに聞くだけじゃ実物は分からないんだから。内心逆ギレしながらも、白い奴だ。との政宗さんの助言を貰い再度遠方を探る。
「謙信様はもっと崇高な方です! それを白いだなんて……撤回しなさい!」
「煩ぇよ。全身白くしてる奴を白いって言って何が悪い?」
背後で不毛な言い争いをしている二人を無理矢理意識から占めだし、探索に専念する。画像に捉えられないというのは、未だ武田の主要メンバーには近づいていないという事。だが本陣に居ない事は事実。大将が合戦の場を忍に任せて……というのも考えがたい。となれば。秘密裏に移動している可能性が高い。
発揮しきれない己の力を悔やみながら、最善の策を取るべく神経を集中させた。
「フン、アンタ達なんて……謙信様の前には赤子同然だと言うことを思い知るがいいわ!」
「Han……アンタ自分が捕虜同然って事、忘れちゃいねぇよなあ?」
背後で刀を抜く音がする。
一度、二度。威嚇するように風を切る音が響く。
「泣いて謝るのは今の内だぜ? lady?」
「おのれ伊達……貴様など……っ!!」
背後のやりとりが危険な色を醸し出してきたのを察し、窘めようと振り向けば……。
「……ッ! 政宗さん!」
一つの画面に異変が起きた。
「Un? なんだ。水差すんじゃねぇよ」
「それどこじゃないんです! 緊急事態です!!」
よりにもよって。
「Calm down、。分かるように説明しろ」
鋭い眼光はまるでこちらを見通しているかの如く見据え、戦場に似つかわしくない程の白さは畏怖を纏って襲いかかる。
「上杉謙信が、武田の本陣に奇襲を掛けました」
「……shit! やられたな」
「ええ……」
今信玄公の元には真田さんも佐助さんも居ない。大将同士の争いに、優劣は無いが勝利を確定させるには一押しが足りない。
「ふっ……これが策よ」
焦りを覚える私達とは逆に、かすがさんは嬉しそうだ。
「分かったでしょう? 謙信様に貴方達は叶わないの」
嬉しそうに顔を綻ばせかすがさんは言う。
「政宗さん……」
「武田の連中が何とかするだろ」
幸村さんも佐助さんも信玄公からは離れているものの、今私達が居る場所よりは本陣に近い。だが……上杉謙信の奇襲と共に放たれた伝令が届くには、時間が掛かる。
「政宗さん結晶持ってます?」
「Ah? ああ、これだろ」
懐から出された小指の先ほどの透明な玉。見慣れない球体をかすがさんは不思議そうに眺めている。
「行って下さい、政宗さん」
「What?」
伝令は未だ届かず、死合いは始まっている。
「準備は良いですか?」
「待て、さっきも言っただろ? 武田の奴らに任せた方が早いって……」
「本来はそうでしょうね。でも……」
此処、にはワタシが居る。
政宗さんから受け取った結晶を右手に取り圧縮するように力を入れれば、まるで砂糖菓子のように崩れていく。
「お、おい!」
きらきらと太陽の光を受けて煌めくそれは砂金の如く。
不思議な物をみるような目で見つめている二人とは裏腹に、自分の情けなさに涙が出そうだった。異質であるという事が、こんなにも辛いなんて。
煌めく無数の破片が、時空を歪め、私が認識していた映像をその場に映し出す。蜃気楼のように揺らめきながらも徐々に形を取る遠方の風景に、政宗さんは口笛を吹いた。
「私がサインを出したら、この映像の中に飛び込んで下さい」
ほんの僅かの間、遙か遠方とこの空間を繋ぐ。異なる空間を繋ぎ、渡るのは十八番だったハズなのに。額に浮かぶ脂汗がこの時代で力を使う事の大変さを物語る。徐々に熱を失っていく指先が、微かに震えを伴う膝が。世界が、異質な力を許さないと言わんばかりに負荷を科す。
「三、二……一…………GO!」
腕を真横に薙げば、蜃気楼だった映像が鮮明になり音が重なり合った。その中に躊躇い無く飛び込む政宗さんを見送り、膝をつく。
息が苦しい。
心臓が早鐘のように鳴り響く。
「……あ……なた。……一体……?」
困惑の色を浮かべ問うてくるかすがさんに向けた笑みは、苦笑か失笑か。
「あっては……いけない者」
それが、私。
軽く目を閉じ呼吸を整え、再び大地に立つ。
「我は、望む……」
途切れそうな意識を掻き集め、両手の内に冷たい感触を確認する。虚空から現れるのは以前よりも短い刀。短剣といっても遜色無いそれを堅く握りしめ、今一度大きく息を吸い込めば、身の内に古代の叡智が張り巡らされる。
「隠れていては、先に進めませんよ」
凛とした声を空間に投げかければ、途端に現れる十の影。
「お……お前等……!」
名乗りも、掛け声すら無く。音もなく近寄ってくる影を両手の短剣で受け流す。忍びに失敗は許されないのだと、以前佐助さんは言っていた。ならば……向かい来る影の狙いはただ一つ。
「悪いけど、させないわ」
押しもせず、引きもせず。受け流す事を第一に。
護るモノが一つでいいなんて……なんて、楽なのかしら。
死角から放たれた手裏剣を体を反転させて叩き落とし、私は……笑った。
何故向かったのかは分からない。けれども……自分の選択が正しかった事を、悟った。
目の前で繰り広げられている戦闘に息を呑む。多角方面からの攻撃をいとも容易く受け流し、まるで舞でも舞っているかのように、西から来たと名乗った異邦人は鮮やかな軌跡を刻む。
「はっ……マジかよ」
忍は武士や武将とは違う。闇を好み、手段を問わず、結果を残す為奔走する闇の生き物。殺しに長けた集団。それを易々と受け流すあの女は何者だ? 不可思議な力を使い、己等を護ろうとする、あの女は……は、危険だ。
牙を剥かれれば勝算は低い。不安要素を摘むのも、己の仕事なれば眼前で繰り広げられている光景は願っても無いものではないか?
「ヤキが回ったって事かね」
苦笑混じりに呟いて、その場から姿を消す。
自分の仕事を遂行する為に。
「はいはい、そこまでーっと」
「さ、佐助さん!?」
突然視界を塞いだ迷彩に反射的に足を引いた。
「女の子一人によってたかって、ってのはお兄ーさん感心しないなぁ」
表情こそ窺えないが、佐助さんが満面の笑みを浮かべているだろう事は推測出来た。
「だからね」
俺様も相手になるよ。
底冷えするような声色で告げられ、十の影は後ずさる。
武田一の将に使える忍の長と、不可思議な女の組み合わせでは分が悪いと踏んだのか、瞬きする間に影も形も消えていた。
「チャン」
「へ? は、はぃ」
佐助さんから威圧的なオーラが発生しているような気がするのは気のせいだろうか……?
「かすがを助けてくれた事には礼を言うよ?」
でもね。
間近で向けられる殺気まがいの感情に、冷たい汗が流れる。
「もしもチャンが怪我でもしたら……怒られるの、俺様なんだけど」
「うぁ……す、済みません」
満面の笑みで告げられる言葉が、痛い。
「今度からは自重する事」
「は、はぃ……」
「声が小さい気がするなぁ」
「わ……分かりました!!」
よろしい。と不気味なオーラを仕舞って佐助さんは言う。
途端に流れ出す血液と冷や汗に肩を落とし、未だ両手にある短剣を一振りで消した。佐助さんのせいで服がびしょぬれだ……。張り付くシャツを軽く持ち上げ風を送れば、途端に冷える体。軽く身震いをする私とは裏腹に、忍二人は何かを言い合っている。
あの二人って知り合いだったんだなぁ。
未だ上空に輝いている太陽を細目で見上げながら。
「……お風呂入りたい……」
自分でも笑える程情けない声で呟けば、遙か遠くで勝利の声が上がった。
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