戦場に流れる空気は好きではない。戦というものから無縁の生活をしていたのだから、当たり前といえば当たり前だけど。この世界に来て大分時が過ぎたのに、未だ私は命の取り合いが当たり前な状況に慣れないでいる。
一昔……いや、もっと前ならば、そんな状況に身を投じていた記録がある。私の戦闘スキルはその辺りの記録に助けられている事も多い。
一対一よりも、乱戦。
より効率的に敵を屠る術は頭の中に整然と収まっている。
出来る事ならば使いたく無い知識。知りたくなかったソレを使用し、磨き上げた当時の人物は、どんな考えを持っていたのだろう。やはり大切な何かを守る為に自ら進んで手を下したのだろうか。知りたい、と思うのと、知りたくない、と思う気持ちが半々。
「Hey! 。浮かねぇ顔してどうした」
横から上がった声に視線を向ければ、好戦的な表情を浮かべた政宗さん。
「別に」
「ほぉーそうかい。てっきりhomesicknessになったかと思ったぜ」
Sorry、と続いた声に迷いが吹っ飛ぶ程の苛立ちを覚えた。ああ、もうなんでこの人は……人の神経を逆撫でするのが上手いのだろう。どうする事も出来ない苛立ちを身のうちに抱え、深呼吸すれば。
「馬鹿な事言わないで下さいよ」
今やるべき事が見えてしまう。
そんな私の雰囲気を悟ってか、Goodと呟くような声が届いた。
「Are you ready Guys!」
政宗さんの声に呼応するように、承諾の言葉が叫ばれる。
それが鬨の声となり、戦は開始した。
「ちょ、ちょっと政宗さん。伊達の人達は保険じゃなかったんですか!?」
配下の人達に的確な指示を出していくのは、まさに司令塔そのもので。
「Ah-han分かってねぇなぁ
。戦は楽しまなくっちゃ損だろ。you see?」
いや、分かりたくもないんですけど。
根っからの好戦気質な政宗さんから保険なんて台詞が出た時点で、おかしいと思わなければならなかったんだ。今更悔やんでも後の祭り。武田対上杉というよりも、伊達対上杉となっているような現状に特大級の溜息を付きながら、己の仕事を始める。
「Chase...start」
作動の言葉と共に目を閉じる。
「追跡だぁ……?」
二重音声のように音が重なり合うのを確認して閉じた瞼を押し上げれば、自身が視認している風景に、半透明のスクリーンがいくつか重なった。
まるで防犯カメラをチェックしているような光景に軽く目を細める。
同時に大量の情報を伝えられて、頭が痛くなりそうだ。
こんな技を過去の人達は当然のように使っていたのだから称賛に値する。
「どうした?」
虚空を睨むように立ちつくす私に馬上から掛けられる言葉。
「ん、大丈夫。問題無しです」
「Ok、なら……行くぜ」
「は?」
告げられた言葉の意味を理解する前に、視界が揺れた。
「ちょ、ちょっと!」
「待ったは無しだぜhoney!」
自身の後ろに無理矢理乗せ馬を走らせるから、目の前の人物に掴まる意外の選択肢が無くなってしまう。
「ど、何処に向かってるんですか!」
振り落とされないようにしがみつけば、ニヤリと音がしそうな笑みを湛えて政宗さんが視線をよこした。
「決まってんだろ? 上杉の所以外にあるか!」
本気ですか。
武田の人達を差し置いて、自分が大将首取りに行くってどうなのよ。戦略も何もありゃしない、ただ押し進む力の塊。今頃伝令兵は大変だろう、と武田の人達に思いを馳せながら防護壁を発動させた。
立ち塞がる敵を作業の様に薙ぎ倒す政宗さん。時折顔にかかる生暖かさは人であった印だろう。天下を取る為に、戦う。その言葉によってかかる重みは一体どれほどの物か。
「Got it!……次」
今はただ、視界に映る青さを守るべく力を奮おう。
迷いを押し込んで掴まる手に力を込めた。
「期待ハズレだぜ」
上杉軍の本陣が視認出来る距離まで来て、政宗さんは面白くなさそうに言った。本人曰く手応えが無さすぎるとの事。私から言わせてみれば、単なる力量の差のような気がするのだけれど。それを当人に言えば喜ばれそうなので、言わないでおいた。
「しゃぁねぇ。上杉の野郎に償ってもらうとすっか」
諦めにも似た声で呟きながらも、全速力で馬を走らせる政宗さん。
どこまでも素直ではない。
「私が居るって事、忘れないで下さいよ!!」
舌を噛みそうな振動に耐えながら叫べば、お前が居るから突っ走ってるんだろ。などという物騒極まりない言葉が返ってきた。
今更ですが、なんで私この人と行動共にしてるの。
早く本陣に帰りたい……と叶わない願いを抱きつつ、他の人々が苦戦していない事に安堵の息を漏らした。
「わたくしの剣のとどかにうちに去れ!」
耳に届いた中世的な声に意識を向ければ、途端に視界を塞いでいた青さが消える。
「Here we go! Yeah!」
刀身のぶつかり合う音が鼓膜を揺らす。
鮮やかな剣筋が舞のように見えて、己の目を擦った。心の片隅で、順応してはいけないと警告がなる。人の死を容易く受け入れる事に慣れてはいけない、と戒める声が聞こえる。受け止める覚悟は出来ている。後はこの眼に映る全てのモノを記憶し、選定する。
作業の過程で消えゆく感情と消えゆく想い。己に課せられた運命に多少なりと異議を抱きながらも、眼前で行われている死闘を見届ける。
選んだのは、自分。
悔やむのは終わった後で、いい。
「アンタ、やるねえ」
風を切る音と共に、片膝を付いた上杉謙信が綺麗な女の人に変わる。
「ぇ……」
「あの方に指一本触れさせてなるものか!」
二つの円盤のような物を操りながら政宗さんに襲いかかってくる姿は、上杉謙信として戦っていた時とは想像付かない。
「そーこなくっちゃな」
敵本来の姿に出会って、政宗さんは嬉しそうだ。
「あの方のため……戦う!」
それでも、政宗さんが優位なのは変わりない。
徐々に押されていく姿からは苦悶の表情が見て取れる。私でさえ気付くのだから、政宗さんは疾うの昔に自分の勝利を確信しているだろう。
「そうはさせない……そうはさせない……」
焦りにも似た声を聞き、政宗さんは六爪を抜いた。
決着は一瞬。
「政宗さん!!」
「……Shit! 分かってる!」
一瞬勢いを殺した政宗さんの隙を付いて。
「Restraints!」
以前使った力の片鱗を発動させた。
わざと紡がなかった後半の単語の変わりに足した言葉の力で、政宗さんの時のように姿を消す訳でもなく、その場で硬直する彼女。
「……やってらんねぇな」
完全に凍り付いた彼女を一瞥して、政宗さんは六爪を鞘に仕舞った。
「くっ……何故殺さぬ!」
向けられる殺気に鳥肌が立った。
「なんで……って……言われても」
「屈辱だ……!」
今にも自害しそうな彼女に、答えを用意していたハズなのに、肝心な時に限って出てこない。なんて使えない私の頭。
「……な……名前を、聞きたかったから」
苦肉の策で紡いだ言葉は、我ながらかなり厳しいものがあった。百点満点で表せばおそらく一桁の点数が弾き出されるであろう。それを証明するかのように、政宗さんが呆けた表情を浮かべている。今彼の中では、馬鹿。という単語が踊り狂っているに違いない。
「………………かすが」
「え?」
そんな私達の予想を裏切って、彼女の頬は微かに赤味を帯びていた。
この時代の人って……いまいち、良く……分からない。
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