上下左右も分からない暗闇の中をただ漠然と見つめていた。
これは夢だろうか? 以前も同じ経験をしたような気がする。ああ……そうだ。あの時は確か……。首を左右に動かし辺りを見回してみるが、あるのは何処までも続く暗闇だけ。
「誰もいないの?」
呟いた声は響く事なく闇に吸収される。
夢ならば早く覚めて欲しい。だが、もし夢ではないとしたら?
「まさか、ね」
否定の言葉と共に鳴らされる本能からの警告。
「大丈夫、きっと大丈夫」
固く握り拳を作り眼前の暗闇を見据えた。
一つずつちゃんと思い出してみよう。もしもこれが夢で無かった場合、何故私はこんな場所にいるのだろうか。この場所に来る前にはどこにいた?
「自室に」
そう、自室で買い出しの準備をしていた。着替えをして、火の元の確認をして、買い忘れが無いように書いたメモを鞄に入れて。
「それから、どうした……?」
財布を忘れたのに気付いて部屋から取ってきて……準備万端の状態で家を出て、鍵を閉めて、歩くの面倒だなと考えて……。
一瞬にして、体温が下がるのを感じた。
下りるのが面倒だ、と。すぐに街に行けるいい方法はないだろうかと考えた。
「飛べばいいって……思ったんだ」
近距離間の時空を繋げれば、すぐに街に着くと。
非常に良いアイデアだと、思ったんだ……。
結界がある事も忘れて。
「自業自得ってこういう事なのねぇ」
はははと空しい笑いを漏らしながら自身の浅はかさに涙が出そうだった。
所有する力の全てを使いこなせている訳ではないのに、楽をしようとするからこういう事になるのだ。
「急がば回れ、ってね……」
もう本当に泣きそう。
取り敢えずこの空間が何であるかは理解した。相容れない力を発動した際に出来てしまった時空の歪み。それが今私の居る場所だろう。
「上手く戻れるかな……」
歪みからの脱出経験は数える程しか記録されていない。脳内に収まった膨大な知識を総動員しても上手くいくか、どうか。
今までに無い程精神を研ぎ澄まして、帰るべき場所を強く念じる。
「ッ!」
急激な浮遊感に襲われ集中力が途切れる。
視界に映るのは暗闇のままなのに、自分が落下しているのが理解出来る。否……落下しているのではない。何かの力に引っ張られているのだ。このままではいけない。もしかしたら歪みに生じた亀裂に巻き込まれた?
ヘマをした。
その事に気付いたのは意識が途切れる寸前だった。
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