辺りから漂うアルコールの香りに、意識がふわふわと飛びそうになる。のんびりとしたペースで杯を進めていたものの、知らぬ間に自分の限度近くまで来ているらしかった。
「よ……顔が真っ赤だぞ」
くつくつと笑うシオン君に非難がましい視線を送っても、軽く流されるだけで。なんとなく己の頬に触れてみれば、手の冷たさが心地よかった。
「それはそうと……」
先程とは打って変わり心配そうになったシオン君。
何かアクシデントでも起こったのかと問えば、私が披露するであろう出し物の心配をしていてくれるようだった。星矢君達は物真似らしきものをして沙織ちゃんを楽しませていたし、黄金聖闘士の人達はそれぞれの得意分野で見事な芸を披露していた。まぁ彼等の出し物を芸と言ってしまっていいのかどうかは甚だ疑問だけど。
今もカミュさんがお得意の氷を使って空間を乱反射させてるし。
幻想的な光景に、沙織ちゃんは勿論他の人達だって見とれてて、氷河君に至っては号泣ものだ。カミュさんの披露が終わって、アフロディーテさんが終わったら次は私の番。他の人達に目劣りしないように……と気を付けてはいるけれど、果たしてどうなる事やら。
「策はあるのか?」
「んー……どーでしょね?」
アルコールの所為で舌っ足らずな返事しか出来ないが、この際許してもらおう。
シオン君とのんびり話している間にも時間は着実に過ぎて、あれよあれよという間に私の出番に。こういう出し物のトリって嫌なんだけどなぁ……と内心愚痴りながら沙織ちゃんの前へと進み出る。
「平気なのか……?」
背後から掛けられる声に軽く片手を振って応え沙織ちゃんに向き直れば、必要以上に期待に満ちた視線を頂いた。そりゃ……黄金聖闘士の人達と違って、私がやろうとしている事の予測は付きづらいと思うけど。
「さん、楽しみにしてますね」
「うん。期待してて?」
売り言葉に買い言葉。
あの笑顔で言われたら、否定的な言葉を紡げるハズがない。周囲から送られる好奇心と心配の入り混じったような視線が居心地悪いけど、ここまで来たらあとはやるしかないってね。
ゆっくりと深呼吸をすれば、酒に浸かった意識が少しだけはっきりとする。
「じゃ、がんばりまーっす」
私の声に呼応するように静まりかえった周囲を一瞥し、間違えないように段取りを思い出す。
まず、初めにすることは……。
「Select……」
具現に必要な音を口にすれば、途端に重くなる空気。
脳裏に描いた風景と。
「な、なんだ?」
現状を、繋げる。
ああ、思い返してみれば、昔も良く……やったものだ。ワタシの記憶の中で色鮮やかに残る宴の風景に思わず微笑が漏れる。何日も何日も飽きもせずに、繰り返した行動は酷く懐かしくて。
彼等は今頃どうしているのだろうかと気になった。
「枯れ木に花を、咲かせましょーってね」
見えない籠から灰を撒くように片腕で弧を描けば、ぱきん。と何かの割れるような音と共に、無の空間から桜の花びらが舞う。
ギリシャでは拝めない光景を投影出来た事に多少の安堵を覚えつつ、沙織ちゃんの様子を窺えば隣の星矢君と楽しげに桜を眺めていた。
「さん……これは幻影ですか?」
「いいえ」
「では一体どうやって?」
途切れる事の無い花吹雪は見る者を魅了する。
「私も聞きたいのぉ……一体何をしたのだ?」
「そーれはですね」
企業秘密……と言ってしまおうかどうか激しく悩んだが、あまりに沙織ちゃんが楽しそうに問いつめるから、こちらも折れた。
「日本で言う桜の名所ってあるでしょ? そことね、ここの空間を一時的に繋げたの」
アテナの結界を紐解くのは苦労したけど。
笑いながら言えば、一瞬辺りが静まりかえる。だって仕方ないじゃない? 元々アテナである沙織ちゃんとワタシは属性が違い過ぎるんだから。どちらかといえば闇よりのワタシがアテナの空間内で力を振るう為には、一時的にその場の属性を変更するのが必須となる。かといって変更する為に聖域の結界を破壊する訳にはいかないし……。となれば方法は一つ。結界の内側に、もう一つワタシの結界を張って属性を変更するしかない。
「あ、もしも気に入らなければすぐに解除するけど?」
「いいじゃないですか。ねぇシオン?」
「……そうですな」
「俺も良いと思うぜ!! 綺麗だし」
非難よりも賛同の声を貰えた事で肩の荷が下りた。
軽く一礼して自分の位置へと戻れば、カノンさんがグラスを渡してくれる。
「やるじゃん、お前」
「そう? お気に召したようでなによりですわ」
芝居がかった口調で返せば、苦笑混じりに馬鹿と罵られた。
「地味だけど……良いよな」
「ギリシャではあまり見かけない光景でしょ?」
「ああ」
四方八方から桜が舞うこの状況は、特等席の名に相応しく。
「でも、なんで……桜なんだ?」
わざわざ日本と空間を繋いでまで。
「わからないかなぁー」
素朴な疑問に駄目出しを一つしてから、軽く目を閉じる。
「分かねーから聞いてるんだろ」
「和の心ですよ、和の心」
「……なんだそれ」
呆れたような声に思わず微笑が漏れた。
やっぱりギリシャ人には分からないのかなぁ……。日本に生まれたからには、年に一度はやってしまう恒例行事なのに。
「カノンさんもそのうち分かりますよ」
花舞う下で、気心のしれた友人と共有する空間の愛しさ。
忙しない日常から隔絶された世界。
「やっぱり」
春といえば、夜桜観賞でしょ!
言って、グラスの中に舞い落ちた桜の花を飲み干した。
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