戦国の夜は忙しい。
8:気がつけば流星群
次の戦に関しての会議を開いたり、重要そうな書簡に目を通したり、いつ来るか分からない夜襲に備えたりと、夜が深まる程忙しさは増してくる。じゃあ昼間の方が暇なのか? と問われれば、昼間は昼間で多忙を極めている。政宗さん達は現代で言う所の知事みたいなものなんだろうし、忙しいのは当然かもしれないけど……これは少しばかり異常じゃないでしょうか? 目の前にそびえ立つ紙の山は見ているだけでもうんざり出来る代物で。それを手際よく処理していく政宗さんは、やはり殿様なんだなぁ。と感服した。
武田の人達と行動を共にしているとはいえ、政宗さんも一国の主。やらねばならぬ仕事は山ほどある。片腕の小十郎さんもかなりの仕事量を抱えているらしいけど、政宗さんのは半端ない。そんな彼に対して何かしてあげたいと思い、手伝いを申し出たまでは良かったけど……。
「どうした」
手が進んでねぇぞ。と小姑よろしく嫌味を言われても。
「ちょっと目が疲れただけ」
蛍光灯に慣れた世代としては、蝋燭の灯りでは物足りない。
「Huhn? それにしてはさっきから同じ箇所を見ている気がするんだがなぁ? チャンよぉ?」
「ぐっ」
口が裂けても、文字が達筆過ぎて読めないなんて言えない。そんな事口にしようものならば、人を馬鹿にしたような笑みを貼り付けて罵倒されるに違いないんだから。
どうにか解読してやろうと四苦八苦する私の横で、留まることのない筆の音が響く。一体どんな顔して作業をしているのか、と多少の好奇心を持って政宗さんの横顔を盗み見れば、普段あまり目にしない真剣な表情を湛えていて微かに心臓が鳴った。
「俺の顔になんかついてるか」
「え」
「盗み見ならバレないようにやるんだな。you see?」
「っ!」
こちらを見もせず咽の奥で笑いながら、仕事をこなしていく政宗さんにものすごく腹が立ったけど、口論したら当初の目的に反すると、喉元まで出かかった言葉を無理矢理呑み込む。あーもう。なんでこの人はいつもこうなの。
私が言うのもなんだけど見た目は凄く良いと思う。
ただ……問題は、性格だ。
政宗さんが信玄公みたいな性格だったら……。そこまで考えて、あまりの似合わなさに鳥肌が立った。やっぱり政宗さんはこのままの方が良いかも。優しい政宗さんなんて気持ち悪いだけだし。
「おい、」
私の思考を打ちきるように掛けられた言葉に、一瞬考えていた事がバレタのかと思って背筋が伸びた。良く考えてみれば、口に出してた訳じゃないんだから政宗さんに分かるはずなんてないんだけど。
「な、なに?」
「なに? じゃねぇよ。呆けやがって」
文句を垂れながら、私の手元に置かれている紙を寄こせ、とのジェスチャー。
「貸せ、俺の仕事だ」
「…………」
渋々手渡せば溜息混じりに作業に取りかかる。
筆の音だけが響く空間で空になった手元を見つめていたら、何の役にも立てないんだなぁ。と実感してしまって切なくなった。この世界で私が出来る事なんて、ほとんどない。唯一出来る事と言えば戦闘の手助けだけ。といっても私が居る事によって引き起こされてる歪みの方が酷い訳だけど……時々これで良いんだろうか? って考える時がある。私の我が儘を通した結果に成り立つ現実は、正しいものじゃない。自分が気にくわないから手を加える、なんて押しつけもいいとこじゃない。
本当は政宗さんが天下を統一したかもしれないのに、私が会ったのが武田の人達だったから……。もし、初めて出会ったのが政宗さんだったら私はどうしていただろう?
可能性の一つを脳裏に描いてみれば、後頭部に与えられた物理的な刺激が中断を余儀なくする。一体何を投げられたのかと視線を落とせば、くしゃくしゃに丸められた紙が落ちていた。
「、茶」
「は?」
攻撃主に非難がましい視線を向ければ、茶を持ってこいと横柄な振る舞い。
「茶だよ、茶。tea. understand?」
「言い直してもらわずとも、分かってますよ」
ぎりぎりと奥歯を噛み締めながら満面の笑みを浮かべてみせれば、私の浮かべる表情に満足したのか、犬を追い払うような仕草で政宗さんは退出を促した。
腹立つ。
こうなったら、思わず唸るように美味な茶を煎れてやろうじゃないのよ。
些細な事に闘争心を燃え上がらせながら、お望みの品を与えてやろうと席を立てば……。
「あ」
「Un?」
開けられた窓の外に流れる光景に目を奪われた。
「Oh……こりゃ珍しいな」
背後から上がった賛同に頷けば、また一つ星が流れる。
「こんだけ降ってると、有り難みがないなぁ」
流れ星が流れる間に願い事を三回言えれば叶う、なんていうけれど。
「願い事はいいのか? 」
からかうような口調の声に「いらない」と返せば「Why?」と疑問が返ってくる。
「だって」
「After all?」
私の言葉を英語で言い直す政宗さんがなんか面白くて。
「だって、こんなに流れてたら……三回なんて直ぐに言えちゃうでしょ?」
次から次へと視界を横切る流星には終わりなんてないような気がして、思わず笑いが漏れた。
「Ha! 確かにな」
いつの間にか止んでいる筆の音に振り返れば、皮肉そうな笑みを浮かべる政宗さんと目が合い、どちらともなく笑い合う。
胸の内に溜まっていた苛立ちは、いつの間にか消えていた。
END
この作品は基城優輝様に捧げさせて頂きます。
企画へのご参加、有り難うございました!
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