佐助さんを見かけるのは昼間よりも、日暮れの方が断然多い。きっと幸村さんの命令で、日中は情報活動に励んでいるのだろう。今日もまた赤い夕日を背景に、浮かび上がるシルエット。
 思わず声をかけてしまったのは、当然の成り行きと言えるだろう。 

 

 7:宵待ち月も待てません

 

 きっかけはとても些細な事。

 前々から持っていた疑問。軍の為に身を粉にして働く忍の人達と彼等を束ねる立場の佐助さん。普段から飄々としている姿とは裏腹に、能力はピカイチ。まさに完全無欠な佐助さんだけど……。
「弱みって、本当にないんですか?」
 抑えきれない好奇心の元、ついぞ疑問を口にしてしまった。
「弱みねぇ……」
 少し考える素振りを見せた後、俺様最強だし? と軽い口調の返事。
 元々弱みがあるとは思っていないけど、予想通りの答えが返ってくると少しばかり寂しい感じがするのは何故だろう。
「忍が弱みを持ってたら、それこそ命取りになっちゃうでしょ?」
 だから自分を殺すのだ、と何の気なしに佐助さんは言ってのける。
「かすがさんは感情豊かですけど?」
「あー……かすがはね……」
 恋は盲目という言葉がぴったりな同郷の忍に向けるのは、僅かの苦笑。諦めた人のそれにも良く似た笑いは、私の心臓を一つ打った。
 多くを望まず、与えられた仕事を完璧に遂行する事に心血を注ぐ人生は、本当に楽しいものなのだろうか? 人の事をあれこれ言う権利などないけど……。でも、と思ってしまうのは知らない者のエゴだろうか?
チャンが言いたい事も分かるけどね」
 与えられた役割は、人それぞれでしょ?
 諭すように紡がれる言葉は、静かに浸透する。
 確かに佐助さんの言うことは正しい。
 けれど。
「私は嫌です」
 予め与えられたことに対して、少しの反抗もみせずにただ受け入れるなんて……そんなの、悲しすぎない? 仕方ないとか、しょうがないとか、諦めの言葉で自分を納得させてしまうのは、あまりにも悲しい。
「あらら、論点がずれてきちゃったねぇ」
 悔しげな表情を浮かべる私の頭に軽く手を置き、わざと困ったような表情を浮かべる佐助さん。自分でも何故感情的になっているのかよく分からないけど、多分私は、命というものを軽く捉えすぎる佐助さんの思考が気にくわないんだと思う。
 失敗は死に直結する。それが忍として生きる者の基本。
 佐助さんくらいになれば、早々死に対面する事はないと思うけど、他の人達に比べれば死というものに触れる機会は格段に多い。
チャン? 怖い顔してると、皺になっちゃうよ?」
「佐助さん! からかわないでください!」
「よし、じゃあとっておきの情報を一つあげよう」
「……なんです?」
「実はね、俺様には一つだけ弱みがあるのです」
 とってつけた訳でもない。
 驚きに目を見開く私に、俺様とチャンだけの秘密ね。と佐助さんは口封じのポーズ。
「ここだけの話……。気になる子がいるんだよね」
「へ?」
「ま、失恋確定の恋なんだけどさ。想うだけならタダ、ってね」
 彼女が窮地に陥るような事があったら、きっと助けてしまうから……。それが自分の弱さなのだと、佐助さんは言う。
「告白しないんですか?」
「言ったでしょ? 失恋確定だ、って。想っている間だけは、俺様のもの。時には現実より空想の方が良いって事もある。チャンも恋したことがあるなら分かるんじゃない」
「え? ま、まぁ……」
 佐助さんから出たとは思えない言葉の羅列に、一瞬頭の中が白くなってしまった。
「佐助さんに想われる人が羨ましいですよー」
「そう?」
「ええ、だって絶対幸せになれそうですもん」
「成る程、チャンはそう思う訳だ」
 一途な思いを注がれる相手が、幸せになれないはずがない。
 佐助さんが気持ちをうち明ければ、きっと相手の人は応えるのに……もったいない。
「じゃ」

 俺様の弱みになってみる?

 普段耳にすることのない声色で紡がれる音は、凶器。
 冗談、と分かっているのに、恥ずかしいくらい顔に血が上る。これでは自意識過剰な女の典型ではないか。自身に向ける羞恥心との相乗効果で、顔を上げている事すら出来ない。
 ああ、もう。今すぐ夜になってしまえばいい。
 そうすればこの色も、佐助さんにばれなくて済むのに。
「どうしたの? チャン、気分でも悪い?」
 微かに笑いを含んだ声に対し、なんでもありません、と返すのが精一杯の抵抗。
 だから気づけなかった。
 佐助さんが浮かべる、せつなそうな笑い顔に。
「ほらほら、顔あげてってば」
「絶対嫌です!」
「あらら、嫌われちゃった?」
「意地悪するからでしょ!」
「うわ、俺様すっごい傷ついたよぉー」
「っ……!! そんな……!」
 反射的に上げてしまった顔に、佐助さんは満足そうな笑み。そんな佐助さんの表情を目の当たりにして、再度視線を下に落とす。
 俯いた先の水たまりには、私の顔よりも赤い月が空を彩っていた。

 END


この作品は瑞穂様に捧げさせて頂きます。
企画へのご参加、有り難うございました!

BACK