聖域で最も多忙な人は誰かと聞かれたら、シオン君でもサガさんでもなく、カノンさんだと答えてしまうだろう。

 

 5:奇妙に長く感じる瞬間

 

 カノンさんの仕事量は半端じゃない。聖域での仕事に加えて、海界に関する事柄は勿論、時には冥界からもオファーがくるらしい。一度本人に向かって「モテモテですね」と冷やかしてみたら、本気でげんなりとした顔をされて可哀想になってしまった。
 サガさんに言わせれば身から出たサビらしいが、一人だけ多大な仕事量を抱えるのは、もと会社員としてどうかと思ってしまう。仕事量の割り当ては上司に当たる人がちゃんと管理をするべきだと思うんだけど、この場合上司に当たるのがシオン君だからなんとも言い難い。シオン君もちょっと放任主義な所があるからなあ。
 そんなこんなで、今日もカノンさんは忙しそうに色んな地域を行ったり来たりしている。
「カノンさん言われたやつプリントアウトしておきました」
「サンキュー、助かる」
「いえいえ」
 目の前の机に訳の分からない書類を大量に広げ、真面目に仕事をこなしていく姿はサガさんを彷彿させて、双子って凄いなぁ。と変に感心してしまった。並んで立っているなら別だけど、それ以外の時で二人が似ていると感じた事はあまりない。そのことを以前他の黄金聖闘士の人に話したら、昔は結構似ていた。という回答が多かったので驚いたものだ。といっても……良い意味での「似ていた」ではなかったけれど。
、呆けるなら出てっていいぞ」
「へ? ああ、呆けてました?」
「ものすごく」
 咽の奥で笑いながら楽しげに目を細めるカノンさんは、やはりサガさんとは似ても似付かなくて、双子って凄いなぁ。と再度感心する。
「カノンさん聞いてもいいですか?」
「あ? なんだよ」
「聖域と海界の仕事をやらなきゃいけないのはしょうがないとして、なんで冥界からも頻繁に誘いが来るんです?」
「あー……」
 純粋な疑問を口にすれば、苦虫を噛み潰したような表情で口篭もる。
 もしかして、聞いてはいけない事だった?
「アイツら……って言ってもは分からないか。まぁごく一部の野郎が騒いでるだけだから、気にすんな」
 なんでも聖戦時につけられなかった決着をつけたがっている人が冥界にいるらしく、頻繁にお誘いを掛けてくるようだ。決着、といっても現在は三界間での私闘は禁止されているから、相手方はヤキモキしているとか。冥界の人間らしい、と一言で言ってしまえばそれまでだけど、対戦を求められているカノンさんにとったら頭痛の種のようだ。
 どちらかといえばカノンさんも力で解決派ぽいしなぁ……ヤキモキしているのは同じかもしれない。
「夜中にいきなり呼び出しがきてよ、今から酒比べで勝負だ。とか言われても、こっちにだって用事があるってーの」
 サガの野郎も煩いし。と続けられた言葉に思わず納得してしまう。サガさん時間外の外出には煩そうだしなぁ。
お前からも言ってやってくれよ」
「え。言うって冥界の人に?」
「バーカ。サガだよ、サガ。常時監視されてるかと思うと息が詰まるぜ」
 手近にあった鉛筆を指の上で器用に回しながら、何を思ったのか重要書類を一枚空中に舞上げて、ダーツの用に持っていた鉛筆で壁に縫い止めた。凄いよ、鉛筆が壁に刺さってるよ……流石黄金聖闘士。って、感心してる場合じゃない。
「あーあ。良いんですか?」
「かまわねーだろ」
 確実に落ちるであろう怒りの鉄槌を気にした素振りもなく、他の書類に取り組む姿は流石というか、なんというか。懲りてないのか学習してないのかどっちなのだろう? と素朴な疑問を抱いてみたが、当人に聞いても正確な答えは得られそうになかったので、胸の内に仕舞っておくことにした。
「ねーカノンさん」
「あ? 今度はなんだよ」
 仕事の邪魔をする気はないけど、聞きたい事が出来てしまうのだから仕方ない。
「海皇って、海魔女と一緒に諸国漫遊してるんでしょ?」
「あ? あ……まぁ、そうだな」
「決議とか、どうしてるんです?」
 普段の仕事ならば問題ないだろうけど、統治する者でなければならぬ事柄だってあるだろうし。過去の統計的に、海魔女がマメに連絡を取る人間だった試しがない。今世の人には会ったことないけど、どうなんだろう?
「ああ、それも俺が」
「カノンさんがやるんですか?」
「そうだ」
 だから大変なんだ。とあからさまに肩を落とす動作を見ていると、思わず労ってあげたくなってしまう。
「んーでもいくらカノンさんが事務処理に長けてるっていっても、一応海闘士でしょ? 他の人が許すものなのかなーって」
…………お前、意外とキツイな」
 聞くな。と話を打ち切りカノンさんは作業に戻ってしまった。どうやら私が触れた事柄は、カノンさんの晴れ晴れしい過去に関係あったようだ。私も他の人から断片的に聞いただけだけど、あまりに壮大なスケールで思わず笑ってしまったのを覚えてる。実際は笑い事じゃ済まされないのは分かっているけど、夢は大きい方がいいじゃない?
「ねーカノンさん」
「…………」
「そこ、間違えてますよ」
「……………………これから直すんだよ」
 完全にふて腐れてしまったカノンさんは見ていて面白い。苛々しながらも仕事上の手抜きをしないのは、やはり血縁と言わざるを得ないだろう。
、ちょっとこっち来い」
「なんですか?」
 呼ばれるままに近づけば、突然後ろから抱きしめられ息を呑む。今までのお返しだと言わんばかりの強い拘束に、嫌な汗が背筋を伝った。
「か、カノンさん!? 何してるんですか!」
「煩い」
 私の肩に額を付けるようにして溜息を吐くカノンさんに、心臓が盛大に音を立て始める。ヤバイ、この人私を殺す気かもしれない。そんな私の気持ちとは裏腹に、本人は「落ち着くー」と間延びした声を上げるから、対処に困る。
「ちょっと、仕事! 期限今日までじゃないんですか!?」
「少しくらい良いだろ。息抜きだ。い、き、ぬ、き」
 わざわざ単語を区切ってくれずとも理解は出来ますから。
「カノンさーん。私抱き枕じゃないんですから、勘弁してくださいよー」
 我ながら情けない声で懇願すれば、「抱き枕もいいなぁ」と背後で笑う気配。墓穴を掘ったと舌打ちすれば、からかっていたのか、今度は盛大に声を上げて笑い始めた。
 ああ、もう何でこんな時に限って時間の流れがゆっくりなのだろう。
 きっと今がシエスタと呼ばれる時間帯なのが敗因なのだ。と無理矢理己を納得させ、背後から預けられる重みに寄りかかれば、甘い声で「オヤスミ」と囁かれた。

 END


この作品は川村まり様に捧げさせて頂きます。
企画へのご参加、有り難うございました!

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