俺様の軍には不思議な女がいる。
 ある日突然沸いて出て、そのまま居着いた不審人物。いつの間にか旦那や、あの伊達政宗と友好を深めちゃったりしてるし。
 俺様達忍とは違う術を駆使し、戦局を有利に進める手腕は見事だけど、素直に喜べないのも確か。もし彼女が敵方に寝返ったら。あり得ない事と分かってはいても、可能性を捨てきる事が出来ないのは忍の性ってやつ。
 何かを隠しながら、俺様達と行動を共にする彼女……
 現在、最重要注意人物。

 

 Workaholic

 

 各地に放った影からの情報を受けとり、脳内に記録していく。旦那達は束の間の平和を謳歌してるみたいだけど、俺様達忍に休暇は無い。本当働かせすぎでしょ、これ。過労で倒れたらどうしてくれるんだろね。
 試しに倒れた自分の姿を想像してみたら、いらない世話を焼こうとする旦那の姿が真っ先に浮かんで、すぐさま打ち消した。
「やっぱ可愛い子に看病してもらいたいし?」
 最近忙しくて遊ぶ暇すらない。
 悲しいかな、俺様の青春は働きづくめで終わるのだ。
チャンの言うとおりかもねぇ」
 いつだったか、気紛れで彼女相手にぼやいた事があるが、その時の返事が、佐助さんてワーカホリックですよ、絶対。という訳の分からないものだった。聞き覚えのない単語の意味を聞けば、仕事中毒者というなんともまぁ……笑えない答えだったのを覚えてる。
「っと、こうしちゃいられないってね」
 なんていっても俺様中毒者ですから。
 自身に皮肉な笑みを送り、言葉通り仕事につく。
 最近の主な仕事はチャンの監視。監視といっても四六時中、という訳ではない。彼女が一人で居る時に取る不可解な行動を究明すべく、手が空いた時に実行しているだが。これがまた……人望があるのか、なかなか一人にならない。常に誰かと会話をし、楽しげにしているチャン。
「無意識なのか、計画の上なのか……」
 自分の監視に気付いていて一人にならないならば、それは大問題に発展する可能性がある。ま、十中八九チャンは人に好かれているだけだと思うけど。常に最悪の事態を想定してかかるのは職業柄仕方ないってね。
「っと、珍しい」
 眼下に捉えた姿は一つ。
 誰かを捜しているのか、人気が無いのを探っているのか、辺りをしきりに気にしながら庭の方へと歩いてくるチャン。
 そんな彼女を木の上から監視する俺様。
 ……これって変質者ぽくない?
「うわっ、悲しい」
 自分で言って、自分がせつなくなった。
 俺様が軽い自己嫌悪に陥っている間も、チャンは庭を彷徨いている。
 監視をし始めて分かったが、彼女は時々何かを探しているような行動を取る。当初は軍の秘密でも探っているのかと勘ぐったが、どうやらそうではないらしい。主に彼女が気にしているのは、ひらけた空間。今いる庭や、林の中など、人気の無い場所が主だ。
 一度声を掛けてみようかとも思ったが……。
「……また、だ」
 暫く彷徨いた後、落胆し、普段は見せない泣きそうな表情を浮かべるから。
「……忍っていやーな職業だね」
 人の秘密を盗む事を主とし、利用出来ると判断したら即座行動に移す。
 同情なんて持ち合わせていない。要求されるのは、的確な判断力と決断力だけ。
「ホント……嫌になるわ」
 彼女の目尻から零れた雫を見なかった事にし、俺様はその場を後にした。

 

「佐助さーん」
「はいはい、なんでしょーっと」
 チャンの声に応えて、天井裏から舞い降りれば、面白い程目を丸くする。
「何? 驚いた?」
「……やっぱり佐助さんて忍なんですねぇ」
「あはは」
 過去何度か聞いた言葉に笑いが漏れる。
「時に佐助さん」
「ん?」
「その……」
 顔を赤らめながら口篭もるチャン。お、これってもしかして?
「あ、あのですね」
「うん?」
 微かな期待を胸に言葉の続きを待つ。
「その……覗き見もいいですけど、時と場合を選んで欲しいというか……」
 気付かれていたとは……。俺様、修行不足?
「あ、いえ、あの……お仕事だってのも良く分かるんですけど……そのぉ……」
「……」
 あーもしかしなくても、これってヤバイんじゃない? 監視してたのが気付かれてたって訳だし……。
「佐助さん!」
 急に荒げられた声に、思考を引き戻される。
「何?」
 返す声に抑揚がないのは、気付かれていたという事実が気にくわないせいか。
 子供じみた自分の考えを内心嘲笑いながら、チャンに向き直る。
「恥を承知で御願いがあるんですけど!」
「へ?」
 脳裏で描いた台詞と現実が食い違い、思わず素の声が漏れた。
「あ、あのですね! そ、その……と、時々でいいんで……む、……胸を貸して貰えたらなー……なんて」
「…………」
 何を言ってるんだ、この子は。
「あ、あああの、自分でも恥ずかしい事を言ってるって自覚は、十二分にあるんですけど! どうしても……な、泣きたい時があって……。一人で居ると鬱になるっていうか、誰かに居て欲しいっていうか……あ、で……あの……ご、ごめんなさい!」
「いや、別に謝らなくていーから、さ」
 正直驚いた。
 だってチャンが、だよ? 他の人に頼めば、皆喜んで誘いに応じてくれるのに。何故、俺様に言うんだろう。
 監視していた事に対する当て付け? それとも、単に人選ミス?
「やっぱ……だ、駄目ですよね」
「いや? 全然。チャンになら喜んで貸しちゃうよー」
「佐助さん! 冗談じゃ……!」
「わーかってるって」
 冗談にされた、と怒るチャンを宥めながら、内心で沸き上がる気持ちを抑えつけるのに精一杯。
 誰からも好かれる彼女が自分を選んだという事実は、甘美な痺れを伴って心を満たす。表面上で普段通りの軽い自分を演じながらも、口元がにやけてしまうのは仕方ないだろう。
「もぉー……佐助さんの馬鹿!」
「え? あ、ちょっと、チャーン!」
 真っ赤な顔で走り去る彼女の後ろ姿を見つめながら、行き場の無い手を下に下ろす。あんな顔をした彼女が誰かの目にとまったら……真っ先に追求されるのは自分に違いない。
「そういや一つ確かめておきたい事があったなぁ」
 強制的に仕事を見つけ、遂行すべく行動に移る。
「俺様は今日から二、三日出張っと」
 数日もすれば、他の出来事で今日あったことは塗り替えられるだろう。
「しかし、まったく……」
 彼女という存在が来てから調子が狂いっぱなしだ。
 でも。
「悪くない」
 そう、悪くない。
 こんな無意味な感情を抱くのも、彼女が相手ならば、悪くない。
 武田の軍に新風を吹き込む、不可思議人物……

 現在、俺様の想い人。

 END


この作品は44000を踏んで下さった蔓様に捧げさせて頂きます。
なるべく甘め……を目指したらこんな糖度に……。くっ、精進します!
この度はキリ番申告、有り難うございました!!

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