戦に出る予定の無い日々は、毎日が休日モード。
 天気は良いが洗濯物はないし、遊びに行こうにも道は分からないし……。のんびり読書……と思ってみても、あまりに達筆すぎる文字は解読するのに時間が掛かる。
 暇だ暇だと思い続けること早幾日。
 名案とまではいかずとも、良いことを思いついた。

 

 Day

 

「こんにちはー」
 厨房で働く女中さんに声を掛ければ、丁度お昼御飯を食べているところだった。他の人達の食事の支度を終え、一段落ついた頃に申し訳ないと思いつつも訪れたのには訳がある。
「あら、さんどうなさったんですか?」
「えーっとですね。実は御願いがありまして」
 普段懇意にしてもらっている女中さんに考えていることを話せば、一つ返事で了承してくれる。本当いい人達だなぁ……。
「揃える物はこれでいいのかしら?」
 御願いしてから数十分の後、私の望む物が眼前に並べられた。
 砂糖に卵に小麦粉に……。うん、現代のとは少し違うがこれならばきっと出来るだろう。きっと砂糖とかはこの時代にしたら貴重な物なんだろうな。本当ならば強力粉が欲しいところだが……とりあえず粉が手に入っただけでも良し。
「あとはっと……」
 代用出来そうな物を見える場所に引っ張り出してきて、準備は万端。
「何をするんです?」
「そーれは出来てからのお楽しみです」
 不思議そうにこちらを見てくる女中さんに、人差し指を口元にあて、内緒のポーズを決めて見せた。
 さてさて、これからが本番。
チャンなーにやってんの?」
 いざ。と意気込んだ矢先背後から掛けられた声に、危うく木ベラを落とすところだった。
「さ、佐助さんっ! 毎回毎回気配消して現れないで下さいよ!」
 危ないじゃないですか。と続ければ、これでも忍なもんで御免ねぇ。と悪気の無い声が降ってくる。
「で、何やってんの?」
「お菓子を作ろうと思って」
「お菓子……?」
「ああ、一種の甘味です」
 甘味という単語に、そりゃ旦那が喜びそうだ。と佐助さんは笑う。
「ぁー幸村さん甘い物大好きですもんねぇ……」
 見ている方が胸焼けする程食べて、良く糖尿病にならないものだ。
「……ま、あげるのは別の人ですけど」
「え?」
 不敵な笑みを浮かべ言う私に、佐助さんは酷く驚いたようだった。何せこちらに来てからの初料理。
「じゃ大将に?」
「いいえ?」
「……竜の旦那?」
「いーえ」
 信玄公でも、幸村さんでも政宗さんでもない。
 と、なれば残るのは……。
「それじゃあ……」
「はいはい、覗き見は良くないですよ? 忍ならさっさと退散する!」
 何かを言いかけた佐助さんの言葉を遮って、追い出すように背中を押した。
 まぁ……別にばれてもいいんだけど。途中経過よりも出来上がりを見て欲しいというのも、一種の女心じゃない?
 あっさりと引き下がった佐助さんに内心疑惑と抱きつつも、料理に取りかかる。まぁ……あの人の事だから気になったならどっかに潜んで見てるでしょう。
 だから私も罠を張るのだ。
「んー混ぜるのも結構大変だな……でもきっと喜んでくれるだろうし」
 態とらしく独り言を呟きながら作業を進めていく。
「美味しく出来たら真っ先に食べて欲しいなぁ……」
 材料の関係で思った味にはならないかもしれないけれど。
「水飴水飴……。偶には息抜きもして欲しいし」
 元となる生地が良く混ざったところで、お釜に流し込む。本来ならばここでオーブンを……といいたいところだが、この時代にあるわけないし。仕方ないので鉄釜で代用。
「火の調節は……さ、さすがに難しいな」
 薪なんて使ったことないし。出来るだけ焦げないように気を付けながら、火の調節をしていく。
「気に入ってくれると……いいけど」
 ぽつりと漏れた本音は、果たして届いているかどうか。

「んんんーよっし! 良い感じかも!」
 焼き初めてから数十分後、何処かで嗅いだ事のあるいい香りが周囲に充満した。その香りにつられてか、入り口の方から覗き見をする人達が増えている。
 包丁でゆっくりと釜から剥がせば、少しばかり黒めのソレが姿を現した。本来ならば長方形だが……丸形もなかなか愛嬌があってよろしい。
殿!」
 出来た物を眺めている私に真っ先に声を掛けてきたのは、やはりというべきか幸村さんだった。
「それはなんでござるか?」
 よくぞ聞いてくれました。
「これはですね、カステラって言うんですよ」
 南蛮渡来の甘味だと告げれば、傍目からも分かるほど幸村さんの目が輝き始める。
「安心して下さい。ちゃんと幸村さんの分もありますから」
「本当か!」
 嘘ついてもしょうがないでしょう? とやんわり突っ込めば、照れた表情の幸村さんが拝めた。
「あ、でも」
「ん?」
「初めの一口はあげませんからね」
「……むぅ」
 やっぱり一番最初は作ってあげたいと思った人に食べて欲しいから。
 微笑を一つ漏らして少し冷めたカステラに包丁を入れる。三角形に切られた現物を見ていると、カステラというよりもチーズケーキのようだ。
「出来ましたよー。佐助さん!」
「なっ!」
 私の声に姿を現した佐助さんと、幸村さんから非難の声が上がったのはほぼ同時だった。
「え、お、俺に?」
「そうですよ?」
 笑顔で告げれば微かに動揺する佐助さん。
「さすけぇぇ……」
「うっ」
 幸村さんからの恨みがましい声は、盗み見をしていた代償だと思って頂きたい。
 ねぇ、分かったでしょ?
 私が作ってる間呟き続けた独り言は、全部佐助さんへ向けたものだったんだ、って。
チャン、これ美味しいわ」
「お口に合ったようでなによりです」
殿! 某にも下され!!」
 佐助さんから感想が聞けたので、今度は幸村さんの分を切り分ける。
「美味い!」
 某、感激でござる! と涙を流す幸村さんに苦笑しながら、佐助さんの方を見遣れば。

 ありがとね。

 無音で告げられた言葉に、満面の笑みで答えた。

 END


この作品は29000を踏んで下さった瑞穂様に捧げさせて頂きます。
微妙にほのぼの……とは言いがたいかもしれませんが、よろしければ貰ってやって
下さいませ〜。この度はキリ番申告、有り難うございました!!

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