クリスマスのイルミネーションが町を彩る。 街中で聞こえるクリスマスキャロルにも、の気分は浮き立たないほど疲れきっている。
 そういえば、明日はクリスマスイブだったのだ。
 年末になるとあわただしく合コンの人数あわせに借り出されたり、妙に残業が増えたり、あるいは忘年会やらで、何かと忙しい。
 は欠伸をかみ殺しながら、終電近いの電車の列に並んだ。
 なんだって、クリスマスイブの前日に、こんな遅くまで仕事なんだろう。
 忘年会なんか、欠席してやればよかった。
 無理やり引っ張り出されて、溜まりに溜まった仕事が、今日までかかったのだ。
 後に並んだOLの甲高い声に、はうんざりして眉をしかめる。
 こっちは飲み会じゃなくて、休日出勤だったんだから……
 そんな愚痴がこぼれそうな時、彼女たちの話題の主が、同じ列の前方に並ぶ外国人だと気づく。
 癖のつよい金髪が目をひく。
 腰よりも長く伸ばしているが、あの肩幅からして絶対に男のようだ。
 ロッカーか何かだろう。
 後姿しか分からないが、ほっとりとして背が高いので、その印象が強い。
 気のせいかもしれない。
 外国人だから、そう見えるのかも……
 何度か首を傾げそうになりながら、電車のくるのを並んで待つ。
 OLの一人が何やら急に気分が悪くなったらしく、友だちに支えられて列から離れた。
 飲みすぎだろうな。
 この季節にはよくある光景だ。
 少し前に進んで、ロッカーみたいな男のすぐ後ろに並ぶ。
 なんとなく怖いな。
 危ない人だったら、どうしよう。
 まさか、アノ人ってことはないだろうし……
 場所を移動しようかとも、思ったが別の列に並んだのでは、もう座席に座れなさそうだ。
 諦めて、はようやく到着した電車に乗り込む。
 すばやくドア際の席に滑り込んで、一息つく。
 疲れた。
 もう、このまま乗り換えもなしだから、ちょっとくらい寝ても平気かな。
 と、思う間もなく隣に、先ほどの金髪の男が座る。
 にわかに緊張して、体がこわばる。
 大丈夫。
 別に酔っ払いでもないし……
 こっそり隣を伺うと、ジーンズに包まれた大腿が見える。
 何も手には持っていないらしい。
 ものすごい圧迫感。
 なんだろう。この迫力。
 隣にいるから顔までは覗き込むなんて出来ないけど、電車が動き出すと夜の車窓には隣の男の顔が映る。
 幸い彼との前に立つ乗客がいないので、まっすぐ前を見ていれば、彼の様子が見えた。
 やっぱり似ている。
 こんな人が現実にいるなんて、ちょっと信じられない。
 おまけに隣にいるなんて……
 心臓がドクドクと鳴る。
 体が痺れたようになって、頭がぼうっとした。赤くなっていたら、どうしょう。恥ずかしい。
 でも、まさか、あの人なわけないし、
 頭では否定するものの、あの長い金髪がどうしても気になる。
 下を向いて、膝の上に置かれた手の指先をそっと盗み見た。
 マニュキュアなんかしていないのに、綺麗な形の爪。長い指。
 ああ、だめ。
 これだけじゃ分からない。
 そうこうしているうちに、降りる駅に着いてしまいそう。
 あと三つ、停車駅を過ぎたら……
 ふと、右肩に重量を感じて、驚いて横を見ると、隣の彼がの肩にもたれてきた。
 どうやら眠っているらしい。かすかな寝息が聞こえる。
 は目だけ動かして様子を伺う。
 あんまり身じろぎすると起こしてしまいそうだったからだ。
 癖のある金髪が首筋や頬に当たる。
 長い髪は柔らかく、爽やかで清涼感ある香りがする。
 その金色は濃く、まるで蜜を溶かしたような見事な色合いをしていた。
 
 あまり凝視するのも、決まりが悪く、それでも気になってしかたがないので、車窓に映る自分の隣に眠る麗人を眺める。
 いつも見慣れた自分の顔。その隣には人とも思えぬほど綺麗な人が眠っているなんて……
 やっぱり、これはあの人?
 でも、待って……あれは、お話の中の人でしょう。
 下車駅はとうに過ぎたけれど、とても彼を起こして降りる気なんてしない。
 夢心地のまま、はいくつもの駅を通過していった。

 友人はをアニメオタクだと言う。
 自分でもそう思うのだから、仕方がない。
 なぜかアニメのヒーローに惹かれるのだ。
 それも、いい大人が……
 現実世界にはいないはずの、アニメの登場人物。
 それが具現化して、今、隣で眠っている。
 眠っているのは自分なんだろうか……
 彼は、聖闘士星矢のミロにそっくりだったのだ。


「あの……終点なんですけど……」
 小声でそっと話しかけてみる。
 日本語が通じるのかしら?
 それが心配だったけど、とりあえず、他に声をかける言葉も見つからない。
 終点のプラットホームに着いた電車は、少なくなった乗客たちは下車してしまい、この車両にはとこの男だけになってしまった。
 早く起こさないと、車掌が来てしまう。
 よほど、疲れているのか、ミロにそっくりなその人は、にもたれたまま、まるで起きる気配がなかった。 改めて見ると、本当に美人だ。
 滑らかな浅黒い肌。
 服の上からでも分かるほどに、十分な筋肉があってかなり大柄な男だ。それなのに不釣合いなほどに睫毛が長い。
 虚構世界の住人というより、しなやかな野獣と言った方が合っている。
 仕方がないので、今度は肩を揺すってみようと手を伸ばすと、その手をつかまれた。
 声も立てられずに、硬直していると、男は長い睫毛をしばたたかせて、こちらを凝視している。
 恥ずかしかったが、あんまり至近距離で見つめられて、動くこともできない。
 外国人の眸はどうして、こんなにも不思議な色合いをしているんだろう。
 吸い込まれそうな、濃い紫色をしている。
 緑や青なら、テレビや映画でも見たことがあるが、紫なんて初めて見た。
 その変わった眸の色は、人を縛り付け、魅了するかのようだ。
 きっと吸血鬼に睨まれたら、こんな気分になるに違いない。
 それはいやな気分ではなく、むしろぞくぞくするような、期待と戦慄とが入り混じったような奇妙な高揚感だった。
「何者か」
 するどい誰何の声に、の気持ちは急速にしぼむ。
 強い力で手首をつかまれたまま、は困惑した。
 彼から見れば自分など、得体のしれない東洋人にしか見えないらしい。
「ご、ごめんなさい……あの、ここ終点だから」
「シュウテン?」
 甘い声、少し掠れた感じが余計に色っぽく感じた。
 眉根を寄せながらも、の手を放す。
 開放されたものの、手首はひりひりする。
 日本語は通じるのだろうか。
「ここで最後の駅だから、ほら、あの電車に乗らなきゃ……あれが終電のはずだわ」
 ホームを挟んだ向かいに列車が停まっているのを指した。
 自身もそれに乗らなければ帰れなくなってしまう。
 彼は何か言いかけて、こめかみを指先で押さえる。
 どうしたんだろう……
 が戸惑っていると、すぐに彼は顔を上げた。
「すまない。きみには迷惑をかけたようだな。あまり電車に乗りなれていなくて」
 明晰な日本語だった。
「いえ、いいんです。それより降りましょう。終電が行っちゃうから」
「終電……とは、あれのことか?」
「そう、って……ええっ?」
 ホームに飛び出したが、目の前に停まっていたはずの列車は目の前で発車したのだ。
 悲壮な思いで、は通りかかった駅員を捕まえて本当にあれが終電か尋ねてみる。
 駅員は気の毒そうに、あれが最終の電車であったことを告げた。
「う、嘘……こんなところからタクシー捕まえて帰るって……いったい幾らかかるのよ」
 いや、それよりもこの時間にタクシーが捕まるものかどうか。
 まして今は忘年会シーズンなのだ。
 は目の前が暗くなった。
 その場にしゃがみこみそうになるの肩に、大きな手がのせられる。
 恨めしい気分で振り返ると、例の男が困惑した顔でこちらを見下ろしていた。
 本当に背の高い男だと思う。
 は標準的な体格だと思うがそれでも、彼の胸のあたりまでしかない。
「その……もしかして、俺のせいだろうか?」
「もしかしなくても貴方のせいです」
 思わずそんな言葉が出たのは、彼のなんともいえぬ表情のせいだろうか。
 こんな美形なのに、親元から離れた子供のような顔をするのだ。
 そんな場合でもないのに、は噴出したくなるのを必死で堪えた。
「すまない……せめて君を家まで送ろう」
「いや、そこまでしてもらわなくても、タクシーさえ拾えたらなんとかなると思うんですけど」
「タクシーか、分かった。すぐ拾いに行こうか」
 そう言って彼は先に歩き出した。
 どうしょうか、と思いながらもとりあえず、ついて行くことにする。
 こんな夜中に知らない駅でタクシーを捜すのも怖かったし、ミロによく似た外国人に何より心を惹かれたから……
 足の長さの違いか、男との間にはすぐに距離が広まる。
 は並んで歩くためには、小走りにならなければならない。
 男がそのことに気づいてくれたのは、駅を出てかなり歩いてからのことだった。
「悪かったな。女性と歩くことなど慣れていないのでな」
「いや、いいんですけど……どこまで行くつもり……」
 息をきらしながらが答えると、ミロはとんでもないことを言い出した。
「どこに落ちているんだ。タクシーとかは?」
 冗談を言っているわけではなさそうだ。
 そういえば、先ほども駅で乗り越し分の料金を払うのを知らなかったみたいだし、
 外国人なら仕方がないのかもしれないけど、それにしても物知らずではないだろうか。
 なんだか、自分自身よりこの人のことの方が心配になってきた。

「どこか……飲みにいきましょうか?」
 思い切って言ってみると、ミロに似た男は艶やかに笑った。
 男のくせに、驚くほどの華やぎがあって、は思わずみとれてしまう。
「お腹もすいたし、居酒屋でも行きましょうよ。ボーナスも出たから、ご馳走しますよ」
 がそう言ったのは、さっき乗車料金を男の分まで、払ってやったからだ。
 現金ではなくカードを出すので、びっくりした。いったい、どうやって切符を買ったのだろう。
 駅の周辺にある繁華街へと道を辿り、赤提灯の店を見つける。
 戸惑う様子の男の背中を押して、暖簾をくぐると暖かな湯気と、おでんの匂いにほっとした。
 狭いカウンターに二人並んで座り、日本酒を注文すると男が驚いたような声を上げる。
「この国は二十までは飲酒は禁止されているのではないのか?」
「あたし、とっくに二十歳は過ぎてますけど」
 東洋人は若く見られると聞くけど、いったい何歳だと思っているんだろう。
 十代に見えるとでも言うのか。
「何、年上だったのか?」
「って、何歳?」
「俺は二十歳だ」
「にっ、二十?」
 今度はこちらが驚く番だった。
 カウンターから落ちそうになるのを、男は慌てて助けてくれる。
 フェミニストなんだろうか。
 この席に座る時も、さりげなく椅子を引いてくれた。
「君は幾つなんだ」
「女性に年齢聞くなんて失礼な人ね」
「わ、悪かった。すまない」
 日に焼けた肌がうっすらと染まった。
 ホントに素直だな。今どきこんな人、日本にはいないかも……
 熱燗にしてもらった日本酒を猪口に注ぎながら、は簡単に自己紹介をする。
 といりあえず、彼の名前が知りたかったのだ。
 男のほうは、困ったような顔をしながら名乗った。
「俺は……ミロという。スコーピオンのミロとも呼ばれるが」
 そこまで聞いては、カウンターに顔面を直撃した。
 ショックで首の力が抜けたのだ。
「ど、どうした。。飲む前から酔ったのか?」
 飲む前から酔っ払う人間がいるだろうか?
 いや、今はそんなことはどうでもいい。
 同名なのか。
 それにしても、ご丁寧にもスコーピオンとは……
「あの……お勤め先は聖域とかじゃ……」
 の言葉にミロはぴくりと眉を動かした。
 射抜くようにを見据える。
 手首をつかまれた時のような、警戒心をむき出したミロの様子には竦みあがった。
 けれど、それは一瞬のことで、ミロは長い睫毛を伏せる。
「すまないが、そのことは訊かないで欲しい。俺はきみに嘘をつきたくないんだよ」
「……ごめん」
が謝ることなどないんだ。ただ俺の事情がちょっと複雑でね」
「じゃ、なんでスコーピオンとか名乗ったの。名前だけでも、いいのに」
「そうだな。だけど、俺はきみに俺のことを知って欲しかったんだ。俺もきみが知りたいから」
 から視線を外して、ミロはぶっきらぼうに言う。
 カウンターには、先付けの小鉢と赤カレイの煮付けが置かれる。
 この人、何言ってるんだろう。
 期待しちゃいそうなこと言わないでよ。
 外国人は口説き上手な人が多いって聞くから、気をつけよう。
「あっ、お箸の使い方分かる?」
 は割り箸を割って、ミロに差し出す。
「こうか?」
「違う違う、ほら、ここをこうして、鉛筆持つみたいにしてそれから、もう一本を……」
「うむ」
「へったくそね」
「……悪かったな」
 うわっ、拗ねてるよ。
「ほら、魚、美味しいよ。骨とってあげたから、カレイは嫌い?」
「いや」
 ぷっ、面白い。
 もう忘れてるみたいだよ。
 単純な性格……
 は不器用そうに箸を動かすミロを見つめていた。
 不思議と初めて逢ったような気がしない。
 電車で隣り合ったような息詰まるような気分はなくなっていた。
 むしろほっとするような、そんな安堵感がある。
「どうした。俺の顔に何かついているのか?」
「うん、鼻が付いてる」
 が手を伸ばして鼻先をつまもうとするのを、ミロはすばやく避けて、覗き込んでくる。
 妙に人を惹きつける紫の眸に近々と見据えられて、は体が金縛りにあったように動けなくなった。
 彼の眼には力があるのだろうか。 
 まるで相手をがんじがらめにしてしまうような……
 
「きみにも付いている」
 そう言ってミロはの鼻の頭を舌で舐めた。
 一瞬何が起こったのかさえ分からないに、ミロは悪戯が成功した子供のように笑ってみせる。
 
 ここでは料理の匂いで、ミロのあの清涼な樹木のような匂いが感じられないのが、いかにも寂しかった。
 初めて逢った人にこんな気分になるなんて、変だと思う。
 いくら好きなキャラにそっくりで……いや、本人かもしれない。
 それでも、こんなに心が惹かれるのは、なぜなんだろう。
 明日のクリスマスも一緒にいられたらいいのに
「きみが望むなら……ね、?」
 紫の眸が甘く揺れるのを、は見ていた。
 この人ってば、なんであたしの考えることが分かるのよ。




まもみ様のサイトにてフリー配布と書かれていらっしゃったので、思わずお持ち帰りして
しまいました!! もう眼福です!! こんな素敵ドリームを書かれるまもみ様のサイト
「御伽物語」はこちらから!

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