帰宅したら、なにやらさんとリボーンが楽しげに話していたので、少しの興味を持って覗き見してみれば。
「物騒だー!!」
「お帰りなさい10代目」
 武器を広げてるだけならリボーンもやるから見慣れてしまったけど、一つ一つ手に取りながらターゲットとの相性を語らないでほしい。しかも笑顔で。反動が少なくて離れた距離の標的が狙いやすいとか、嬉々として語るさんを見ていると、ああこの人もマフィアだったんだなぁって再確認する。本人はリボーンの弟子だと言ってたから、腕もかなりなものなんだろう……って、いやいや。オレまで引きずられてどうする。
「あのー出来ればそろそろ片付けてほしいなぁ……な、ん、て……」
「で、師匠聞いて下さいよ。これが新しくカスタマイズしてもらってやつなんですけど……」
 駄目だ、完全二人の世界に入っちゃってる。
 特大級の溜息を漏らしながら仕方なく机の方に近づけば、古ぼけた銃が所在なさげに置かれているのが気になった。素人目にも痛んでいると思われるソレは、どちらのものか分からないけど机の上に置いておかないでほしい。
「ねぇ、これリボーンの?」
 試しに持てばレプリカのように軽い銃。
「あ、それ私のです」
さんの?」
 殺し屋であるさんが玩具の銃を持っているなんて、なんか意外だ。と思ったのも束の間、実弾が入っていると聞かされて慌てて取り落としてしまった。
「その銃、師匠に貰ったんですよ」
「リボーンから?」
「お守り、みたいな物ですかね。いくら掃除しても撃てないんですよねーそれ」
 壊れてる銃を持ち歩いているなんて、よっぽどさんはリボーンの事を信頼してるんだ。考えたら何故かちくりと胸が痛んで反射的に胸を押さえた。
「貸してみろ」
 動揺を顕わにするオレに目もくれず、リボーンはさんから自分の銃と言われたソレを手にとり、一通り眺めた後躊躇いも無く引き金を引いた。
 さんに向かって。
「リボーン何してるんだよ!!」
「撃てるじゃねーか」
「撃てるじゃないよ!! さんどうするんだよ!!」
 額から血を流し倒れるさんを前にパニックどころの騒ぎじゃない。怒りたいのか泣きたいのか、訳の分からない感情がひしめきあって、どうすればいいのか分からない。自分の部屋で人が死んだという事実を受け入れるのが先か、殺されたのがさんだという事実を受け入れるのが先か、どちらにせよ最悪の事態に変わりはない。
「うるせーぞツナ。黙って見てろ」
「黙って、って早く救急車呼ばないと!!! ……え?」
 喚くオレを嘲笑うかのように、さんがパチリと目を開く。
 実は空砲だった、とかっていうオチ? 都合の良いように考えてみたけれど、さんの額には見事に穴が空いているから、やっぱり撃たれたんだろう。
 となると。
「特殊弾……?」
「ダメツナにしては理解が早いな」
 以前見た光景が脳内にフラッシュバックした。あの時は京子ちゃんが遊びに来て、リボーンにそそのかされて死ぬ気弾を撃ち込んでしまって……。冷静に考えたら今の状況はあの時と酷似しているではないか。ならば、さんも、その、服が……。
「あわわわわ」
 見ないように両手で目を覆ってみたけれど、さんが動く気配はない。
「え? え??」
 目を開けたまま微動だにしないさんを指の隙間からのぞき見れば、服はそのままにゆっくりと上体を起こした。
「おもしれーな」
さん……?」
 未だ座ったままのさんに思い切って声を掛ければ、ゆっくりとこちらに視線を向けてからぼそりと一言「甘い物が食べたい」と呟いて歩き始めてしまった。

 

さ、ん、どこまで行くんだよ」
 早足で歩くさんを見失わないように小走りで着いてきたのはいいものの、すでに並盛町の外れまで来てしまって一抹の不安を覚える。死ぬ気タイムが人それぞれだとしても、あまりに長すぎないだろうか。
 上がる息を無理矢理飲み込んで必死で後を追った結果、とんでもない場所に辿り着いてしまった。
「黒曜ヘルシーランド……」
 呆然と立ちすくむオレとは裏腹に、さんは瓦礫の間を軽やかに歩いていく。
 こんな場所に甘いもんなんてないから!!
 内心盛大なツッコミをいれつつ、半ばヤケにさんの後を追った。
 どれくらい歩いたのだろうか、肌を刺すようなピリピリとした空気を感じながら、ようやくさんの後ろ姿を捉えた。
「何しに来たぴょん!」
「あなた……誰」
 入りたくねー! 思わず内心で叫んでしまったのは当然だろう。黒曜連中と対峙する形で立ちつくす無言のさん。一瞬即発といった雰囲気に逃げ帰りたくなるが、ここで引き返したらどちらかに被害が出るんじゃないかという不安が、オレの足をその場に縫い止める。
「……たい」
「あ? なんだって?」
 クロームさんに向かって何かを呟くさんは、知り合いのオレから見ても不審者極まりない。よくあれで他の二人に攻撃されないものだと、感心してしまうくらいには怪しい。
「よく聞こえない」
「甘い物が食べたい。…………霧の」
 さんが言葉を発した瞬間、えも言えぬ不快感が全身を支配した。間違いない、この感覚はヤツが近くに存在する事を知らせる警報。
 でも、なぜ急に?
 悩むオレの目の前で、クロームさんが独特の笑いを漏らした。
「骸様」
「骸さん!」
「クフ……これはまた懐かしい」
 目の前に居るさんの手をとって微笑む骸。何が理由で骸が出てきたのか理解出来ないけど、さんの言葉がキーワードだったらしいのは推測出来る。
 言葉一つで骸を呼び出す事の出来る、さん。二人の間にはどんな関係が発生しているのだろう? 無い頭で考えてみても、答えは得られないような気がした。
「少し待っていて下さい。外にいる彼と一緒に、ね」
 クフフと寒気の走る笑いを浮かべる骸と目があって、開ける予定の無かったドアを足がもつれて転ぶという、お約束すぎる動作と共に開け放ってしまった。
「あ、え、えっと、こ、こんにちは……」
 引きつった笑みを浮かべるオレを「ボンゴレ」とさんが呼ぶ。何かが違うと思いながら差し出された手を取れば、ちゃんと温かくて少し安心した。

 き、気まずい!!
 声を大にして叫べればどんなに楽だろう。
 黒曜の二人は敵意に満ちた視線を送ってくるし、今回の元凶であるさんは無言で骸の出ていった方を見つめているし。早く帰りたい気持ちを押し込みながら、自分の不運を泣きたくなった。
 骸が消えて数十分後、微かに漂ってきた甘い香りに犬さんが鼻をひくつかせる。
「お待たせしました」
 ありえない……!!!!!
 咄嗟にツッコミを飲み込んだ自分を褒めてやりたい。
 だって、あの六道骸がだよ? 可愛らしいトリュフ……しかもお手製ぽいものを手に帰ってくるなんて、誰が想像出来るだろうか。否、出来まい。実は毒入りとか、とにかくヤバイ代物なんじゃないかと危惧するオレなんておかまいなしに、さんは差し出されたトリュフを一つ摘んで口に入れた。
「如何ですか」
「相変わらずな腕前ね、霧の」
「お褒めに預かり光栄です」
 一つ、二つ。着実に減っていくチョコレートを訝しげに眺めていれば「毒なんて入ってませんよ」と骸が笑う。
「霧の」
「なんですか」
 最後の一つを手にしたさんが、骸を手招きする姿があまりに様になっていて、微かな疑問を抱いた。そもそも、何故さんは骸の事を「霧の」と呼ぶのだろうか? おかしいと直感が告げるのに、違和感の理由が思い当たらない。分かりそうで分からない、もやもやとした感じに思考を取られていたら、目の前で思いも掛けぬ光景が繰り広げられた。
「なっ!」
「…………」
 唖然とするオレ達を余所目に、最後のトリュフを口に含んださんは、そっと骸にキスをした。きっと見間違いだ、今日は色々な事がありすぎて良くできた夢を見ているに違いない。何度か瞬きを繰り返した後、両目を擦ってみたが眼前の二人の姿は相変わらずの姿勢でそこに在る。
 誰も何も喋れない状況で、名残惜しそうに二人の顔が離れていった。
「クフフフ、少し甘かったですかね」
「甘いもの好きじゃないでしょ」
「そんなことはありませんよ。僕もチョコレートは好物です」
「嘘ばかり」
「嘘ではありませんよ。貴女がくれますから」
「……馬鹿ね」
 完全に凍り付いた空気の中で、ゆっくりとさんが笑う。浮かべる笑みがどこか悲しげで、今まで感じていた疑問が音を立てて崩れ去った。さんと骸の関係なんてオレが知るはずないけど、直感で二人の間に流れるものを理解した。
……さん」
「お待たせしましたボンゴレ。帰りましょう」
「え? あ、ええ!?」
 オレの手を引いて元来た道を歩き出すさん。
「では、また」
 独特な笑いと共にクローム髑髏の姿に戻る、六道骸。
「あ、あのさん……よかったの?」
 主語のない問いかけは咄嗟に出てしまったもので、何言っちゃってんのオレ! と自己嫌悪したけれど、オレの言葉に対してさんが「有り難う御座いました」と呟いたので、聞いて良かったのだと思った。

「…………さん」
「なんですか10代目」
「え!?」
 ガバリと身を起こせば、床に座って銃の手入れをしているさんとリボーンの姿。
 あれ、オレ今までさんと一緒に帰って……。あれ?
「夢でも見たんですか? よく寝てたみたいですしね」
 促されるように時計を見れば、時間は午後6時を指していた。帰ってきたのが5時前だったと思うから、1時間ほど寝ていた事になる。
さんはずっとここに……?」
「そうですけど、10代目寝惚けてるんですか?」
「あ、うん、そうかも……ハハ」
 夢にしたらヤケにリアルな夢だった。現実じゃなくて良かった、と安堵している自分に疑問を抱きつつ、何気なくさんの手元を見れば古ぼけた一丁の拳銃が目にとまった。
「その銃……って」
 夢の中で机の上に置いてあった物と寸分違わぬ代物に、嫌な予感がした。
「これ撃てないんですよねー」
「貸してみろ」
 どこかで見たような台詞回しに冷たい汗が額を伝う。
「動くじゃねーか」
 手慣れた動作で撃鉄を起こすリボーン。
「あれ? 本当だ。何ででしょう」
「馬鹿も休み休み言えよ
 当たり前のようにリボーンが銃口をさんに向けて……。
 え? あれ、……え!?

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