「んー? なに?」
 最近妙にアーチャーさんの声色が優しい。
 始めは錯覚かと思っていたが、近頃になってようやく確信が持てた。以前……アーチャーさんが凛ちゃんのサーヴァントとして現界していた時と似て異なる声色は、私の胸の中に一滴の波紋を残していく。
「昼飯のリクエストはあるか?」
 仏頂面を晒しているにも関わらず、こちらを気遣うような台詞を吐くアーチャーさん。やはりおかしい、確実におかしい。凛ちゃんが留学することと何らかの関係があるのかと推測するが、当人に尋ねてもはぐらかされるのは目に見えている。
「もうそんな時間?」
 休日の午前は飛ぶように過ぎ、気付けば正午だというから驚きだ。
「たまには中華っぽいのが食べたいかも」
「ふむ」
 ランサーさんがいると中華という単語を聞いただけで顔を顰めるので、あまり衛宮家で中華が食卓に並ぶことはない。
「凛ちゃんは中華が得意なんだっけ」
「そのようだな」
 以前士郎が凛ちゃんの作った炒め物が美味しいと賞賛していたのを思い出せば、言葉に出したこともあって余計に中華が食べたくなった。
「ならばあんかけにでもするか」
「あんかけ! 賛成!! チャーハンでも焼きそばでも美味しく頂く!」
 両手を叩いて喜ぶ私に苦笑を漏らし、「子供ではないだろう」と優しいお小言をアーチャーさんは口に乗せる。
「アーチャーさんの作る料理好きなんだよねー」
 士郎が作った料理が美味しいのは当然だが、アーチャーさんの作る料理はこれまた一味違う。言うなれば洗練されているというか、深みが出ているというか。一時期は、姑よろしく士郎の花嫁候補を羨んだことすらある。今となっては逆に、誰が士郎のお嫁さんになってくれうるのか心配する毎日ではあるが……。
「珍しいことを言うな、?」
「そう?」
「君が私の料理を面と向かって褒めるなど」
「……いつも言ってなかったっけ?」
 お世辞抜きでアーチャーさんの作るご飯は美味しい。彼が作るご飯にありつけるのは、日中家を守ってる私の特権である。
「君は無言で食べていることが多いからな」
 その分表情で語っているとはアーチャーさんの言だ。
「言われてみれば……そう、かも?」
 美味しい料理を噛みしめている時に会話をするなど野暮なことはしない。美味しいものを美味しい内に美味しく食べきるというのが、私のポリシーだ。そう考えると、内心ではいつも美味しいを連呼しているが、作り手である本人に感想を述べたことはない気がする。
 いただきますと、ごちそうさま。私の台詞に「お粗末様」と返すアーチャーさんの声色が実は好きだ。
「士郎のお嫁さん候補に嫉妬したことがある程度には、好きよ?」
「衛宮士朗の、嫁か」
「あ――……」
 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるアーチャーさんを目の前にし、やってしまった感が胸中を埋め尽くす。失言という単語はこういう時の為に存在するのだと思い知らされるように、一転する居間の空気。
「昔の話だからね? 昔の!」
「ムキになるなんて君らしくもないな」
「ぐっ」
 ニヤニヤと人を見下してくるアーチャーさんに、お前は本当に士郎なのかと問いただしたくなる。どこをどう間違えたらこんなイケメンに……。ああ、でも士郎が摩耗せずに育ってしまったらアーチャーという英霊が存在しなくなるのかと思うと、それはそれで惜しい。
「ともあれ、昼はあんかけでいいのだな」
「あ、うん」
 会話は終わりだと台所へ向かうアーチャーさん。そういえば、何故彼は私の為に昼食を作ってくれるのだろう? 根本原理が衛宮士朗という存在だからなのだろうか?

 まるで私の疑問などお見通しとばかりにアーチャーさんが私の名を呼ぶ。
「な、なに?」
 思わずどもってしまったのは、アーチャーさんの声色が普段のソレとは違うからだ。威圧感とも違う微妙な雰囲気で周囲の空気を支配しながら、アーチャーさんは手際よく包丁を動かす。
「餌付け、という単語を知っているか」
「……はい?」
 餌付け――動物などを手懐ける為の行動の一つ。何故今それを、と脳裏を疑問が過ぎると共に、寒気に似た感覚が全身を駆け巡った。
「あ、アーチャー……さん?」
 背を向け昼食の支度をし続けるアーチャーさん。目に映るのは頼もしい背中だけなのに、真綿で首を絞められているような重苦しい緊張感が漂う。
「……」
 私の気配を察知してか、僅かに肩を揺らしアーチャーさんが笑う気配。からかわれたのだと気付き、抗議の声を上げようと口を開くのと、アーチャーさんが言葉を紡ぐのはほぼ同時だった。
「別に、口説き落としてしまっても構わんのだろう?」
 何気なく向けられた言葉に、私の咽から出たのは抗議ではなく悲鳴だった。

BACK