その日はたまたま士郎が学校の用事で遅くなっていて、たまたま桜ちゃんが弓道部の稽古で遅くなっていて、たまたま凛ちゃんが遠坂の屋敷に帰っていて。
「……死活問題だわ」
珍しくガランとした台所はどこか寂しげな色を湛えている。最近は主夫二人プラス桜ちゃんが料理の支度をしていた為、すっかり油断していた。冷蔵庫にはバランスの良い食材が陳列されているが、ただ置いてあるだけでは意味が無い。自分だけならば外食という手もあるが、衛宮家には食に異常なまでの執着を見せる 騎士王様がいる。しかも、彼の存在は士郎や桜ちゃんの作った料理を常に口にしているから、かなりグルメ味覚になっていると思われる。正直、荷が重い。
美味しい物は好きだが、基本面倒くさがり屋な私にとって手間の掛かる調理というのは苦痛以外の何ものでもない。かといってセイバーさん相手に単なる焼き物や炒め物を出すわけにもいかないし……。ここは質より量で目くらましをするしかないのだろうか。
「うーん……」
「辛気臭ぇ顔して何唸ってんだ?」
「あ」
掛けられた声に視線を動かせば、そこにいたのは青と金の凸凹コンビ。
「今日和、」
「今日和、ギルガメッシュ」
繰り返す日々が始まってからというものギルガメッシュには妙な誓約がついてしまったらしく、新都の教会の管理下に置かれてしまっているらしい。この妙な現象を引き起こしている時間軸が、私がギルガメッシュと再会する前のものなのだと仮定すると現状にも納得がいくのだが……それでも一度手に入れたものを手放すというのは良い気分ではない。
本人に告げたら大変な事になりそうだし自分の為にも決して言うことはしないが、やはり不満は募る。
「それ、今日の収穫?」
「おぅ! お裾分けってやつだ」
ランサーさんの持っているバケツには新鮮な魚が泳いでおり、刺身にしても美味しいだろうと一目で分かるのだが……魚を捌くのは、面倒臭い。
「折角で悪いんだけど、今日士郎も桜ちゃんも凛ちゃんもアーチャーさんもいないのよ」
「なんだ、嬢ちゃん留守番か?」
「留守番っていうか、偶然が重なってって感じかなぁ」
だから困っているのだと眉根を寄せれば、ランサーさんとギルガメッシュは互いに視線を交わして首を傾げた。
「何の問題があんだよ?」
「セイバーさんの食事」
「あー……なるほどな」
「多分私の腕じゃ満足させられないから、量で勝負しようかと思ってはいるんだけど……どうもね」
ため息混じりに肩を竦める私に、またまた二人は互いの顔を見遣って頷き合う。果たして彼等はこんなに仲が良かっただっただろうか? どちらかといえばランサーさんがギルガメシュを苦手としていたような気がするのだが……やはり小さなギルガメッシュだと気分も変わるものなのだろうか。
「、僕達が手伝ってあげます」
「え!?」
仮にもギルガメッシュから「手伝う」なんて単語を聞くとは思いもしなかった。驚く私とは裏腹に、ランサーさんは分かっていたのか漢前な笑みを浮かべ、「そーいうわけだ」と人の肩を遠慮なしに叩いた。
このヤクザもどき、力加減というものを知らないのだろうか。これが普通の一般市民だったら脱臼ものだと痛む肩を押さえ、二人を家の中へ迎え入れる。
「手伝うって言ったからには、本当に手伝ってもらうんだからね!」
「任せとけって!」
「二言はありませんから安心してください、」
貴方達の言い分が一番信用出来ません。思わず出そうになった言葉を飲み込み、まずは勢いよく泳いでいる魚をどう料理すべきか、から考えることにした。
「さて、どうしようかな」
お湯を沸かすため鍋に水を張り、その間に勢いよく跳ねる魚を調理すべく包丁を装備する。まな板の上の鯉よ、君はどうやって食べられたい?
頭の中で魚料理のレシピを検索していたら、包丁を持った方の手に重なる温かさに気付いた。
「え?」
背後から覆い被さるようにしてランサーさんが私の両手に手を重ねる。
「おい、。手が止まってんぞ?」
貴方のせいです、と心の中で叫びながら耳元で落ちる笑い声に体が強張る。
「あ、あの……なんですか、この体勢」
「気にすんなって」
「いや、ものすごく気になります」
ランサーさんに塞がれて見えないが、背後から痛いくらい攻撃的な視線を送っているのはギルガメッシュだろう。なんで私がこんな目に。さめざめと滝の涙で内心を埋め尽くしながら、どうにでもなれと体の力を抜く。
「うっし!」
待ってましたとばかりに人の手を動かすランサーさん。魚を捌くのに重力はいらない。なのに、肩より上に持ち上がっていく私の手。
「ら、ランサーさ……」
「迷いは禁物だぜ? 嬢ちゃん」
反論する言葉すら紡ぐ暇を与えず、ランサーさんは私の手を持ったまま勢いよく包丁を振り抜いた。
「ちょ、ランサーさん! それはいくらなんでも!」
「、鍋がふきこぼれてますよ」
「気付いてるなら見てないで止めて欲しかったな!」
骨まで食えると言わんばかりに魚をぶつ切りにするランサーさん。ピチピチと跳ねる尻尾がこちらに飛んできて、ちょっと痛い。
台所に立つには身長の低いギルガメッシュは、ニコニコ笑いながら傍観しているだけ。
なんだろうこの……思わず邪魔、と形容したくなるような状況は。親切の押し売りという単語が脳内をぐるぐるまわってバター化してしまいそうだ。普段調理をしない私ですらこう思うのだ、コックの英霊……もとい、台所の守護者である士郎やアーチャーさんからすれば、他人に立ち入って欲しくないと思って当然だろう。
「そ、その魚は煮付けにする予定だから……。んで、ギルガメッシュは危ないから居間で待っててくれると嬉しいな!」
「だそうですよ」
「えー? まだ魚残ってんぜ?」
「後はやります、やらせてください! たまには料理したいなぁ、私も!」
凸凹コンビをなんとか居間へと追いやって、惨劇と形容して差し支えのない調理場を見つめる。この場に士郎やアーチャーさんがいなくて本当に良かった。
「はぁ……唐揚げにでもしちゃおうかなぁ……」
骨と鱗がついたままの斬殺死体をまな板の上に置き、丁寧に鱗を取る作業から始める。極力面倒を避けようとした結果がこれとは……。急がば回れ、世の中は上手く出来ているものである。
「うう、なんで今日に限って皆居ないのよぉぉ……」
憤りをぶつけるよう魚を処理していたら、叩きが一品完成していた。
無意識とは怖ろしい。
後日、顔は笑っているが人を射殺しそうな目をしていた。と士郎がランサーさんに言われたらしいが、私から言わせてみれば当然の結果である。
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