「なぁ嬢ちゃん。ちぃっとばかし面白い事を耳にしたんだけどよ」
 縁側から身を乗り出し問うランサーさんに視線を向ければ、あからさまに何か企んでいますという表情をしていて見なかったことにしようと顔を逸らしたが、移動先の視界に居た赤い弓兵がこれまた隠しきれない企み顔を晒していたので諦めも肝心かとため息を漏らすことで答えとした。
「一応聞きますけど、何を聞いたんですか?」
 渋々といった声色にランサーさんは両手を打ち鳴らし、先日話していたステータスの話題を持ち出す。一体どこから情報を仕入れたのかと疑問を抱えつつ、凜ちゃん経由でアーチャーさんに伝わりそこから……という線が濃厚なのだろうと一つの仮定を立てる。
「で?」
「嬢ちゃんとアイツって数字上はほとんど差がないんだろ?」
「らしいですね」
 数字上は、と言われても私という人間に割り当てられている数字がギルガメッシュに上乗せされているらしいから、確実にあちらの方が上になると思うのだが……その辺は都合良くカットされているのか、ランサーさんは赤い目を楽しげに光らせ「どっちが強ぇのか試してみろよ!」と物騒な火種を投下してくれた。
「私も大いに気になるな」
 同じアーチャーというカテゴリに属するせいか、はたまた青天の霹靂か。珍しく興味を全面に押し出したアーチャーさんが「そういえば新しい甘味のレシピが」などと、これ見よがしに報酬をちらつかせてくる。本当この二人に何が起こったのだろうか? 私としてはそちらのほうが気になるところだ。
「雑種共が何を騒いでおる」
「あ、ギルガメッシュ」
「出やがったな金ぴか野郎」
 ランサーさんとアーチャーさんを一瞥し、ギルガメッシュは昼ご飯の催促をしてくる。もうそんな時間かと壁掛け時計を見遣れば時刻はもうすぐ正午を指そうというところで、ギルガメッシュの腹時計の正確さに思わず笑みがこぼれた。

「なんですか、アーチャーさん?」
「もしお前が勝ったらリクエストに応えてやろう」
 ニヒルな笑みを口元に湛えるアーチャーさんに、僅かばかりだが腹の虫が音を立てる。士郎の作るご飯も美味しいが、アーチャーさんの作る物は格別である。しかもこちらのリクエストに応えてくれるというおまけ付きときた日には……。
「何の話だ?」
 会話の前後が分からぬギルガメッシュが険呑なオーラを醸し出すが、眼前の二人は素知らぬふり。私よりもギルガメッシュの方をおだてなければ事は進まないと思うのだけれど……。これはもしかしなくても、私がお願いしなければならないのだろうか?
「なんかね……」
「勝った方が負けた方の言うこと一つ聞くとかどう?」
 突如割って入った声に言葉を切り、士郎曰く赤い悪魔と称される凜ちゃんが仁王立ちしている姿を視野におさめる。いつから、とかいつの間にという疑問は野暮というものだろう。凜ちゃんの背後にいる桜ちゃんと士郎を見、全ては計画された流れなのだと理解した。
「初めから仕組まれてたってことなのかしら?」
「さっすがさん。物わかりが良いですね!」
「おい、。一体何の話をしている」
「私とギルガメッシュの対戦が見てみたいんですって」
 ばれる嘘を付くくらいならば、いっそ直球を投げてしまった方が楽だ。確実に怒るであろうギルガメッシュをどう宥めるべきかと思考を巡らせる私の耳に届くのは、「なんだ、そんなことか」という予想外の音。
「ギルガメッシュ?」
「先の見えた戦いなぞつまらぬが、お前が我に挑むという趣向は面白い」
「はぁ」
 なんだかやる気のギルガメッシュに凜ちゃんと桜ちゃんが手を打ち鳴らし、士郎は何故か家の柱を撫でていた。
「そうだ、ギルガメッシュ。アンタさんからの魔力供給絶ちなさいよ?」
「造作もない」
「え、え?」
 今まで流れていた魔力がぷつりと途絶える感覚に背筋が震える。暗闇に一人取り残されたような覚束無い感覚は奇妙な波となって全身を巡り、これが心細いということなのかと腕組みをすることで震えそうになる体を叱咤する。以前はこのような感覚を認識したことはなかったのに、そういう意味では私もかなり弱くなっているようだ。
「ルールは簡単、一本勝負で倒れた方が負けってことで」
 広い庭でギルガメッシュと対峙する。眼前に立ちはだかる姿は威圧感と神々しさを併せ持っていて、見惚れてしまわぬよう視線を地面に落とす。まさか冗談でもギルガメッシュと対峙する日が来るなんて、喜んだ方がいいのか悲しんだ方がいいのか。
「ふははは! 掛かってくるが良いぞ
 胸を貸してやると言わんばかりのギルガメッシュは普段着のままで、手加減してくれるのだと理解出来る。まぁ彼からしたら単なる小娘である私相手に自慢の宝具を使うまでもないだろう。事実、私は士郎達みたく戦うことは出来ないわけだし。
 アーチャーさんの作ってくれるご飯は食べたいし、戦闘に負けて厄介な注文はつけられたくない。けれど、何もかもが面倒臭い。
「英霊と人間が戦うっていう前例が間違えだってことにいい加減気付いて欲しいわね……」
 どこから持ち出したのかリングの鐘をゴーンとならす凜ちゃんにため息を送り、ニヤニヤと厭らしい笑みを貼り付けたままのギルガメッシュに向き直る。
「ギルガメッシュ、恨みっこなしよ?」
「ん?」
 口の中で言葉を呟き行動を起こす。
 どさり、と重い音を立て倒れ伏した存在の背に片足を乗せ、私は審判を買って出た凜ちゃんの方へと顔を向けた。
「これでいいのかしら?」
「……え?」
「い、いま、何が?」
 茫然自失という単語がぴったりのギャラリーを一瞥し、私は倒れていたギルガメッシュの背から足を退ける。泥まみれになっている白いシャツを見つめながら洗濯が大変だとため息を漏らせば、空虚に似た感覚が胸中を横切った。
さん、あの?」
「私が勝者、でいいんですよね」
「え、あ、はい。……ちょっとアーチャー、何が起こったのか説明しなさいよ」
「私にふるな」
 段々とざわめきが大きくなるギャラリーを余所目にランサーさんがこちらへ近づいてくる。
「おーおー、こりゃまた見事に気絶してんな」
 足先でギルガメッシュを小突きながら楽しそうに口元を歪める英霊。
「で? 嬢ちゃんはどうやってコイツを伸したんだ? 俺も赤いのもなーんも見えなかったぜ」
 英霊の動体視力を持っても追えなかった行動には訳がある。
「人という姿を模す以上、必ず急所というものが存在するんですよ。ギルガメッシュの敗因を述べるとしたら、黄金のフルプレートを着用していなかったことじゃないですかね」
「ほう?」
 自らの首の後を指し示し、急所の位置をランサーさんに教える。どれだけ強靱な肉体と力を持っていたとしても急所ががら空き状態ならば、万が一ということもありえるだろう。それを今回私が証明してみせたわけだ。
「けどよ、一撃叩き込むのには近づかなきゃなんねーだろ? そこんとこどうやったのか知りてぇんだけど?」
「あ、そっちですか。それに関してなら私は昔教わった事を守っているだけとしか言いようがありませんね」
 昔、女王と呼ばれていた友人が教えてくれたことは今でも私の中に深く根付いている。思えばあの頃から私の日本贔屓は始まっていたのかもしれない。
「言葉には力が宿る。つまりは、そういうことです」
「あー……分かるような、分かんねぇような」
さん! ちゃんと説明してくださいっ!! 私負けちゃ……あ」
 凜ちゃんの言葉に士郎が片手で顔を覆う。彼女の口にした負けという単語は十中八九私かギルガメッシュのどちらが勝つか掛けていたのだろう。
「士郎」
「あ、いや……俺はそのやめとけって言ったんだけど」
「衛宮君、一人だけいい顔するつもり!?」
「士郎は私とギルガメッシュ、どっちに掛けてたの?」
「そりゃ」
 ギリギリと歯ぎしりを響かせながら凜ちゃんが「士郎の一人勝ち」とうめき声を上げる。成る程、姉思いの弟はという人間を信じていたようだ。
「士郎の為に種明かししてあげるのも、いいかもしれないわね」
 私の言葉にランサーさんを始め周囲の視線が一同に集まる。どこからどう話せば種明かしになるのかと考えてみるが、種明かし云々の前にどうやってギルガメッシュを倒したのかというのは明かしているわけだし、今更種明かしもなにも説明のしようがないような気がしてきた。
 今までも何度か「何をして、何をしたのか」という説明もしてきたはずだし……そう考えるとなんだか凄く面倒だ。
「時よ止まれ。お前は美しい」
 つまりは、そういうことです。ハテナマークを飛ばす住人達に笑みを向け、私は一人お昼の献立リクエストに思いを馳せた。

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トントン様  リクエストありがとうございましたっ