身を取り巻く倦怠感と流れ出る残滓に眉を顰め、乱れた息を整えることに神経を傾ける。すぐ傍にある温もりに気を割くと、静まりかけていた心音が再び不規則な鼓動を刻み初めるのには参った。数えるのが億劫になるほど夜を共にしてきたが、慣れないものは慣れない。ようやく一息ついたところで滲んだ視界をクリアにすべく瞬きを繰り返し、近い距離でこちらを見つめる赤さを正面から受け止めた。
「どうせ、まだ慣れないのか。とか言いたいんでしょ」
「よく分かっているではないか」
クツクツと咽を震わす男は飽きもせず私の肌を辿り、その都度息を殺す醜態を楽し気に見つめる。
「飽きないの」
「飽きぬ」
お決まりとなったやりとりを何回繰り返したのかなんて覚えてない。ただ同じ問に返される答えは昔から一語一句変わらない。良くもまぁ同じ女を抱いて飽きがこないものだと純粋な疑問を胸の内に秘め、これまた何度繰り返したか分からぬ仕草で目の前の体に擦り寄った。
「ギルガメッシュ」
名前を呼べば応えてくれる。
「どうした」
「……何言おうとしたか、忘れちゃった」
嬉しくて切なくて、相反する感情が胸中を埋め尽くすから、上手く言葉が紡げなくなる。
衛宮の家を出てからどれほどの月日が過ぎ去ったのだろう。ギルガメッシュと共に世界を回り、特になにをするでもなく周囲の変化を楽しむ終着点の分からぬ旅行に出てから、幾度季節を越えただろう。回り巡る時間の中で変わらぬものと変わるモノ。
「ああ、そうだ」
わざとらしく声を上げ、滑らかな頬を指先で辿る。
「どうしていつもいきなりなの?」
「何がだ」
「全部よ、ぜーんぶ」
目的地を決めるのも、出立を決めるのも、私を抱くのも。全てにおいてギルガメッシュの行動には計画性というものが感じられない。
「これだって、突然だったじゃない」
左手の薬指で変わらぬ輝きを放ち続ける指輪に視線を移せば、自分から目を逸らしたのが気に食わなかったのか私の指先を捉え甘い痛みを与えてくる。
「いきなり人の腕掴んで何かと思えば、嵌めておけでしょ? 浪漫のかけらも感じられなかったわよ」
「ほぅ。お前がロマンチストだったとは初めて聞いたな」
「女性はいつになっても甘酸っぱい気持ちになりたいものなんですー」
「それはそれは、申し訳ないことをしたな?」
「……自分で言ってて似合わないって分かってるから、流してくれると嬉しい」
自己嫌悪に陥りながら囚われたままの指先を見つめる。小さな輪っかが互いを繋ぎ止める証になるなんて、滑稽ではないか。片手で引き抜けばすぐ外れてしまうのに、唯一無二の存在だと主張する銀色が酷く哀れに思えるのは今に始まった事ではない。
「どうして、くれたの?」
「望まなかったからだ」
「欲しいって言ったら、くれなかったの?」
「さてな」
質問されるのを嫌がる王様は、昔も今も人の質問をのらりくらりと躱し続ける。自分の中で出た答えだけが絶対で、他人がどう思うかなんて気にもとめない。幾千幾万という存在の上に君臨するのだから、当然といえば当然なのだろうが……疑問は尽きない。
「一生掛かっても理解しきれそうにないわ」
こぼれ落ちた本音にギルガメッシュは笑い、触れるだけの口付けを与えてくる。どうやら今の回答は彼の気に召したようだ。
「王を理解しようなど、度し難い醜悪だな」
「不相応な願いを持ってすみませんね」
睦言というには険呑で甘さのかけらもない言葉の応酬も、何度繰り返したのか覚えていない。ただ、飽きもせず同じやりとりをするのは互いに悪くないと思っているからだろう。疲労からぼんやりしてきた頭で考え、ゆるゆると頬を撫でる手に目を閉じる。
「」
彼が呼ぶ私の名前が好きだ。
「なぁに」
「あれしきで我が満足するとでも思ったか」
「……はい?」
睡魔を吹き飛ばすかのよう両肩に掛かる重み。互いの心音が混ざり合いそうな距離から一転、再び開いた視界に飛び込むのは捕食者の色を称え口角を上げる姿。
汗で張り付いた金糸が色気を醸しだしているとか、触れている部分が熱いとか。色々思う事はあるが、降り注ぐ赤色から目が離せない。
「ど、どうしたの? 急に」
自然絡まった指先に力を入れればギルガメッシュが笑う。
やっぱり好きだなぁ、と悔しさを心の片隅に住まわせながら思い、慣れる事のない口付けを享受する。互いが溶けてなくなってしまいそうな感覚を共有するのは嫌いじゃない。ただ、一つ問題があるとすれば体力消費が激しすぎて、見聞という名の旅行がなかなか進まないことだ。
明け方に寝て昼過ぎから出かけ、夕方には戻り明け方眠る。一日の大半を寝室で過ごすという不健全極まりない生活の御陰で、妙に体力がついた気がするが……気がするだけにしておこうと思う。
「毎日毎日飽きないの?」
「飽きぬ」
同じ言葉を繰り返せば、同じ言葉が返ってくる。
「いつまで続けるつもり?」
不規則になる呼吸を飲み込みながら問えば、答えるのもばかばかしいと言いたげに舌を甘噛みされた。
「飽きるまでだ」
「さっき飽きないって言ってなかった?」
「言ったな」
汗ばんだ肌に触れる熱さが心地良い。身の内から溢れてくる熱に眩暈を感じながら、生活の一部となった香りに甘い息を吐く。
「、力を抜いておけ」
「無理に……決まってる、でしょ」
余裕の表情で私を追い込みながら、甘く掠れた声で名前を呼ばれるのが好き。
決して伝えることのない音を胸の中に仕舞い込み、代わりにギルガメッシュの好む声色で室内を満たし、全て思い通りになってしまうのは悔しいからと鼓膜を犯す水音に口を噤む。
「何を、考えてる」
「なに、も」
赤い瞳が嘘をつくなと語りかけるが知ったことではない。これはギルガメッシュと私ではなく、私対私の問題だ。素直な気持ちを口にするには月日が経ちすぎて、素直な気持ちで甘えるには月日が足りない。
離れることも近づくこともない平行線は、いつから続きいつまで続いていくのだろう。
「強情な女よ」
「わか、ってる、くせに……ッ!」
前振りなくねじ込まれた熱さに息を詰める。心とは裏腹に慣らされた体は痛みを感じることなく、快楽だけをおいかける。調教とは良くいったものだと酸欠まがいの脳で考え、汗で張り付いたギルガメッシュの髪を後に撫でつける。
「っ、ふ……」
「なにが、おかしい」
「懐かしいと、おもっ、た、だけ」
先に放たれていた残滓が結合部から溢れ出す。卑猥な音を立てるソレに耳を塞ぎたくなるが、生憎と両手はギルガメッシュの頭を抱えるのに使われてしまっていた。
何年もオールバックのギルガメッシュを見ていない気がする。思えば、聖杯戦争という短い期間には色々あった。今となっては鮮明に思い出す事は難しいけれど、あの頃出会った人達はどうしているだろうか。
「随分余裕だな、」
「んっぁ……っ」
教え込むような動きを繰り返すのは、支配欲からくる行動なのだろうか。緩やかな律動を繰り返しながら、見せつけるよう赤い舌が胸元を這う。滲んだ視界で確認するたび捕食される気分になり、早鐘のようになる心音を耳の奥で聞きながら、きっと私の死因は心不全になるのだろうといつも同じ事を考える。
「ふっ、ぁ! ギルガ、メッシュ……ッ! んっ」
肌がぶつかり合い響く水音。聞き慣れた音にきつく目を閉じ、奥歯に力を込め湧き出る感覚を噛みしめる。何度も肌を重ねて眠り、また今日という日がいつなのか分からない日常を迎えるのだ。
「あっ、あぁッ!」
追い詰められる感覚に慣れる事はこれから先もないだろう。
私を見下ろし、楽し気に笑う姿に慣れることもないだろう。
飽きるほど同じことを繰り返し夜を越えても、ギルガメッシュという一人の男を見飽きることはないだろう。
体内に満ちる感覚も、何も考えられなくなる瞬間も、同じものなど何一つないのだから。
「ねっ、ギル……。まだ、するの?」
ギルガメッシュが自身を抜くと同時に、収まりきれない白濁が流れ出す。体温を奪われるような感覚に眉根を寄せ、「どうしたい?」と問うてくる金色に疲労感を全面に押し出す。
「ねぇ……いつまで?」
あやふやな問いかけにギルガメッシュは笑みを深め、言葉の代わりに行為の開始を示唆するキスで私の口を塞ぐ。
「飽きるまでだ」
繰り返される音に苦笑を浮かべれば、答えになるはずだった言葉は甘い吐息に変換された。 |