パジャマパーティーをやりたいと始めに言い出したのは誰だったか。今となっては定かでないが、凛ちゃんが日本を発つ前に是非、ということで急遽女だらけの酒盛りが開催されることとなった。
「イリヤちゃんはこっちね」
「えー、イリヤだって飲めるもん!」
「まぁまぁ、ここは年上の顔を立ててジュースで我慢して頂戴な」
 むくれるイリヤちゃんを宥めながら、妙にそわそわしている他の女性陣に目を配る。凛ちゃんと桜ちゃんは何故かセイバーさんの事をチラ見しているし、当のセイバーさんといえば、先程から痛い程の視線をこちらに向けてくる。当初は着ぐるみを着てはしゃいでいるイリヤちゃんを見ているのかと思ったが、どうやら視線の先に在るのは私のようだ。視線で訴えず言葉にしてほしいと嘆息しながら、持参したおつまみ一式をテーブルの上に広げる。
「で、正直なところ、どうなの?」
 主語のない言葉が引き金となり部屋の空気が一転する。
「私も気になっていました。、貴女はなんなのですか」
「えっ!? 私に矛先向いてる訳!?」
「まーお姉ちゃんは秘密主義すぎるからね。諦めた方がいいんじゃない?」
 人の膝を占領しているイリヤちゃんまでもが冷たい言葉を吐き出す。イリヤちゃんだけは味方だと思っていたのに、手ひどい裏切りだ。
「貴女は人としての気配が薄い」
「……さらりと失礼な事言ってくださいますねぇ」
 ズバリと人の痛い部分に切り込んでくるのは流石騎士王と賞賛するべきか。
「私としては、貴女達の誰が士郎と一緒になってくれるのか、そっちの方が気になるんだけど?」
「なっ!」
「ハイハイ、シロウのお嫁さんは私ー!」
 挙手して声を上げるイリヤちゃんと、彼女に突き刺さる三人の視線。上に高々と上げられたイリヤちゃんの手による攻撃と、女性三人から向けられる視線の先にある我が身が痛い。
「そもそも、貴女の怠慢は目に余ります」
「えっ」
 おつまみに手を伸ばさず、姿勢を正したままセイバーさんの視線が私を射貫く。凛とした空気を纏いまるで道場にいるかのような雰囲気を纏うセイバーさんは、騎士という単語が相応しい。
、貴女は英雄王のマスターでしょう。何故アレに好き放題させているのですか」
「……いや、もう契約は切れてるんだけど」
「揚げ足や反論は結構です。貴女がちゃんと手綱を握っていれば、聖杯戦争はもっと簡単にカタがついたはずだ」
「ちょっと、セイバー。それは言い過ぎじゃない?」
「いいえ、凛。は自ら望んでマスターの地位を手に入れた。ならば、相応の働きをするのが道理でしょう」
「セイバーさんの言葉にも一理あると思いますけど……。さんだって色々助けてくれてましたし、ね?」
 聖杯戦争中私がやったことといえば微々たるものだが……何故今になってセイバーさんの矛先がこちらに向いているのかが理解出来ない。何か彼女の気に障る事をしただろうか?
「貴女は英雄王をどう思っているのです」
「えっ!?」
「貴女はいつでも一歩引いた、必ず逃げ切れる位置に身を置いている。その行動パターンから考えると、貴女が英雄王に見せる執着心は異常だ。何故そこまで心を傾けておきながら、英雄王の手綱を握っておかないのです。マスターであった貴女ならば、それが許されたはずだ」
「…………」
 よく見ているなぁ、とセイバーさんの観察眼に敬服するが、人の内部にまで踏み込んでこようという発言は頂けない。
「とりあえず、おつまみでも食べたら?」
! 貴女はまたそうしてはぐらかそうとする!」
 この場に士郎がいなくてよかったと改めて思いながら、セイバーさんの覇気で傾いた壁掛け時計に視線を移した。時刻は十二時少し手前。まだまだ夜は長い。
「私から言わせて貰えば、執着されるセイバーさんが羨ましいと思うけどなぁ」
「なっ」
 唖然とした姉妹と楽しそうに目を細めるイリヤちゃん。
「追うより追われる方がいいじゃない。労力も少なくて済むし」
 束縛したいと、思わなかったわけじゃない。ただ……己の醜い部分を表に出すのが嫌だっただけ。甘酸っぱい恋心に全てを捧げるには、少しばかり長生きしすぎた。
「たんなる保身だったと、私の事にはカタを付けておいてよ」
!」
「ねぇ、セイバーさん。私にどう言って欲しいの? 私が人間であることを止め、ギルガメッシュを追いかければ満足?」
「そういう意味では!」
 きっと、人であることを辞めてしまうのは呼吸をするより簡単だろう。造作だけは人の形を有しているが、中身はほとんど別物な存在だ。分かっていながら人であることに拘り続けるのは、私という個に残された最後の意地なのだ。
さんは、金ぴかのどこがいいわけ?」
 ポリポリとつまみのアーモンドを囓りながら凛ちゃんが問う。
「顔はいいじゃない」
「それだけ?」
「性格は好き嫌いあると思うけど……。んー……ギルガメッシュは、ね。太陽の香りがするの」
 常に無彩色で覆われた世界の中で、篝火のように揺らめく色合い。それがどんなに異質で異彩で心強いものか、彼女達には分かるまい。たった一つの色が、今日まで私という存在を支え続けた。だから、セイバーさんが言った通り私がギルガメッシュに向ける気持ちは、執着と呼ぶに値するものなのだろう。
「太陽の香り、ですか」
「おねーちゃんらしいね」
 甘えてくるイリヤちゃんの頭を撫でながら、憮然とした表情のままのセイバーさんに視線を向ける。高潔な騎士王様に理解は求めないけれど、これだけは言っておかねばならない。
「セイバーさん、私……渡すつもりはないよ?」
「うわぁ……」
さん……ッ!」
 宣戦布告に色めきだつ女性陣。いつの世も女性というのは恋愛話が好きな人種らしい。
「とまぁ、そんな訳で……」
 膝の上に居たイリヤちゃんを横にずらし席を立つ。
さん?」
 寝間着姿で寛ぐ彼女達の脇を通り抜け扉の前に立ち、人差し指を口元に宛てて口止めのサインを送った後、音を立てぬようドアノブを回し廊下へ出る。
「随分と楽しそうではないか」
 後手に閉めた部屋の中から息を呑む気配を感じ苦笑を漏らす。暗闇の中に立つのは黄金の存在。いつからなんて分からないけれど、居ると認識したからには会わないと損でしょう?
「覗き見ならぬ、盗聴? 女の園を気にするなんて王様のすることじゃないんじゃない?」
「斯様な醜態は卑賤の輩にでも任せておけばいい」
 つまらぬと鼻を鳴らすギルガメッシュ。窓越しに注がれる月明かりが彼の存在を柔らかに照らし、やっぱり好きだなぁ、とこっそり再確認した。
「じゃあ……お誘いかしら?」
 私の言葉にギルガメッシュは赤い瞳を細め、組んでいた腕を解き片手をこちらに差し出した。
「我の決定に異を唱えるか」
「さぁ……どうかしら?」
 差し出された手を取れば力任せに引き寄せられる。一気に近づいた距離をゼロにせぬよう、空いている方の手でギルガメッシュの胸元を押さえ距離を取る。
 近づくことが許された距離は、心地良い。自分だけに許された立ち位置が醜い自尊心を甘く満たしていく。恋に恋する愚か者にはなりたくないけれど……少しなら目の前にぶら下がっている幸福に手を伸ばしても許されるだろうか。
「願えば、叶えてくれるのかしら」
 私の言葉にギルガメッシュは答えず、ただ口元に弧を引き歩き出す。
「ちょっ、暗いんだからいきなり引っ張らないでよ」
 高慢な後姿が、繋がれたままの手が、夜の寒さを緩和する。
「強引って嫌われる原因らしいわよ。知ってた?」
 振り返らず揺れる金糸を見つめながら、やはり篝火のようだと口元を緩めた。

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