衛宮家の夜は長い。
 机の上に散乱した空き缶を片付けながら、賑やかに騒ぎ続ける弟分を見つめる。女子軍に囲まれハーレム……と思いきや、妙に悲壮感漂う雰囲気を纏っているのは何故だろう。
「まったく懲りない男だな」
 隣から降ってきた声に貴方の過去だろうとツッコミたかったが、彼は彼で見事なまでに貧乏くじを引き当ててくれるので、流してやるのも優しさかと思い口を噤む。
「妹決定戦、らしいわよ?」
 大河を交えてわいわいやっている光景は、見ているだけなら微笑ましい。すっかり空になったお皿の中身を補充すべくキッチンに立つが、今はアーチャーさんが傍にいるので私がやることといえば果物を剥くことくらいだ。
 人が調理を開始しようとした途端現れるとは、コックの英霊恐るべしである。
「度し難い男だな」
「いいじゃない、モテモテってことで」
 馬鹿にしたように吐き捨てるアーチャーさんに苦笑を漏らし、私は出来たおつまみと空の皿を取り替える。
「私としては、賑やかなの好きだけどな」
 傍にある湯飲みを引き寄せ濃いめに淹れたお茶を啜れば、ほどよい苦みが咽を潤しほっと一息つけた。
「お通夜みたいな状況より全然いいと思うけど、アーチャーさんはそう思わない?」
 賑やかな居間を見つめながら言えば、「私は」と涼やかな声が降ってくる。
「君が良いと思うならば良いのだろう」
「なぁに、それ? 自分の意志はしっかり持つべきよ」
 いつだって他人が最優先で、自分の事はないがしろにしてきた士郎のことだ。家庭内のことくらい己を優先させればいいと思うのに、筋金入りの堅物には難しい要求だっただろうか。
「話題の中心人物が楽しんでないんじゃ、周りが可哀想じゃない」
「私には関係無い」
「まーたそういうこと言っちゃって」
 アーチャーさんからすれば衛宮士朗という存在は、過去の己というよりも既に別人扱いなのだろう。だが、姉という立場からすればどちらも可愛い弟分にかわりない。
、料理が出来たぞ」
「ん、差し替えてくるね」
 話しながら短時間で作ったとは思えないほど立派な炒め物は、匂いを嗅いでいるだけでお腹が減ってきそうな気分になる。
「新しい料理、置いとくからねー」
「ありがとうございます
 案の定真っ先に食いついてきたのはセイバーさん。この調子だとすぐ次の料理を持たないと間が持たなそうだ。空のお皿を回収し、次なる料理を盛るべく新しい皿をアーチャーさんの隣へ置く。
「にしても、本当見事よねぇ」
「なにがだ」
「料理の手際。指先が器用なのは知ってたけど、どうしてここまで美味しい物が作り出せるのかしら? 家じゃあまり美味しいもの出なかったでしょ?」
 私も切嗣もあまり料理上手ではなかった。それなのに、士郎はいつの間にか見事な味覚を手に入れていた。一体どこで美味しい物を食べたのかと考えてみるが、やはり思いつかない。
「旨かった」
「え?」
 アーチャーさんらしからぬ言葉遣いに作業を止め、隣に立つ褐色の存在を見上げる。
「貴女の作る料理は、美味しかったと言っているんだ」
「お世辞はいいよ。虚しくなるだけだし……」
「世辞ではないさ」
 いつもの憎まれ口ではなく、懐かしい光景を見つめているかのように目を細め、アーチャーさんはゆっくりと私に視線を合わせる。
「貴女と彼の料理には、愛情が籠もっていた」
「――ッ!」
 洗っていた皿を取り落とさなかったのは奇蹟だと褒めて欲しい。
「人をからかうんじゃありません」
 照れ隠しから憮然とした態度になってしまうが、アーチャーさんは私を笑うことなく静かに見つめ続けた。
「オレだってたまには本音を漏らすさ」
 忘れぬ記憶は存在するのだと守護者である英霊は笑い、何事も無かったかのように調理に戻る。
「……そういうの、ズルイっていうのよ?」
「肝に銘じておこう」
「そうして頂戴」
 次なる料理が完成したのを良いことに、アーチャーさんから距離を取るべく盛りつけられた皿を持ち上げようとすれば、私の行動を妨害するよう褐色の手が片腕に触れる。
「それは君の分だ」
「私の分?」
 綺麗に盛りつけられた揚げ出し豆腐の隣に置かれるのは、小さな御猪口だ。
「飲み過ぎは毒だと教えてやるのが年長者の務めだろう?」
 人を小馬鹿にするようないつもの顔で呟いて、アーチャーさんは湯煎に掛けられていた徳利を手に取った。

 台の上に置かれた御猪口を指さし、アーチャーさんは手に持った徳利を左右に揺らす。
「いいのかなぁ、世界の英霊様にお酌してもらっちゃって」
 わざとらしく言えば「君も相変わらずだな」とアーチャーさんが苦笑を一つ。いつまでこの日常が続くのなんて分からないけれど、今此処にある幸せを満喫しないのは勿体ない。
 ゆっくりと注がれる透明な液体に眦を下げ、程よい熱さの日本酒を口に含む。
「なにこれ美味しい。誰かからのもらい物?」
「青いのが置いていった」
「ああ、ランサーさん今は酒屋でバイトしてるんだ」
 この場にいない英霊の姿を思い浮かべ、口当たりの良い日本酒をもう一口。
「っていうか、一人酒は虚しいからアーチャーさんも付き合ってよ」
 戸棚から出してきた御猪口と徳利を交換し、アーチャーさんの持つ空の杯を満たす。
「なかなかだな」
「うんうん、美味しいよねー」
 美味しいお酒に美味しいおつまみ。
「幸せ、って感じ」
 未だ騒ぎ続ける士郎達を眺めながら飲むお酒は、普段以上に美味しく感じられた。
「安い幸せだな」
「お手軽でいいでしょ?」
 皮肉を漏らすアーチャーさんの前に持っていた杯を突き出せば、私の意図を汲み取ったのか同じようにアーチャーさんも杯を前に出す。
「かんぱーい」
 わざとらしく紡いだ音を祝福するよう、杯同士の触れ合う甲高い音がキッチンに響いた。

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