促されるよう寝台に腰掛ければ、上から黄金色が降ってくる。伸し掛かる重みに甘いため息を吐き出しながら、私は雨垂れのように揺れる金糸にそっと手を伸ばした。
 片手を拘束するよう重ねられた手は熱く、夜の寒さを忘れてしまいそうな気分になる。鈍い音を響かせ軋む寝台に視線を向ければ、指先から伝わる鈍痛が意識を引き戻す。
「噛まないでよ」
「余所に気を向けるお前が悪い」
 ニヤリと音がしそうな角度で口元を歪め、人の指先を食んだままギルガメッシュは言葉を紡ぐ。
「嫉妬などという、可愛げのある真似も出来たようだな」
「……やっぱり盗聴してたんじゃない」
 嘘つき、と唇だけで伝えれば、批難は認めないとばかりに甘さで塞がれる。正直、ギルガメッシュとのキスは好きじゃない。すればするほど、胸の中にある痛みが大きくなる。意地悪な王様は、人の気持ちを知った上でわざとキスをしてくるのかもしれないけれど。
「苦しい」
 胸が詰まるような息苦しさを音にすれば、リップノイズを響かせてギルガメッシュの唇が離れる。ようやく解放されたと口を開けば浅はかだと知らしめるよう熱い舌が差し込まれたから、一筋縄ではいかぬと教えてやる為に咥内を好き勝手する熱さに噛みついた。
「……随分と強気に出たものだな、?」
「思い通りに事が進んでは楽しくないでしょ?」
「フン」
 捕食者の色を宿した瞳に背筋が震えるが、ここで引くのは私の意地が許さない。サラサラと流れる金糸を掴み引き寄せ、体勢を崩したギルガメッシュに噛みつくようなキスを贈る。
「強かな女は、お嫌いかしら」
 喋る度に触れる唇がくすぐったい。
「我を楽しませる存在は愛でてやるぞ」
「そう」
 間近で覗き込んだ紅玉はどこまでも澄んでいて、黄金の王の辞書には後悔などという単語は存在しないのだろうなと、見当違いの感想を抱いた。
「我を求めよ」
 ひたりと胸の上に置かれた手から、熱源が注ぎ込まれる感覚に酔いそうになる。魔力とは違う、もっと根本的な衝動。
「どうせ、身の程を弁えぬ愚か者とか言って笑うんでしょ」
「良く分かっているではないか」
 一時的に起こした上体を寝台に沈め、視界を埋め尽くす黄金を見上げる。震えそうになる声を喉元で押し止め、人の羞恥を煽るよう肌をなぞる指先を批難すべく目元に力を込めた。
「女の嫉妬って、怖いよ?」
「ならば、強請ってみせよ」
「そーやって人を煽っておいて、いざとなったらハイさよなら、でしょ? 知ってるんだからね」
 人の業を愛でるギルガメッシュが夜な夜な何をしていたのかなんて、知りたくなくても知っている。冬木の地で会った頃から、この王様の趣味は変わる事がない。元となる存在の性格に問題があるのだから、仕方ないと諦めるしかないのだろうが……。
「拗ねているのか」
「さぁ……? 私は嫉妬深い女のようですから」
 投げやりに紡いだ言葉に、ギルガメッシュは体を震わせ咽の奥で笑う。
 他の人に現を抜かさないで。なんて、独占欲にまみれた発言をしたら呆れられるだろうか。
「――」
 言葉は必要無い。他者を魅了する目元をなぞり、自身に注がれる意識に息を詰める。触れることの出来る距離に在る事実こそが夢のよう。思い出せば思い出すほど、今という現実こそが私の描いた妄想なのではないかと恐怖が募る。
「我を誘うか、
 場所と体勢的に今更という気もするが、改めて問われるとやはり私はこの存在を束縛したいのだろう。自分以外の存在に気を向けぬよう、繋いでしまいたい。
「誘われてくれるの? ギルガメッシュ」
 問いに問いで返せば黄金の存在は緩やかに笑い、伸ばしていた手首の内側に口付けを落とした。ピリリとした痛みに目を細め狭まった視界で近づく姿に目を閉じ、 器用な手付きで服を乱し素肌に触れた熱さに体を震わせながら、伸し掛かる体温を抱きしめる。
 一度体を重ねてから、ギルガメッシュはよく私を求めるようになった。それが嬉しくもあり、怖い。一時の快楽だと分かっていても、錯覚してしまいそうになる。永遠なんてないと知っているのに……求めてしまいたくなる。
「我を見よ」
 命令されるがまま開いた瞳の先にあるのは、征服者の色。
「お前は忘却が酷いようだからな、たまには言い含めてやらねばなるまい。ゆめ忘れるでないぞ、我を繋いでいるのは……、お前自身だということをな」
 触れるだけの口付けに切ない思いが胸を占め、また痛みが増す。
 苦しい。苦しくて苦しくて、息が出来なくなるほど苦しくて。
「そうね……私は忘れっぽいから」
 何度でも言って貰わねば忘れてしまう。
 だから、傍に居てと。
「我を楽しませる事に長けた存在よな、お前は」
 触れる指先に乱れそうになる息を呑み込みながら、「ギルガメッシュ」と名を呼んだ。
「くれるなら、頂戴よ。なにもかも」
 私の言葉に肌を這う指が一瞬止まり、赤い宝石が悦の色を宿す。傲慢で、自分の思い通りにならないことなんてないと言いたげな瞳が好きだ。安物では到底叶うことのない、頂点に立つ者のみに許された色は憎らしいほど美しい。
 数え切れないほど夜を共にしたとしても、ギルガメッシュは私だけのものになってくれないだろう。分かっているからこそ浅はかな願いを抱く。叶うならば、騙し続けてほしいと。例え一時だとしても、惜しみなく注がれる感情が私の為だけに存在しているのだと錯覚させてほしい。
「お前が、望むのならば――」
 ふわりと重なる唇は誓いのキスのようで、泣きたい気持ちになった。手に入らぬ永遠を願い藻掻き、偽りの永久を手に入れ喜びを得る。これが道化でなくてなんだというのか。

 終わりを告げる鐘は無く、朝焼けには未だ遠い。
 カボチャの馬車も、ガラスの靴もないけれど……この魔法は、いつまで有効?

BACK