「ちょっと旦那! しっかりしてよ……」
 縁側に腰を下ろしてのんびりとした時間を満喫する私とは裏腹に、本日も佐助さんは忙しく動いてます。
 表向きは真田さんに仕える忍。だがその実体は……。
「はいはい、わーかったから」
 武田軍の世話焼き女房。本人に向かって言ったら泣いてしまいそうなので、これから先もその単語を言う事はないだろうけど、観察すればする程不幸の神様に愛されているとしか思えない。戦場では戦忍として素晴らしい功績を挙げてるらしいけど、普段の姿を見ていると目頭が熱くなるのは何故だろう。
 佐助さんを見ていると、辞める辞めるといって結局会社を辞める事の出来ない、ワーカホリックの様だと思う。仕事こそ生き甲斐、というかやらずにはいられない、というか……。ああ、でも時々ぼーっと立っているのを遠目で見る事があるから、やはり疲れは溜まっているのだろう。
 かくいう今も目の前で盛大にすっころんだ真田さんの面倒を見ている。心配性の母親と大きな子供。自分の中で当て嵌めた関係があまりにしっくりきすぎて、笑いを堪えるのが大変だった。
「ちょっとちょっと、チャン。何笑ってるの」
「へ?」
 いつの間にか目の前に居た佐助さんに思わず背を引いた。
「人の不幸はなんとやら〜って?」
「………………まっさか」
 あはは、と乾いた笑いと共に告げれば、その間が真実を物語ってるよね。としみじみ言われてしまった。どうやら佐助さんはそうとうお疲れのようだ。
「真田の旦那も戦場以外じゃからっきしだからさぁ」
 困ったような表情を浮かべながらも、声は嬉しそうに。やはり二人の関係は母親と子供のそれに似ていると改めて思い、微笑が漏れる。
 に、しても。
「佐助さん、その……足音と気配を消して近づくのどうにかなりません?」
 正直言って幽霊の類に思えて怖い。
「そうは言われてもねぇ……」
 忍が気配断てなかったらマズイでしょ。と続いた言葉は最もで。存在感ありまくりな忍というのも聞いたことがない。普段からの積み重ねが、いざという時役に立つ……という事なんだろうか?
「でも怖いんですよねぇ」
「俺様良い人よ?」
 自分で言うのが一番怪しい、という定説を佐助さんは知ってるのだろうか。
 まぁこの人なら知った上であっさり言い放ちそうだけど。
「それはそうと、最近良くここに居るみたいだけどチャンのお気に入り?」
 これは驚いた。
 まさか私の動向にまで把握していたとは……。忍としての本領発揮、といったところなのだろうか? 単に現状を把握する事が習慣になっているだけかもしれないが。
「邪魔になったら悪いじゃないですか」
 敢えて主語を抜いて話せば、まぁね。と苦笑しながら佐助さんは言った。戦の準備に追われる人達に迷惑を掛けてはいけないと独りで茶を啜る日々。心なしか風が冷たく感じるのは気のせいだと思いたい。
チャンが入念に準備してたら、それはそれで興味深いけどね」
「どういう意味ですか、それ」
 口調は軽いのに剣呑な光を宿す瞳。普段ならば気付くことのない微かな殺気に、私は湯飲みを脇に置いた。向けられる殺気は私を試そうとしているのか、それとも忠告かなにかか。どちらにせよ気分が良いものではない。
 居心地が悪そうに眉を顰める私に、佐助さんは纏った殺気を解いた。
「気付くこと自体が普通じゃないって言ったら分かる?」
 楽しそうに弧を描く口元。
「タチが悪いですよ」
 罠を張るなんて。
 言葉にせず目で訴えれば、いつも浮かべる差し当たりの無い笑みが返される。
チャン暇なら忍やってみない?」
 ご冗談を。
 誰が好き好んで諜報活動などせねばならんのだ。
「コキ使われそうなんで遠慮します」
 普段の佐助さんから連想して切り返せば、佐助さんは面白いくらい肩を落とした。
「分かってくれるー? まったくさ……真田の旦那も……」
 陰鬱なオーラを纏いながら呟く姿は中間管理職そのもの。色々鬱憤も溜まってるだろうけれど、どこか悟ったような表情を浮かべている佐助さんは、きっともう戻れない所までイッテしまっているのだろう。
「武田の人達って頭より先に体が、って感じですもんね」
 トップ二人の日課を脳裏に浮かべれば、自然とそんな言葉が出た。本当、拳で語る体育会系だ。知能派にしたらやりづらいことこの上ないだろう。ちなみに伊達の人達は問答無用でトップに付いていく暴走族だと思っている。
「そーなんだよ……簡単に言ってくれちゃってさぁ……」
 哀愁漂う雰囲気に思わず、お疲れさまです。と口が動いていた。
「だからチャンが手伝ってくれれば楽になると思うんだけどなぁ」
 横目でこちらを確認してから、空を仰ぐように佐助さんは体を反転させた。視界で揺れる迷彩柄の生地が何故か寂しそうに見えて、思わず手を伸ばしそうになり慌てて膝の上に戻す。
「残念ですけど、無理ってやつですよ」
「あらら? 振られちゃった?」
「佐助さんがそう思うならそうなんじゃないですか?」
 軽く流しながら答えれば、手厳しいな。と苦笑混じりに返ってくる。
「すっぱり諦めて下さいな」
 異質な存在である私が必要以上に介入する訳にはいかないでしょう? 目で問えば、佐助さんは仕方ないといった風に溜息を付いた。
「まぁ……」
 手に入らない方が燃えるってもんだし。
 続いた言葉に息を呑む。
 分かってない、というか懲りないというか……。それくらい前向きじゃないと武田軍の中ではやっていかれないのだろうか。
 何にせよ。
「今はお手軽な幸せで手を打ちましょうよ」
 視界の隅に映る人物を見ながら言えば。
「単にチャンが食べたいだけでしょ」
 と呆れ顔。
 だってしょうがないじゃない。焼き芋の良い匂いがするんだから!
 風に乗って届く香りにお腹が鳴りそうになって、両手で押さえた。やはり秋の醍醐味といえば落ち葉で焼き芋。今が食べ頃だと思われるそれを目で追えば、佐助さんの苦笑が耳に届く。
「はいはい、お姫様は焼き芋をご所望ですっとね」
 軽い足取りで貰いに行ってくれる佐助さんは、母親というより親鳥、といった方がしっくりくるかもしれないと考えながら、数分後に食せるであろう秋の味覚の為に、熱いお茶を用意すべく席を立った。

 end

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