焦ったような雰囲気と共に忙しない足音が近づいて来る。迷いの無い足の運びから推測するに、どうやら私に用があるようだ。ゆっくり寝ていていいと言ってくれた割には、放っておいてくれない彼等。今度は一体誰が来るのだろうかと呆れ半分に襖の方を見遣れば、予想外の人物が現れた。
殿、お休みの所申し訳ないが……力を貸して頂きたい」
「はぁ……今度は何です?」
 想定外の訪問者、小十郎さんに問えば酷く困惑したような表情。その表情を見て、きっと政宗さんがまた何かやっているんだろうと確信した。

「Hey、真田ちぃと聞きたい事がある」
「な、なんでござるか」
「Ah-……テメェの傷をが治したってのは本当か?」
「そうだが……?」
「I see I see……ならば……」
 重い体を引きずって事件現場までたどり着けば。
 ああ、やってるやってる……。
 縁側でくつろぎまくっているにも関わらず、通る人を次々と呼び止めて尋問。あまつさえ、自分好みの返答が来ないとその場でキレルという。なんともまぁ……政宗さんらしい、というかなんというか。小十郎さんが嘆いていたのはこの光景か。
 今まさに餌食にならんとしている真田さんの姿を確認して、深呼吸を一つ。
 本当……苦手なんだよ、あの人……。
 日本人らしからぬ押しの強さに、現代人の私は上手く対応出来ない。私の中の日本人像というのは、ありがとうよりも、すみません。が先に出てくるような謙虚なイメージ。人間誰しも自分の持つ型に当てはまらないタイプを前にすると困惑するものだ。
「某に問われても……」
 一人思いに耽っている間に、二人の状況は悪化しているようだ。特に政宗さんからはどす黒いオーラが出ている……気がする。ああ……近づきたくない。
「テメェが知らなきゃ誰が知ってるんだよ」
「そ、そのような事は……」
「Say no more. もういい」
 さっさと行け、とばかりに片手を軽く動かして追いやる仕草をする。何処までいっても暴君気質な政宗さんに溜息を漏らしながら、追いやられた真田さんの代わりに近づいた。
「Wait! 聞きてぇ事がある」
 こちらを見ずに声だけ上げる政宗さん。これじゃ……苦情が殺到しても致し方ない。
「お前は……」
 続く言葉はこうだろう。
 お前はが何者だか知ってるか?
「とっても、難しい質問ですよ。それは」
 問いかけの途中で苦笑混じりに言葉を紡げば、政宗さんが勢い良く振り返った。
「…………か?」
「私じゃなければ、私は一体誰ですか」
「Sorryまぁ座れよ」
「言われずとも」
 よっこらせ。と声を掛けながら腰を下ろせば、婆くせぇと罵られた。一体誰のせいでこんな状態になってるのか理解してるんだろうか……この人は。
 恨みがましい視線を投げ掛かれば安易に流され、逆に鋭い眼光が投げかけられる。
「分かってるなら話は早ぇ。Who are you?」
 いつかと同じ質問が投げかけられる。
 政宗さんの視線を受け止めながら、私は軽く眼を閉じた。説明するには複雑すぎて……騙すには器量が足りなさすぎる。
 どうしたものか。
「私が自分の事を説明するよりも、政宗さんが聞きたい事を言ってくれた方が楽なんですが」
 考えた末の台詞に、政宗さんは一言okと呟いた。
「お前が西から来たというのは嘘だな?」
「いいえ」
「Ha! もっとましなjokeを言うんだな。西の奴らが怪我を治せるなんて聞いた事もねぇぜ」
 ……そうか……伊達政宗って国際派だったんだっけ。
 悩む私を余所目に、そんなmonsterばっか居てたまるか、と吐き捨てる政宗さん。初っぱなから厄介な事になった。
「西に居たというのは本当です。ただ……何百年も先の、ですが」
「What? 詳しく説明しろ」
 また難しい注文を。
「簡潔に言えば、未来から来ました。今よりも500年程先の未来が私の居た世界です」
「信じ難ぇな」
「信じる信じないは政宗さんの勝手ですけど、真実ですよ。その世界で私はある機関に所属してました。その機関に、私のような治癒の力を扱える人達が居るんです」
 間違った事は言ってない。
「その機関ってのは何だ?」
 ……これこそどうやって説明しろと。会社という概念はこの時代に無い訳だし……何より……。人様に説明出来るような事じゃないのも確かだ。
「……この時代で言う……隠密……みたいなものですかね?」
 普通に生きる人には知られる事なく。
「隠密……ねぇ……。が戦になれてるのもそのせいか?」
 迷った挙げ句、私はyesと言葉を紡ぐ。
「妙な技を使うのも?」
 頷きを一つ。
「ならばこれで最後だ。何故、此処、に来た?」
 息が詰まった。
 何故この人は、私の心を見透かしたような質問ばかり投げかけてくるのだろう。前も、今も……そしてきっとこれからも……。
 私の知りたい答え。
 私の知るべき答え。
「それは…………」
 どう言えばいいのか分からない。言葉に詰まる私を急かすわけでもなく、ただ黙って次を待つ政宗さん。今だけは彼の優しさに甘えてしまっても、怒られないだろう。
 ゆっくりと間違えないように、言葉を選んで。
「……きっと、よばれた」
 誰になんて分からない。自分のミスで落ちたのかもしれない。でも……あの時確かに感じた縋るような強い力は、思い違いではないだろう。
「Invited? 誰に?」
「分からない。でも……私は必要とされたからここにいるんだと思う」
 言葉にしてようやく実感が沸いた。
 私がここに居るのは大きな力が働いたから。その源は特定の個人かもしれないし、大衆の願いかもしれない。今はまだ特定することは出来ないけれど、いつか理由が与えられる日が来る。その時の為に今私がするべき事、成すべき事を念頭に置かなくては。
「政宗さん、私も一つ聞きたい事があるんですけど」
「What's up? 別に構わねぇが」
 ずっと気になっていた。でも……今なら聞けるかもしれない。
「政宗さんは……その、今……どう思ってます?」
 主語を述べない私に普段見せる不敵な笑みを浮かべた後で、政宗さんは悪かねぇよ。と一言言った。またいつもの攻撃的な台詞が来るかと思ったのに……これは誤算だ。
 頭の回転がいい人は……これだから、困る。
「なぁ、お前はさっき別の世界から来たと言ったが……その世界じゃお前の力はどんなもんなんだ?」
 話題転換を図ってくれたのか、唐突に話を振ってくる。
「そうですねぇ……ここで発揮出来てるのは二割くらいですから……どうなんでしょうねぇ……」
「ほぉーう……二割ねぇ」
 何故か酷く嬉しそうな顔をする政宗さん。
 うわ……今凄く嫌な予感がした。
「俺が全力でいったら、の力も引き出せるんだろうなぁ……surely」
 付け足しのように言われた、きっと。という言葉に血の気が引く。この間の手合わせだって怪我こそしなかったものの、数日間筋肉痛に殺されたというのに。手加減無しでやられたら……考えるだけでも恐ろしい。むしろ想像すらしたくない。
 隣で青い顔をしている私に更に投げかけられる追い打ち。
「俺はもっとお前の事が知りてぇんだよ……you see?」
 いや、分かりたくもないんですけど。
 てかにじり寄って来ないで欲しい。身を乗り出すようにして近づいてくる政宗さんから離れるべく、腰を浮かせば片腕を拘束される。掴まれた部分から伝わってくる熱に、眩暈がした。
「顔が赤いぜ……
「……っ、放して……下さい、よ」
「Ha! 放せと言われて放す馬鹿が何処にいる」
 更に詰まる距離に冷や汗が垂れた。なんとかしてこの状況を打破しなくてはと思うのに、体が思うように動かない。
 楽しげな色を宿す独眼。向けられる感情の強さに、流されそうになる。
……kissしていいか」
 ゆっくりと近づいてくる端正な顔。
「……いや……で、す」
「なら、逃げろ」
 息が掛かる程の近さで紡がれる言葉。
 拘束されている腕が、触れられている頬が……発火するように熱い。
 ゆっくりと、確実に縮まってくる距離に思わず目を閉じた。
「まぁぁぁさむねどのぉぉぉお!! 思い出したでござるぅぅ!!」
 突如聞こえた大声。
 私が目を見開くと同時に、shit! という政宗さんの声が聞こえた。
殿はっ!! っと……殿?」
 依然掴まれたままの腕と、私を交互に見ながら段々と赤くなっていく真田さんの顔。ああ……きっとあの言葉が出るな、と思った矢先。
「はっ……破廉恥であるぞーー!!」
 聞こえた声と共に、近くで何かが切れる音が聞こえた。
 もしかしなくても……。
「Ok、今すぐ殺してやるから表に出ろ」
「なっ?!」
「Let's party! Ya-ha!」
 六刀を構え真田さんの方へと歩み寄っていく政宗さん。
「ま、待った! 某は……っ!」
「戦に待ったなんて無ぇんだよ。その無い脳みそに刻み込んでおけ、understand?」
「ぎゃあああああぁぁぁ」
 逃げる者と追う者。ドップラー効果のように木霊する声に合掌しながら、当面確保された己の安全を維持すべくその場を後にした。

 やっぱり……あの人は天敵だ。

 end

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