人間とは慣れる生き物である。
 そんな事言われたって、無理なものは無理だし。と思っていたのはいつまでだったか。郷に入っては郷に従え。なんて言葉もあるように、人というのは考えている以上に適応性の高い種族なのだ。
 夏の終わりにこの妙な世界に紛れ込んで、早数ヶ月。色鮮やかだった景色はモノトーンへと変化し、静謐な時を刻んでいる。
 こちらへ来てしまった時に発生した時空の歪みを捉えようと試みても、結果は思わしくない。人気の居ない部屋で詰めた息を吐きながら虚空を仰げば、途端に疲労が押し寄せてくる。私自身の力不足ゆえに捉える事が出来ないのか、戦国時代と言い切るには異質すぎるこの世界に問題があるのか。
 どちらにせよ……また、失敗した。
 使いこなせない力に苛立っても、どうなるわけでもないし。諦めるしかないのに、諦めきれない現状に苛立ちは募るばかり。今頃皆はどうしているだろうか。心配してるだろうか?この世界と時間の流れは同じなのだろうか? 解明出来ない謎は、まるで外界を支配する雪のように降り積もる。
「……おもい、なぁ……」
 窓の外に広がる景色を一瞥して布団に潜り込んだ。
 早く春が来て、この白い世界を溶かしてしまえばいい。
 そう遠くない未来に思いを馳せながら瞼を閉じる。
 夢は、見なかった。

………………! 起きて!」
 真横で発生する騒音と、船酔いのような感覚を味わいながら無理矢理脳を覚醒させれば。
「んもうっ! 遅いんだから!」
「朝早くから……なぁにぃ……? 寝させてよ……」
「あっ、ちょ……!」
 何故か慌てた様子のかすがさんは、二度目を試みた私の掛け布団を剥がすという強硬手段に出た。さすがにこの寒さの中で布団が無いのでは眠る事すら出来ない。これだから忍は……などと自分でも良く分からない事を考えながら上体を起こせば、今度は無理矢理窓辺へと引きずられる。
も早く着替えて!」
 眼下を指しながら私を急かすかすがさん。
「嫌よぉ……寒いし…………げっ!」
 思わず指された方向を追ってしまったのが運の尽き。
「…………まさか? ……だよね?」
「何が?」
「今日は部屋でのんびりだよね?」
「何言ってるの!」
 謙信様だっていらっしゃるんだから! と違う方向から熱く攻めてくるかすがさんへの応対が、逃げ腰になってしまうのは当然だろう。
 というか、忘れてませんか? 私数日前まで寝込んでたんですよ???  そんな病人引きずって…………冗談でも雪合戦なんてやらないよね?
「早くしないと間に合わないよ!」
 間に合わなくて全然結構。皆様だけで楽しんでください。
「優勝したら凄く良いものがもらえるんだから!」
 まるで私の心を読んだかのようなかすがさんの追い打ちに、思わず出かかった否定の単語を呑み込んだ。
 凄く良いもの。漠然としすぎている単語なのに、こんなにも心が惹かれるのは何故だろう。これが日本語の罠というものなのだろうか。
「……今回だけだからね」
 上手くのせられた感があるが、言った手前やるしかない。
 はしゃぐかすがさんを横目に、妙なゲームに参加すべく支度を始めた。

「で、結局こうなる訳……」
 現地に着いたらかすがさんは即座に謙信公の元へと去ってしまうし……。武田の人達と伊達の人達に分かれて勝負を競っているし。
 私こなくても良かったんじゃない?
 着ぶくれして雪だるまのようになってまで、ここに来たことの意味は一体……。やはり上手く騙されたのだろうか。
「Hey!!!  Come on!」
 向けられた英語に視線を移動すれば、六爪を構えた状態でこちらに手招きをしている政宗さんの姿。それって……挑発のポーズじゃなかったでしたっけ……?
「政宗殿!! 卑怯でござる! 殿は某の方へっ!!」
「Ah-han? 何ほざいてンだ小童が!」
「こ……いいましたな政宗殿……この幸村、全力でお相手致す!!」
「やれるもんならやってみな!」
 人に話題ふっといて、自分らの世界に入っちゃうってどうなのよ。
 二人が放つ殺気のせいで険悪になる空気を、なんとか押さえ込もうとしている佐助さんの姿が涙ぐましい。
「幸村よ! 負けるでないぞ!」
「見ていてくだされ、お館様ぁぁぁぁ!!」
 ……大将ってこんなノリでいいんだっけ?
 ああ……幸村さんの放った技が佐助さんにクリーンヒットしてる。これこそが真の中間管理職か。私の上司があんなだったら、速攻会社辞めてるわ……。
「あれ……」
 目の前を通り過ぎる剛速球を見送りながらふと思う。
 確かかすがさんは雪合戦には商品があるみたいな事を言ってなかっただろうか?
「信玄公は、武田軍として参戦してるし……。政宗さん達は言わずもがなだし」
 では、凄くいいもの。は誰がくれるのだろうか?
「もしかして謙信公が……??」
 疑問を解決すべく姿を探してみても、捉える事はできない。一瞬背景に同化しているのかも。と考えたが、側にはかすがさんが居るはずだから……。
「あー……もしかして」
 邪魔者は排除するってやつ?
 城の中でいちゃいちゃしたいから外に出された? いや、でも部屋から出る予定なかったし……謙信公達とは部屋も離れてるし。
 原因と決めるには少しばかり心許ない。
 では何故ここに呼ばれたのだろうか?
、何を突っ立っておるのだ! 早く行って参れ!」
「は?」
「楽しまなくては損だぞ!」
「私は、ちょっと…………ぶほっ!」
 人の言い分も聞きもせず、力一杯背中を押すから白い球が飛び交う空間に立ち入ってしまった。急な出来事についていけてないのに、左右から迫ってくる雪を避けられるはずもなく。
「あ」
 わざとじゃない事くらい分かってるけど、理性と本能は別物だって良く言うでしょ? 不慮の事故とはいえ、人の顔面に雪を当てて謝罪が無いってどういう事かしら?
「上司の責任は、部下の責任…………」
 胃を痛める中間管理職の気分を少しでも味わって頂こう。
「幸村さーん」
「なんでござるか! 殿!」
 自分がした事を覚えていないかのように、軽やかな足取りでこちらに向かってくる幸村さんに満面の笑みを浮かべつつ、右手の中にある白い塊を力一杯握る。
「どうなさった?」
 十二分に威力を発揮出来る射程に入った事を確認し、私は始まりとなる言葉を紡いだ。
「幸村さん」
「ん?」
「歯ぁ食いしばれ?」
「!? ど…………ぐはっ!」
 握り込んだ雪の塊は通常よりも数倍の強度を持って襲いかかる。私の攻撃を受けて背後に倒れる幸村さんの姿に、周りが一斉に静まりかえる。
「や、やりましたな……!」
 今度は負けませぬ! と勢い良く立ち上がりながら言う幸村さんは、戦場にいう時のような楽しげな雰囲気を纏っていて、つい身構えてしまう。
「やられたらやり返せ。これ常識」
 不敵に笑う幸村さんに負けじと口角をつり上げれば、それが第二戦の合図となった。
 縦横無尽に飛び交う雪の球。辺りに響く罵りあいの声。決して良い状況じゃないのに、誰もが楽しそうなのは童心に返っているからだろうか?
 冬場は寒いし、雪降ったら交通の便は悪くなるし、今だってあまり好きではないけれど。たまには……こういうのも良いかもしれない。
「ちょっと、顔面狙うのは反則でしょ!?」
、もたもたすんな、You see?」
「そんな事言ったって!」
「ずるいですぞ、政宗殿!! いつのまに殿を引き込んだのだ!」
 幸村さんと政宗さんの恒例となってしまった一方的な会話を聞きながら、雪に手を伸ばした。
 結局追い出された理由は分からず終いだったけど……まぁ、いいか。

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