俺の罪はお前を信じ切れなかったことなのかもしれない。 ーそして俺は、…闇に落ちた。
「ご機嫌うるわしゅう、ティアナ王女」
「うれしいですわ。レムオン様にお会いできて」 さらり、と俺は笑ってみせた。愛しい人の前で、笑ってみせる方法はもうずっと前に取得してい る。 「結婚を控えた女性の言葉とは思えぬな。」 「誰が結婚などするものですか!」 そう言って、かの人は怒ったように言った。何度も気づかされるその、真実。 あなたはきっと、好きでなければ笑って答えるだろうに。 「うれしいですわ。レムオン様にお会いできて」 そう、俺に微笑みかけるように。想えば想うほど、気づかされる真実。 あなたは俺の真実には、けっして気づくことはないけれど。 「…むきになるな。からかっただけだ」 反射的に出る言葉を吐き出し終えた時、リディアが目の端に映った。 息を、飲んだ。
「いつ、気づいたのだ」 どうやって帰ってきたかさえ覚えていない。ひどく不安定になっていることを自覚していた。 「…何がですか」 「とぼけるな」 見間違いではない。見間違える筈などない。 笑って喋っていた俺を、ひどく心配そうに見ていたのだ。 慌ててかの人の顔をみたが、いつもと少しも変らなかった。ちゃんと、俺は笑っていたはずだ。 なのに、 「何故あんな顔をしていたと聞いている!!」 「……別に、」 戸惑ったように言葉を濁らせた。そのくせ、何かを探すように俺を見るのだ。 「何か言ったらどうだ!!」 何もかもが気に入らなくて、机を大きく叩いた。 「初めから、です。お義兄さま」 観念したように小さく息をつく。 「初めからだと?!」 「お義兄さまが、私を同行される意味を考えたときに」 短い答え。 「義妹を同行させることなど、不思議でも何でもないだろう?!」 「そして、」 静かに続けた。 「ティアナさまのお気持ちをあなたが察したように、です。お義兄様」
笑ってみせた彼女は、本当に笑っていたのだろうか。 揺れる闇の中で思い出すのはひどく不安定な、そして鮮明なことばかりだ。 リディア。お前の言葉を忘れることなど、出来ない。
「私は世界を知っています。お義兄様」 いつもひどく真剣な顔で、何度も、何度もそう言った。 「私は、世界を知っています」 その、広さを。あなたが知っている世界は広くて、狭い。 暗に語られる、その意味。だが、俺は気づくことはなかった。 「知ったようなことを言うのだな。世界など、見え方は違っていてもあるものは同じだ」 ダルケニスであるということがそのことを深く刻み込ませていた。 誰が、俺を受け入れるというのだろう。この異形の者を。 「あるものは同じでも、『ある』ことに気づかぬ場合もあります」 あの時の強く、そして悲しげなお前に気づいていたら、 俺は救われたのだろうか。
「…出て行ってくれ」 思えば、あの言葉こそが絶望の始まりだったのかもしれない。
ツェラシェルの術にかかり、ダルケニスとしての姿をさらした。 正気に戻してくれていたのは、リディア。お前だった。 「大丈夫ですか、お義兄さま」 泣きそうな、その声。 「お願い、死なないで…」 ひどく悲しげなその声を慰めようとして、手を伸ばした。 「レムオン…!」 懸命に俺の手を握り、涙が俺の頬を伝った。 「…見たのか」 うっすらと目を開けた時、安堵したように俺を見るお前がいた。 その中に嫌悪や畏怖はまるでなかったというのに。 「…出て行ってくれ」 もう、何もかもを失ったと思った。 「聞こえないのか、出て行けといっているんだ!!」 強い口調で言う私に、びくりと体をすくませて彼女は去った。
「愛しています」 結局、告げられることはなかった言葉。 けれど、俺は知っていた。お前を、ずっと感じていたのというのに。 『信じる』ということは何と難しいものだろう。
今、闇に落ちて想う。
光は、自分の中にあったのかもしれない。 お前は俺を愛してくれていた。とても、とても深く。 「世界は広い」 リディア。お前の存在がその答え。 拒絶されるのを恐れ、突き放した俺の世界は、とても狭かったのだろう。 深く愛していると、ひどく弱くなる性質。 いつの頃からか、リディア。お前を深く深く愛していた。 例え、一瞬でも拒絶されるのが耐え切れぬ程にー。
「世界は広いです。お義兄さま」 気づいて、その意味に。私はあなたが愛しい。 ダルケニスでも、貴族でもなく。 レムオン。あなたが、愛しい。
闇の中で聞こえたあの声は、 幻ではないのだろう。
俺の絶望は自分はダルケニスということでもなく。 かの人への想いが叶わなかったことでもなく。 お前を信じることの出来なかった、自分への絶望だったのかもしれない。
願わくは、俺を殺しにくるのが、リディア。 お前であるように。
ただひたすらにお前が、愛しいー。 |