「貴様、いい加減にしろ!!」朝っぱらからレムオンの怒号が響いた。
その現場はアリアの私室。
そしてまたやっぱりというかなんというかそこにはゼネテスの姿が… ………。
部屋の主のアリアはおろおろとして、険悪な空気を撒き散らかしてく れる二人を交互に見た。
その目は明らかに「朝っぱらからけんかしないでよう」といっている が二人ともそれに気がつかない。
抜け出そうにも自分の足が全く持っていう事を聞いてくれない。
「ああああ、ケリュネイアやオルファウス様みたいにテレポートできれば」
とは思ったけれど、まあ思ったところで事態が良く悪くなるわけではなく…………返って悪化したようだ。
「兄様…………」
恐る恐るレムオンに声をかけたが…………だめだ。怒りで完全に我を 失っている。
「ゼネテス…………?」
「アリアはちょっと離れてたほうが良いぜ」
だめだ。ゼネテスも剣を交える気まんたんで、剣を鞘からぬいていた。
「今日こそ決着をつけてくれる!」
いつもいつも、妹に言い寄りおって!
「そりゃこっちのセリフだ!」
いつもいつも、独占しやがって!!
「妹は婚儀を控える身!男を私室に招きいれたなどと噂立てられては 困るのだ!!!」
「は?」
レムオンのこのセリフにゼネテスは七竜剣を取り落とし、まじまじと レムオンを見た。本人のアリアに至っては、予想だにしない言葉に茫然 自失。桃色の髪は真っ白に色が抜けていた。
「どういう事だ!!」
ゼネテスはレムオンの胸座をつかみ上げた。
それを鬱陶しそうに振り払い、服装を正すレムオン。
「そのままの意味だが!妹ももう十八、やや遅いぐらいだ!」
アリアにはぴんときた。
結婚うんぬんはレムオンの口からでまかせだと。
レムオンを見、それからゼネテスを見た。ゼネテスは気づいているの だろうか?
「相手は誰だ?」
唸るようにして呟くゼネテス。
さあ困ったのはレムオン。
生半可な相手ではアリアにはつりあわず、ロストールの貴族ではファ ーロスのどら息子に取り消されるに決まっている。まあ能無し貴族ども に妹をやりたくもないが。アリアにつりあい、なおかつファーロスの息 がかからない独自のところ…………といったらもう数が限られる。
ディンガルだ。そこしかない。
しかし、少し前獅子帝はどこかへ出たという。ディンガルを引き継い だ皇帝は若い女性だ。いくらアリアが女性に懐かれていてもそれはまず いだろう。
ああ、宰相がいたな。歳もまだ若い。結婚もしていないはずだ。確か 名前は…………。
「ベルゼーヴァ卿だ」
灰色の脳細胞がフル回転。その一言をたたき出すまでに0,何秒とい う世界だ。
そして、その一言にアリアは壁とお友達になった。
いっそめり込んでシャロームのようになりたかったと思う。
呆然としたゼネテス。
嫌な予感がする。とてつもなくいやーな予感がする!大体私の結婚だ から、もちろんあの人達も来るわけで…………波乱が起こらないほうが おかしいわ!!
「あううううううう」
アリアは頭痛を引き起こすような未来に、壁に縋りつきさめざめと泣 いた。
それから時は無常にも流れてゆきあっという間に二週間。
その間にベルゼーヴァと口裏を合わせる作戦立てたり、仲間に手紙を 出したりとてんてこ舞いのアリア。
げっそり。
その言葉がぴったり合うほどやつれ果てている。
ふらふら歩く彼女を見かねてあの堅物のベルゼーヴァが手を差し伸べ たほど。
「嫌なら途中で逃げ出して構わないが」
「ち、違うのベルゼーヴァ。そうじゃなくてさ、ほら、えっと」
なんていえばいいのかなー、と首をかしげてみせた。
「ベルゼーヴァに悪い事しちゃったなあって思ったの。うちの馬鹿げ た事件に引きずりまわされてさ、挙句に結婚までさせられちゃうんだよ」
「私は、構わないが」
それこそ好きな相手と添い遂げられるならそれこそ本望というやつでは ないだろうか。
「ありがとう、そう言ってもらえると楽だわ」
げっそりとしていた表情に、いくらか明るさが戻ってくる。
「それでね、私の事いつ離縁してくれても構わないからね。第二婦人 だってぜんぜんオッケーだから」
「君はぜんぜん分かっていないようだな。私は君以外の女性を娶る気 は全くない」
かあっとアリアの顔が赤くなる。
「え、それって…………どういう…………」
皆まで言わせてもらえずその腕に抱きとめられた。
「君にはつくづく手を焼かされる。先の言葉だけで理解して欲しい」
「あ、えっと、あの…………これからもいっぱい迷惑かけちゃうと思 うよ?トラブルだって、わけ分からないのだっていっぱい呼び寄せちゃ うと思うよ?それでも、お嫁さんにしてくれるの?」
「人生にはいくぶん冒険がないとつまらないといっていたのは君だろ う。ぜひとも君をわが国に迎えたい」
アリアの本音としては妻として…………といって欲しかったが、あの ベルゼーヴァがここまで言葉にしてくれたのにこれ以上ねだっては罰が 当たる。
「あ、わ、私をベルゼーヴァのお嫁さんにしてください」
返事もなかった。頷く事もなかった。ただ、抱きしめる腕に力がこも った。彼女には、それで十分だった。
それは式の始まる二時間前の事だった。
レムオンに手をひかれながらバージンロードを歩くアリア。
白いウェディングドレスを着た彼女は不思議なきれいさがあった。
仲間たちはそろいもそろって息を呑んだ。
レムオンにですら動揺させた本人はと言うと、内心逃げ出したいのを 必死で堪えていた。
「あうー、なんか怖いよう」
一歩一歩踏み出すたびに周りの空気が一度ずつ下がっている気がする。
目だけ動かし前を見てみると…………えらい事になっていた。
「うあ、やーなオーラに埋め尽くされてるー」
あまりの怖さにちょっとばっかり泣きそうになった。ベルゼーヴァがああまで言ってくれて、気分も浮いていたというのにさすがにここまで来ると。
それをどう誤解したのかレムオンが声をかけた。
「嫌なら、婚姻を取りやめても構わんぞ」
「私をお空に放して下さい!」
とはアリアの心の声。別にベルゼーヴァとの結婚が嫌なのではなくて、
この満ち満ちたいやーな空気が…………。
状況がわかっているゼネテスは敵意まんたんな視線をレムオンに送り、
全く知らないセラとエルファスは恨みがましい視線をアリアに向けた。
アンギルダンは怒りを込めた視線をベルゼーヴァに叩きつけた。それ は娘や孫娘を盗られる父親や祖父といったものだ。
オルファウスはどういうつもりか始終ニコニコと微笑んでいた。
ついにベルゼーヴァの前に立った。
そして式が始まろうとしたその時!
「その婚姻は認められぬ」
ネメアが空間転移してきた。
「ね、ネメア様!?」
驚くアリア。対照的にベルゼーヴァは困ったような顔を見せた。
「アリアは私と一緒にきてもらう」
とことんわが道進む勇者様は、勝手に宣言するとアリアを拉致ろうと したが、それを黙って見ているような連中ではなかった。
「もう見てられねえ!!」
荒い声を上げて立ち上がったのはゼネテス。
「政略結婚なんて何が何でも潰してやる!!」
ゼネテスの一言に皆顔色を変えて立ち上がった。
「ベルゼーヴァ、一体どういうことかしら」
ゆらりと立ち上がるザギヴ。
「こっちにこい!」
セラに強く腕をひかれ眉をひそめるアリア。
「ベルゼーヴァ、見損なったぞ!!」
教会にアンギルダンの怒号が響き渡った。
「女の子を道具にするなんて信じられない!」
タナトスエッジで確実に仕留めようとするルルアンタ。その手には石 化剣が握られていた。
「彼女は僕にとって最後の光なんだ」
失うものか!エルファスは、殺意を込めてベルゼーヴァを睨んだ。
「アリア、こっちだ」
セラから取るようにして、再びネメアの腕の中。
「感心しませんねえ、花嫁をさらうのは」
「邪魔立てするのなら容赦はしない」
「おやおや、私としても彼女をさらわれるわけにはいかないんですよ。 私の永遠の時間に付き合ってくれそうな彼女を、ね」
不穏な空気は一気に暴発した。
「ベルゼーヴァ!!」
手を伸ばしたが人に流されるように引き離される。
やっぱり、やっぱりこうなったか。
涙を流すアリア。
花嫁を巡る反乱はしばらく収まりそうになかった。
「助けて、ベルゼーヴァ!!!」
アリアはめいっぱい、腕を伸ばした。
「あ、あ、あ……」
アリアは目を開けた。
ぼんやりした頭が、さっきのは全て夢だったのだと叩き出した。
「なんて、恥ずかしい夢」
頬が染まる。
ベルゼーヴァにあんな事まで言わせて、結婚式の時には皆から盗りあ いしてもらう夢なんて。なんて恥ずかしくて都合のいい夢。
しばらくすると頭もはっきりしてきて、ここがロストールの私室では ないと理解する。もちろん宿なんかでもない事はすぐわかった。
一度ごろりと寝返りを打つ。
「!!!!!」
整った顔立ちがアリアの視界に飛び込んできた。
「目が、覚めたか?」
ひやりとする指先が彼女の頬に触れた。
「あ、あの、これは」
「ああ、何もやましい事はしていない」
かあっとアリアの顔が真っ赤に染まった。
「婚前交渉しても構わないが、君の兄がうるさいだろう」
これぐらいは許して欲しいと、アリアのまぶたに口付けた。
あまりの事にアリアの頭がついて来ない。
口をパクパク動かすだけだ。
「式は親しい人間と、身内で構わないな?」
どこから夢か。
「君の友人は全て呼ぶが?」
どこまで夢か。
「全く君の兄は本当に面白い事をしてくれる」
それは誰にも分からない。
ただアリアの「夢なら覚めて!!!!」と言う悲鳴がディンガル城に 響いたとか響かなかったとか。
そしてまた、結婚式は案の定盛大かつ壮絶な戦争となったのは公衆の 秘密である。