「アキュリュースで随分と活躍したそうだな」
 兄のその言葉に体が強張る。
「どうした?」
「いえ、なんでも…ありません」
 どうにかしてこの話題を終わらせたかった。しかし脳に霧がかかったように何も考えられず話題をふる事さえ出来ない。
 ただ、手が小刻みに震えてくる事だけが理解出来た。
 あの時の嘔吐感が込み上げてくる。
 助けて。
「……」
 レムオンが険しい表情を作る。手が震えているのに気付いてしまったようだ。
「そういえば剣が1本無いな」
 剣聖の称号を得てからずっと腰には2本の剣を下げていた。
 例えなまくらでも買っておくべきだった。これでは余計に兄の不信感を煽るばかりではないか。
もし、あの事に触れられでもしたら……。
 仮にも奴等はエリス王妃の密偵だ。死の原因に不信感を持って調べていてもおかしくはない。
 もしかしたら、事の真相をすでに掴まれているのかもしれない。
 真相が、兄の耳に入ったら…………。
「あ…その、折れて、しまって」
 我ながら苦しい言い訳だ。
「準備は万全にしておけ、と前に俺は云わなかったか」
「すみません」
 真実を知られたくなくて無意識に下を向く。
 レムオンが立ち上がる気配がした。

 近くに来ないで。
 これ以上話しかけないで。
 何かの糸が切れてしまいそう。
 突然顎に手をかけられ強制的に上を向く形になる。
「…っ」
「顔が青いな」
 顎を固定されている為視線を逸らす事も出来ない。
 その瞳に見据えられると何もかもを話したくなってしまう。
 この罪、を口に出してしまいたくなる。
 …冷たい手
 イークレムンも冷たい手をしていた…。
「おい!」
 知らず知らずのうちに泣いていた。
 レムオンが狼狽えているのが判る。
「ご、めんな…さい…」
 頬を伝う涙は暖かい。その温度は血に似ている。
 殺してやる。と云われれば開き直る事も出来ただろう。
 剣を向けられたら自分を正当化する事も出来ただろう。
 絶対に知られてはいけない。この身に染み付いた「罪」を。消す事の出来ない「赤」を。

「わ、私……っ!」
 喋ってしまいたい。楽になりたい。そんな衝動が襲い掛かってくる。
 知ってか知らずかレムオンは私をその胸に抱き締めた。
「何があったのかは知らんが、貴様はまだ未熟者だ、後悔をするには早すぎる。後悔をする前に今自分に出来る事をするのが貴様が奪った命への最低限の敬意だろう」
「けい、い…?」
「そうだ。今の貴様の行為は貴様が奪った命への冒涜にしかならん。後ろを振り返る暇があるならこれからの事を考えろ。奪った命の尊さをその身に刻んで生きろ。それが戦場に出るものの掟だ」

 …生きろ、とアナタが云うのね。
 この私に、罪を背負って生きろ、と、他ならぬアナタ、が。
「兄…さま……わ、たし…」
 言葉を紡ぐと共によりいっそう強く抱き締められた。
「告白は聞いてやらんぞ喋れば貴様は楽になるからな」
 こくり、と頷く。
 ぽん、と頭に置かれた手からレムオンの温もりが伝わってくる。
 暖かい…。こんなに人って暖かいものだったんだ。
 そう思ったら止まりかけていた涙がまた溢れ出した。
 ごめん、兄さま。服汚しちゃうね。
 だけどもう少しだけこうさせていて。

 私は、死なない。
 生きて生きて生き抜いて、いつか私が殺した人達に認めさせてやる。仕方がないね。って云わせてやる。私の手にかかった事を自慢出来るくらいに。
 それが購い。もう引き返せない所まで来てしまった私が出来る唯一の事。
 見てなさい、私はなんとしても助けてみせる。
 彼を、レムオンを…。ファナティックの呪縛なんか退けてやるわ。

 …そしていつか私がアナタ達と同じ所へ行ったら、その時は笑ってやって。

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