久しぶりのリューガ邸。帰るといつもの様にセバスチャンが出迎えてくれる。
「お帰りなさいませリディア様」
「ただいまセバスチャンさん、今日はレムオン兄さまはいらっしゃるのかしら?」
すでに決まり文句のようになってしまったこの応答にセバスチャンは微笑む。
リディアが帰って来るとレムオンの機嫌が良くなるのを知っているのだ。
あの頑な当主が妹といる時だけは穏やかな顔をする。良い傾向だ。いっそうの事毎日でも居てくれたら良いのに、と願ってしまう。
「はい、お部屋の方にいらっしゃいますよ」
ありがとう、と云って少し早足で歩いていくリディアを心密かにセバスチャンは応援している。兄の部屋に入る時はいつも緊張してしまう。いつまでたっても慣れないものね、と1人苦笑を漏らしてみたり。その「緊張」の理由に気付いていないのはおそらくこの2人だけ。
コンコン、とノックをするとあの冷たい声が返ってきた。
「ただいま帰りました、兄さま」
「ああ。そんな所に立っていないで入って来たらどうだ」
今迄読んでいただろう本を机に置きこちらに歩いてこようとする。
兄の足を煩わせる訳にはいかない。と咄嗟に判断し、リディアはドアを後ろ手に閉め兄の元へと駆け寄った。
「………」
何か変な事をしてしまったのだろうか?
いつもと違う兄の様子にリディアは戸惑いの色を隠せない。
ゼネテスとも全然会ってないし…大丈夫なはず…なんだけど……
「おい」
「はい!?」
いきなり思考中に話し掛けられて素頓狂な声を上げてしまった。不覚。
「それは何だ」
兄の視線の先は私の腰に下げたダブルブレードに注がれている。
「あ、これはですね。レーグを倒して(一応)スキルを獲得したんですよ〜」
えへへ、とはにかみながら云うリディア。だがレムオンの視線はまだ冷たいままだ。
突如、手を引かれてリディアはバランスを崩しそうになった。
「レ…レムオン兄さま……?」
レムオンはじっとリディアの手を見つめている。
恥ずかしい…顔に血が上っていくのを感じる。おそらく耳まで真っ赤であろう。
兄の行動が理解出来ずにただ狼狽する事しか出来ない。
「……綺麗なものだな」
綺麗、という言葉に過剰反応してしまう自分が情けない。
だがその言葉が自分に向けられたという事実が嬉しいのも確かであって…
「あ…あの…普段は魔法を主流に使ってるので…剣はあまり持たないんです」
兄の顔を直視できず俯き加減で話す。真っ赤になっている自分の顔を見られたくない。
「…ならば何故ダブルブレードを取得したのだ」
怒ってる…?予想外に冷たい声。心臓が、痛い…。
レムオン兄さまとお揃いになりたくて…なんて云ったら『馬鹿者!』って怒鳴られるのは目に見えている。確かに中途半端な気持ちで取得したのは確かだ。……どうしよう。
「どうした」
レムオンの言葉にびくっ、と体を震わせ恐る恐るリディアは兄の顔を見た。
その目には涙さえ溜っている。
「な、なんだ。別に俺は怒っている訳では無い。…魔法を主流にしているのならばその…邪魔なのではないか」
兄さまが狼狽えている。良かった…怒っているんじゃないんだ…
「えっと…魔力が尽きた時の為にと思って……それに……」
「何だ?」
「レムオン兄さまに少しでも近付けたらな……なんて…」
聞こえるか聞こえないかくらいの声でリディアは呟く。
だがレムオンにはしっかり聞こえていたらしい。
「……まあ頑張る事だ」
見上げた兄の顔にうっすらと赤みがさしているのは見間違いではあるまい。
「あ、レムオン兄さま、もしかして気にしてくれたの?」
「……俺はただ貴族の娘らしからぬ手になったら困ると思っただけだ。貴様の素性がばれるやもしれぬ」
一見冷たそうに聞こえる言葉だけどそれは彼の照れ隠しという事に気付いてしまった私。
「えへへ、お兄さまったら素直じゃないんだから」
勢いにまかせてレムオンの手を握る。一瞬レムオンは目を見開いたが重ねられた手を振払おうとはしなかった。
「そろそろ夕食が出来ている頃だ、行くぞ」
半ば引きずる形でリディアを連れて行く。
はい!と笑顔で答えてリディアは愛しい兄の後に続いた。
重ねられた手の温もりに酔いしれていたのはおそらくリディアだけではあるまい。