思いがけない。とか、ありえない。という言葉はあまり好きではない。予測不可能な出来事を楽観視出来る時期はもう過ぎた。これからは慎重に、馬鹿になるくらい慎重に物事を進めなければならない。
 なのに、何故いつも思い通りにいかないのだろう。私の引いたレールは一体何処にいってしまったのだろう?綿密な計算を重ねて起動修正してきたはずなのに、どうしてこんなにも狂いが生じるのだろう?行いが、悪いというのか?決して私の思惑通りにはいかないと?
 無駄な血を流しすぎたのだろうか?そのツケが今になってきているというのか?
 落胆が大きすぎて、涙も、ため息もでやしない。

 私は、これから……
 私に、これからどうしろと、いうの……?

「これはリディア様お帰りなさいませ」
 時期的に第二次ロストール戦が始まる、と踏んだ私は、全ての依頼を片付け早々にリューガの邸へと足を運んだ。
 帰宅早々慌てたようなセバスチャンの声。自分の感が当たっていたのだ、と安堵すると共に、嫌な予感が頭をよぎる。この展開、どこかで見なかった?確か……カルラが攻めてこようというのに……と。
「カルラが攻めてこようというのに、」
 そうそう、こう続くのだ……。って、待って。
 この台詞このまま続くと…
「レムオン様は貴族のみなさまをまとめ、迎え撃つ軍を出さぬと言っています」
「え?」
 御願い、御願いだから、ちょっとまって。今、この状況で兄さまが軍を出さない理由がないじゃない。ダルケニスの問題だってなんとか解消したのに。どうして…なんで同じなの?頭が混乱して上手く働かない。何故、どうして。その言葉のみが私の頭を埋め尽くす。
「リディア様私は政治のことはよくわかりませんが、レムオン様は間違っていると思います。どうか、リディア様、王宮へ行き、ファーロス総司令をお助けになってください」
 貴族をまとめて、兵を出さないですって?
 そうして、貴方は暗い道を辿るというの?あの、暗く、光のない世界に再び身を浸そうと、そう言うの?
 冗談。
「とりあえず王宮に行って来るわ…。後は御願いね、セバスチャンさん」
「リディア様もお気を付けて」
 行って来ます、と声を返し私は王宮への道を駆け上がった。
 いつもは短く感じるこの距離が今はとてつもなく長く感じる。
 衛兵に用件を話し、広間へと通されると案の定ゼネテスが困ったような顔で待っていた。
「よう、リディア」
「ゼネテス……少しだけ、時間の猶予はあるかしら?」
「ん?まぁ一時間程なら…なんとか、ってことだな」
 十分だわ、と情けないくらい掠れた声で返事を返し、エリス王妃に最敬礼の状態で言葉を紡ぐ。
「真に失礼とは存じますが、一時期御前、失礼致します…」
 必ず一時間以内に戻ってくるから。
 囁きのような言葉を置いて私はテレポートで飛んだ。兄、レムオンがいる場所へと。
 自分でも何故兄の居場所が分かるのか、判らない。でも、分かるのだ。そこに兄は…レムオンは必ずいると。
 ロストール郊外、都市が見渡せるぎりぎりの場所に兄達は居た。
 目の前に現れた私に一瞬戸惑っていたようだけど、そこは貴族。すぐに意味の無い言葉の羅列が飛び交い始める。ああ、煩い。何の力も持たない言葉なんて雑音と同じ。いや、雑音よりも質が悪いかもしれない。
「何故お前がここにいる」
「連れ戻しにきたの」
 このままここにいられたら、困る。と心の中で叫ぶ。いつシャリが来て暗い道に引きずり込むかもしれないのに。私のいない時に、私の知らない所でレムオンを、捕らないで。
「貴様はここにいるべきではない」
「その言葉、そっくりそのままお返しします」
 私の予期せぬ反撃に兄さまの秀麗な顔が険しく歪む。
 睨んだって、怒鳴ったって無駄なんだから。私だって怒っているの、分かってる?兄さま。
「失礼します」
 詠唱無しでスリープの魔法をレムオンにかける。ウルグの魔力があればこそ、な技だ。
「き、さま…………」
 崩れ落ちる兄の体を支えながら、能なしな貴族共に向き合う。
「ノーブル伯よ、何をする!?」
「そうだ、貴様何をしているのか分かっているのか!?」
 自分の考えも言えない愚かな人達。一人では何も出来ないくせに…口だけはよく回るのね。滑稽だわ、そう思いませんか?レムオン兄さま。私はこんな人達の上に兄さまが立つなんて、嫌なんです。兄さまがこんな人達と一括りにされるのが、嫌なんです。
「自分の事くらい、自分で決めなさい」
「何!?」
「あなた達は、これから自分自身がどうするべきかを考えるべきです」
 淡々と、抑揚の無い声で語る私は、まるで別人だなと他人事のように考えていた。
「私は私の成すべき事をするまで」
 束の間の眠りに落ちている兄を抱え、私は来た時と同様テレポートで彼らの前を去った。

「ゼネテス」
 突然兄を抱えて現れた私に言葉が出ないのか、唖然としているゼネテスとエリス王妃。確かにこの光景はありえない事だけど、今呆けられても困る…と私は次の言葉を発する。
「エリエナイ公を牢に」
 魔力を押さえる封印は私がかけるから、と続けると、何故?という返事。
 今こんな所で時間を無駄にする訳にはいかなのに。説明なんてあとでいくらでもしてあげるからどうか今は……。
「ノーブル伯が何を考えているのかは知らぬが、おそらくそれが最良なのであろう。誰か、エリエナイ公を牢へ!」
 予想を裏切って、私を信じてくれたのはエリス王妃だった。
 その事実が嬉しくもあり、こそばゆい。
 レムオンが牢に入れられたのを確認して、魔力とダルケニスとしての力を封じる封印を施す。これで多少の時間は稼げたはずだ。次は急いでディンガルに対抗する為の陣を整えなくてはならない。何故こんなにも慌ただしいのだろうか。少しでいいから休憩が欲しいと愚痴を零しながら、次はゼグナ鉱山のモンスター退治。
 忙しい所じゃない、ハードすぎるにも程がある。一分一秒を争うとは良く言ったものだ。
 ゼグナ鉱山でネメアが次元のはざまに落とされた事をゼネテスに告げ、事態はいよいよ終局へ。
「ゼネテス、御願いがあるの」
「どうした?改まって。お前さんらしくないな」
「奇襲の件なんだけど……」
 私一人に任せてくれない?
 案の定ゼネテスの顔が歪む。怒っているのだと察するのは容易だった。
 確かに戦争で…しかも重要なポジションを一人でやりたい等と言ったら誰だって怒るであろう。下手をすれば全滅の危機なのだから。だから私はこう告げる。秘策があるのだと。そしてそれは一人でなければ出来ない事なのだ、と。これは賭けだ。彼が私という人間をどれだけ評価しているか、どれだけ信頼してくれているか…。
 いやらしいな、と思う。自分をどれだけ信頼しているか試すなんて。
「絶対、なのだろうな?」
「ええ、確実、よ」
「ならば……任せよう」
 涙が、出るかと思った。
 自分で言っておきながらあれだけど…感謝の気持ちで胸がいっぱい。

「いってきます」
 仲間にも告げず、ただ風に乗せて呟く言葉にどれくらいの意味があるのだろう。
 微かに血の臭いが香る平野に独り立つ。
 気付かれては……気付いて、もらわなければ、いけない。
 両手を高々と掲げ、力を収束させる。私をとりまく不穏な空気に気が付いた何人かのディンガル兵が、本陣に走っていく姿が見えた。そう、それでいい。
 囁きともとれる詠唱が終わる頃には、遠巻きながら武器を持ち私を殺す為に駆け寄ってくる数え切れない程の、命。
 ごめんなさい…と声にならない言葉を発し、力を解放する。
「トゥルーダーク………」
 黒い光が辺りを駆け抜け、数多の命を奪いゆく。
 その破壊の力を、彼女も見たはずだ。そしてゼネテスも。
「覚悟をしなさい!私は、ここにいる」
 何の、とは言わない。朗々と語る私はまさしく闇の者。
「次はないわよ」
 自分がここまで言える事に驚きを隠せない。
 知らず知らずの内に闇の力に飲み込まれているのだろうか?黒く、私を慕うように取り巻くこの光は私の心までを侵し始めているのだろうか。

「カルラ様……分が、悪すぎます」
「リディア…いつの間に…………くっ」
 陣営に敵方と思われる女がいるとの報告を聞いて、次に見た光景がこれだ。
 荒れた大地に佇む、敵方の女性。見知っているはずなのに、心がアレは誰だ、と問いかける。彼女は仲間思いで、温厚で。馬鹿が付くくらいのお人好しで…。今、敵として自分の前に立っているのは彼女に良く似た別人か?
 遠く離れているにもかかわらず聞こえてくるその、声。戦慄なまでの美しさをたたえ立ちはだかるその、姿。何もかもが同じなのに、全てが違う。
 心臓が鷲掴みにされるような恐怖。関わってはいけない、あれは……あの者は……。
「カルラ様!」
 何かに引っ張られるように不自然な形で、歩を進めたカルラをアイリーンが後ろから抱きしめる。
「関わってはいけません!あれは、我らの手に余るモノ」
 ヒトが関わってはいけない、モノ。
「部下を、軍隊を自ら御滅ぼしになるつもりですか!?」
 名前を幾度となく叫ばれようやく我に返る。
「あ………た…………退却!」
 振り絞って出した声は掠れていなかっただろうか?ちゃんと指揮官としての役割を果たしたであろうか?
 己の周りに味方がいなくなったのを確認して、帰路につく。
 不意に振り返り、視界に捉えた彼女の周りにもう黒い光は無かった。
 ありがとう……ふと、リディアの声が聞こえたような気がして再度振り返ると、すでに彼女の姿はなく。まるで、幻覚でも見ていたのではないかと馬鹿な事を考えた。

 重い足取りでゼネテスのいるテントをくぐる。
 案の定怒ったような仲間の顔と、困惑気味のゼネテス。
「お疲れさん」
 返ってきた言葉が予想しているのと違ったので、思わず眉間に皺が寄ってしまった。
 兄貴そっくりだ、と力づくで皺をほぐされると、何故か心まで軽くなっていくから不思議だ。
 いつも通りに接してくれるゼネテスの心遣いに胸を打たれながら、ようやく、ただいま。と返事を返した。
「なんだか、疲れちゃった」
 お前さん達は強行軍だったからなぁ、とまさしく他人事のように言うゼネテスにちょっと腹を立てた私はささやかな報復に出る。
 ぽすん、とゼネテスの胸に頭を預け、そっと手を背中に回した。
 顔を見なくても慌てているのが気配で感じられる。ああ、でも安心するね。いつでも陽の下にいるあなたを、知らない間に沢山頼っていたから。こうしていると、とても安心する。
「ちょっとだけ、寝させて」
 しがみついて離れない私を、どう扱ったらいいのか分からずあたふたするゼネテス。
 面白いって言ったら失礼かもしれないけど、からかっている訳じゃないから。それだけは信じてね?確かに初めはからかうつもりだったけど、予想以上に心地が良いんだもの仕方ないじゃない?

 だから、今は少しだけ
 ……陽の下で眠らせて

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