思っていたことがある。以前から疑問には思っていたのだがなかなか聞く機会が無かった、というのが正しい言い方なのだが。何故皆疑問に思わないのかが、私には疑問だ。それとも暗黙の了解?触れてはいけない領域なのだろうか?しかし駄目だと言われればそれをやりたくなるのが人の性。私は意を決して聞いて義兄に聞いてみる事にした。
「ねぇ、レムオン兄さま。エスト兄さまって古代文明の研究をしているのよね?」
「そうだ」
「で、闇の神器関連も調べているのよね?」
今日受け取ったばかりの焦燥の耳飾りを目の前にちらつかせながら私は問う。レムオン兄さまはそれを嫌そうな顔で見つめながらそうだ、と一言言葉を発した。
「じゃあ、じゃあよ?これを手に入れる、または研究する為に洞窟とかダンジョンに赴いている訳よね?」
「そうだ」
「エスト兄さまって魔法とか使えるの?」
「いや」
「剣は……使えないわよね?」
「そうだな」
「じゃあ、じゃあよ?どうや……」
「俺は今忙しい、話なら後にしてくれ」
完全無視、とばかりに卓上に広げられた書類と格闘し始めるレムオン兄さま。私から言わせれば気まずい話題になった為書類に逃げたとしか思えない。やっぱりトップシークレットかなにか?実は凄い力を秘めているとか?実はエスト兄さまにもダルケニスの血が……とか??
気になるわ。
中途半端にされるのが一番気になる。職業柄謎があれば解きたくてしょうがないのだ。今にも手に入りそうなのに、手に入らないこのもどかしさ。やはし本人に聞くしかないのかな?でもレムオン兄さまが避ける話題、という事を考えるとやはり少し怖い。
興味本位で……というあまり宜しくない言葉が私の頭を駆けめぐる。
毒を食らわば皿まで、という心境。たとえ明日の太陽が拝めずとも、頑張るわ、私。
人間死ぬ気にならばなんでも出来るものよ、と私はエスト兄さまの帰りを待ち続けた。それは厚い雲が空を覆う、嫌な感じの天気の日の事だった。
気晴らしに、とスラムまでゼネテスに会いに行こうと思ったら、行く途中に何かを発見。まさしく「何か」としかいいようがない「元、何か」自分の中でモザイクをかけつつ酒場まで行けば目当ての相手はいないときたものだ。
珍しい事もある、と気を取り直し剣を鍛える為に鍛冶屋へ行けば、見たくもない自称勇者と鉢合わせ。無論私の相手では無いので適当にあしらって、気分転換にギルドに仕事の請負に行く。が、ここはここで何故か私に会ってみたかった、などという奇特な冒険者軍団に鉢合わせ、延々と賛美の言葉を投げ掛けれられた日には神経もすり減るというもので。
疲れた体を引きずってようやく屋敷にたどり着けば、待ち人エスト兄さま帰宅の朗報。
朗報、確かに聞いた時はそう、思ったのだ。
「お帰りなさい、兄さま」
「ただいま。あの耳飾りはちゃんと届いたかな?」
「ええ、ちゃんと預かってる。ところで兄さま、聞きたい事があるのだけれどお時間良い?」
これで疑問も解消される。と私は内心浮き足立っていた。
「うん良いよなんだい?」
「あのね?」
乾き始める咽をごくり、とならしその一言、を口に乗せた。
「エスト兄さまってどうやって敵の攻撃を防いでいるの?調査する場所って結構モンスター湧いているよね?」
実はとんでもない一言を紡いでしまったのではないかと、エスト兄さまを見つめれば別段変わった風は無く、あまりにどきどきしている自分が少しおかしく思えた。
「気になる?」
「え……?うん」
誰だって気になるでしょう、あんなモンスターだらけのダンジョンで飄々と調査していれば……って、あれ?
「気になる??」
「う……、うん」
なんか……空気が、変、じゃ、ない?
「そうか……リディアは僕がどうやって調査をしているか知りたいんだね?」
「あーーーー………」
なんだろう、この闇の門の島へいきなり飛ばされたような、はたまた円卓の騎士に周りを取り囲まれたような、不穏かつ、危険な空気は…………ここ、リューガ邸よね?
「あ、うん、やっぱり、いいや」
「いいの?」
「うん、よく考えたら別に知ってどう、って訳でもないし……」
今ここで別の言葉を吐ける人がいたならば私は言うだろう。
あなたこそウルグの器に相応しい、と。
「なんだ残念だな。折角リディアと話が出来ると思ったのに」
そんな事ない!となんとか他の話題に切り返る方向に持っていく。
こんなに焦ったのは久しぶりだ。思えば突然リベルダムでナーシェスに回復もままならない状態なのに竜王の島に来てくれ、と拉致られそうになった時以来かもしれない。
異常な空気が漂う中、なんとか話題を反らす事に成功。自分を褒めてやりたい瞬間だった。
その夜、エスト兄さまとおやすみの挨拶をした後私はレムオン兄さまの部屋へ向かった。
「今日ね、あの事を聞いてみたんだ」
「そうか」
「うん、世の中には決して触れてはならない事があるんだな、って身をもって体感した」
「そうか」
「やっぱり楽しく生きていく為には知らないこともいっぱいあった方が良いよね」
「そうだな」
レムオン兄さまのペンを走らせる音が止まる。
「ところで」
「何?」
「飲むか?」
珍しく兄さまがお酒を勧めてくれた。これも初めての経験かもしれない。勿論兄さまの申し出を断るような私ではない。勧められるままありがたく頂いた。
後で思ったが、あのお酒は同じ間違いを選び取ってしまった哀れな妹への、一種の手向けだったのかもしれない。