私は狂っている
この暗い闇に身を浸して夢を見る
何処か遠くへ逃げる夢を見る
何かを捜して、何だか判らなくて、呑まれて、堕ちる
独りでここに在る
いつから?
いつまで?本当は知っている
壊れているのはこの世界
でも、あの人の望む世界が狂っていると思いたく無い
だから、私は狂うどうか、信じさせて
この世全てが狂っているのではないと
狂った世界を正しいと思いたいのならば、同じ所に堕ちれば良いだから私は、夜を舞う
私を上手く騙していて
塗り固めた嘘をついて、私は「真実」という言葉を忘れる
夜が明けるその時に総てを失い、独りになる
身体を失い、心を失い、私を失い、夢になる
全てを捨ててアナタに逢いにいく
そして私は、夜になる「随分と過激な歌だな」
ロストールの広場で1人歌っていたら急に声を掛けられた。
振り向けば顔に微かに朱の入ったゼネテスが立っていた。おおかた酒場で飲んで帰る所だったのだろう。私はゼネテスの方を一瞥してから、歌を紡ぐ。何処に引きずられていくのか判らない
独りになりたくないから
「今」と一緒に私も連れ去って
足下に崩れ落ちる奇跡を振り返って
どうか、遠くへ逃がして
誰も知らない未来から過去へ座っていた噴水から腰を上げ、まるで布でも持っているかのように振るまい、舞う。
宮廷のワルツとは違う、ジプシーのダンスを舞い踊る。
私と入れ代わりにゼネテスが座っていた場所に腰を下ろした。私は夜に舞う
悪夢を見ながら、夜に舞う
狂いながら夜を舞う
だから、信じさせて
この世の総ては狂っている
私は歌う
因果律を言葉に乗せて私は歌う
どうか、アナタだけは綺麗なままでいて歌い終ると拍手が聞こえた。
「何をしているの?」
ため息混じりに問いかける。
ダルケニス疑惑の1件以来ゼネテスとはなるべく顔をあわせないようにしていた。
彼が自分の味方をしてくれてる事は十も承知なのだが、なんとなく気まずいのだ。
「それはこっちの台詞だ。レムオンが心配するぞ?こんな夜中に出歩いて、さ」
「帰る予定は明日だから大丈夫」
ゼネテスの隣に腰を下ろす。
火照った体に心地の良い風がふいた。
「さっきの歌、あれはどこのだ?聞いた事ない」
冒険者として世界中を回っているゼネテスさえも知らない歌。それもそのはずだ。あれは「過去」の歌なのだから。
私は「夢」の中でシスティーナに会える。この身に宿るウルグの記憶としての彼女に。
何故そんな事が可能なのか判らないけど、私はシスティーナと話すのが好き。
彼女はとても強い。「人」として、とても強い。
「私は弱い……だから歌うの。彼女から教わった歌を」
「彼女?」
知り合いなの、と微かに呟く。
はぐらかされたと気付いてか、ゼネテスもそれ以上は聞いてこない。
「ゼネテス、優しいね」
「お?今頃気付いたのか?もしかして俺に惚れた?」
「かもしれない」
笑顔で返すと、こりゃやられたな。と頭をかく。
私の事を気遣うゼネテスが可笑しくて、私も笑う。
しばらく笑った後私は立ち上がり、数歩前に出てからゼネテスの方を振り返る。
ついさっきまで踊っていたステップを踏みながらくるりと回り、歌い終えた歌の続きを口ずさむ。愛してるとか、嫌いだとか
そんなの全然理解出来ないから
傍にいて
これが私の恋心
狂った私の最後の心急に歌う事を止めたリディアを不思議に思いゼネテスが原因を聞こうと思った矢先、解答が当事者の口から紡がれた。
「この歌ね、最後まで歌うと良く無いんだって」
「なぜだ?」
「なんでも言葉が力を持つんだって。一種の呪文みたいになっちゃうらしいの。だから私も最後らへんは歌わない事にしてる」
今迄も直接的で過激な歌だ。その歌の最後には一体何が待っているのか?
聞けないもどかしさに多少心を奪われながらも、ゼネテスはそうなのか、と答を返した。
「じゃ、私帰るね」
「おう、睡眠不足は乙女の敵だぞ」
最後までレムオンの事を忘れたように振る舞ってくれたゼネテスに涙腺が弛んだ。
「有難う、おやすみなさい」
涙を浮かべたのを悟られないように笑顔で云う。
「ああ、良い夢を、リディア」手を振りながら宿屋の方へと駆け出す。
何処迄も優しいゼネテスに多少のお礼。
「後でシスティーナに事後処理の仕方を聞かなくっちゃ」リディアの姿が見えなくなったその時に、風に乗って声が届いた。
「……歌、か?」
ざわり、と夜がざわめく気配。
闇が踊り、夜が舞う、自分が望んだ答に苦笑を漏らしながらゼネテスは帰路についた。
明日にはこの気配が無い事を知って。世界が歪み、夢を見る
上手く信じさせて。私は狂っている
狂いながら夜を舞い
アナタが無くて、スベテが終る