捕まった、と思った。
 一瞬にしてあの瞳に捕らえられた。
 自分の好みとは掛け離れているのに、気付けば姿を目で追ってしまう。
 あの人の声を聞けるだけで幸せ。
 安いものね、私も。
 その事を考えると私の中の誰かが云う。
 代償や、利益を求めないものが恋愛と呼ばれるものなのだと。
 その台詞を聞いた時に信じられない、と思った。
 誰だって好きな人からは愛されたいと願うものでしょ?
 互いに愛し、愛され、時間を重ねていけたら、とても幸せ。
 だけど、私を縛る男は嫌い。
 何をするにも相手の了承を得なければならないなんて、そんなのフェアじゃないでしょ。
 対等の立場で考え、行動し、結果を得る。
 与えられるだけのものなんていらない。
 お荷物にはなりたくない。
 あの人と同じ所に立ちたい。
 私と同じ所にたって欲しい。
 これって我が侭かしら?

 あの人に逢う迄は、そう思ってた。
 運命の出会いなんて信じていなかったけど、今は信じたい。
 私がこの村で産まれてなかったら、彼の生い立ちが違っていたら。
 全ての偶然が重なって、必然となる。

「ねぇ兄さま?来月お祭りがあるんですって?」
 読んでいた書物から顔を上げ、私の方を見る。
 私が好きなその瞳。深く、何処までも深い悲しみを宿した瞳。
 貴方の眼に映る私を見るのがとても好き、って云ったらやっぱり馬鹿にされるかしら?
「良く知っているな。誰に聞いた?」
 ロストールで祭りがあるのを冒険者になって初めて知った。
 何で今まで知らなかったのかが不思議なくらい。それだけ興味が無かったって事。
 ロストールの貴族なんて私達の生活を苦しめる以外の何ものでもなかったし、考えるだけ時間の無駄だったしね。
 今までは。
「うん、ベルゼーヴァに」
 レムオンの眉がピクリ、と揺れる。多分見間違いではないだろう。
 嫉妬だったら凄く嬉しいんだけどな。
「この間エンシャント行ったついでにね、ベルゼーヴァの執務室へ行ったのよ」
 執務室、という単語にまたもやレムオンの眉が動く。
「そしたらお祭りの話になって…ロストールの祭りの事を知らない、って云ったら凄く呆られちゃったわ。なんで近くに住んでるのに知らないんだ?って」
「確かに、お前の住んでいる所はここから遠くないな」
 レムオンの先を促す台詞に私は少し戸惑い気味に云う。本音を伝えたら、きっと彼は嫌な顔をするに決まっているから。
 こういう時ゼネテスみたく話術が高ければ良いんだろうけどね。
「この時期は収穫の季節と重なるし…それに、ロストールってあまり良いイメージが無かったからちょっと、ね」
 レムオンが途端に不機嫌になるのが判る。誰だって自分の故郷をけなされて良い思いはしないものね。ごめんなさい、兄さま。
「そうか………すまない、俺の管理不足だったな…」
「やだ、なんで謝るの!?兄さまだけが悪い訳じゃないでしょう!」
 最近レムオンは時々詫びの言葉を口にする。出会った頃は自分一番で謝りなんかしなかったのに。
 そういう風に変わっていってくれると期待しちゃうよ?
 少しは、私の事考えてくれてるのかなって。
「今年は、帰って来い」
 連れていってやる。と微かに聞こえた。
 やばい、凄く嬉しい。顔が綻んでいくのを止められないまま私は答える。
「はい!」

 皆にお祭りの事を告げる為一度レムオンの部屋を後にする。
一通り報告し終った後にもう一度戻ると、レムオンは机に突っ伏していた。
「……どうりで扉を叩いても返事が無い訳だ」
 勝手に入っちゃったけど。
 ……寝てる、みたいね。
 賊にでも入られたらどうするのかしら?普段からこんな状態だとは思わないけど。
 考えて、視界に大量の書類の山を捉えた。
「疲れてるんだ…。お仕事御苦労様」
 ノーブル伯である自分の仕事をかわりにやってくれているのだ。自分の方と合わせたらそれは凄い量だろう。
 有難う…と呟いてみる。
 途端に心が締め付けられるように痛くなった。
 取りあえずこのままではいけないと、側に置かれていた上着をそっとかけ、起こさないように気を付けながらレムオンの顔を覗き込む。
 うっわ、睫ながーい。
 お決まりのような台詞を心の中で呟いてみる。
 今は閉じられている綺麗な瞳。あの瞳に自分だけを映して欲しいと切に思う。
 そんな高慢な事を考えてしまう位自分は彼に捕われている。
 いつから?出会った時から?

 自由でいたいと思っていた。誰にも縛られず、何処までも自由に。
 だから初めてティアナに会った時は自由にしてあげたい、と心の底から思った。
 束縛される辛さを嫌う自分の心に、ティアナの願いは響いた。
 もし私が束縛されたら、絶対に縛った相手を許さない。なんとしても自由を獲得する、そう、思っていた。
 でも今は……
 束縛されるのも良い、と思ってしまう。
 この自由にならない心に縛られて、がんじがらめにされて身動きがとれない。
 それさえも甘美に感じてしまう自分は、堕ちる所まで堕ちてしまったのだろうか。
 彼の一挙一動にいつも怯えながら、期待しながら反応してしまう。
 手におえない。だけど、幸せ。
 籠の鳥のように、蜘蛛の巣にかかってしまった蝶のように、もっと私を束縛していて。
 誰にも譲れないこの思い。
 届けられないこの思い。
 理性と衝動の狭間で揺れて、辛くて、幸せで。
 怖くて本心を明かせないから、眠っているのを良い事に呟いてみる。
「貴方を傷つける全てのモノから守ってあげる。貴方が影から私を支えていてくれるように」
 一生、守って生きていきたい。
 だから…言えない。今の関係が壊れるのが怖いから。
 もしも口に出して拒絶されるなら、この苦しい思いをずっと抱いて生きている方を選ぶ。

 ゆっくりと扉を開け、去り際に呟いてみたのは一瞬の気の迷い。
 理性の籠から溢れ出した本心。
 聞こえないように、聞かれないように、そっと、口に乗せてみる。
 掠れ気味の小さな音で
 …好きです…
 何ごともなかったように扉は閉まり、渦中の人は、眼を開ける。
 初めから気付かない筈などないのだ。
 ただ、入って来た彼女の気配が何か変だったので眠ったふりをして伺っていただけ。
 彼女は忘れているのだろうか?自分がダルケニスだと云う事に。
 人よりも発達した五感は、聞こえない音を聞き、見えないものを見る。
 いつもは陶磁器のような白い顔がほのかに朱に染まる。
 それを隠すように片手で口を押さえるが、無駄な抵抗というもの。
「…馬鹿が」
 紡がれた言葉は掠れていた。

 今は、誰にもゆずれない場所がある。
 失えない人が居る。
「捕らえられているのは、俺の方か」

 自由にならない心を引きずって、今日も生きる。

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