それは突然訪れる。
私は、間違いを犯し続けた。
6月20日。エリエナイ公レムオンの誕生日。
私にとっても嬉しい筈のその日が、まさかこんな事になろうとは。
その日は朝から贈り物が絶えず屋敷の中もほのかに賑わっていた。私も他の人たち同様多少浮かれていたし、注意力散漫になっていた。
今思えば浮かれていても気を抜くべきではなかったのだ。
決してありえない事では無かったのだから。「うっわー凄い量のプレゼントね!」
レムオンの部屋に運び込まれた数々の贈り物を見ながらため息をつく。
どれもこれも高価そうなものばかりで自分が贈ろうとしているものが酷く陳腐に思えた。
「不用な物ばかりだ」
当の本人はかなり不機嫌だが。
「あ、これってティアナ王女からじゃない。へー綺麗な花束ね〜」
白い薔薇の花束。花に付いた朝露からも新鮮なものだというのが判る。
「お前宛にならまだしも男の俺に花束というのもどうかと思うがな」
口では否定していても眉間に皺が刻まれていない事からまんざらではなさそうだ。
確かに他の何に使うのか判らないような贈り物に比べたら心が和む分良いかもしれない。
白薔薇の香りを堪能した後、部屋の片隅にもう一つ薔薇の花束がある事に気付く。
「珍しい!ブルーローズじゃない、これ!」
美しくも妖しい輝きを放つ薔薇。栽培場所も限定されていて、大陸全土を探してみても滅多な事ではお目にかかれない幻の花とも云われている。
「そんなに珍しいのか?」
「うん、すっごく!うわぁ…感激だな」
薔薇に顔を近付け香りを嗅ぐ。
通常の薔薇とは違う香り。幻の花という位だから全てが異なるのだろうか?
でも、この香り何処かで…?「よぉ、誕生日おめでとう」
その声を聞いた途端室内の温度が下がるのが判る。
「何をしにきた」
「何って、親友の誕生日を祝いに来たんじゃねぇか」
「誰が親友だ!」
「ふふっ…」
「お前も笑う所ではない!」
途端に機嫌の悪くなるレムオンにやれやれ、といつものポーズを決めるゼネテス。
彼が持ってきたプレゼントもブルーローズだった。
「ゼネテスもブルーローズ?凄い、幻の花が2つもあるよ!ねぇ、何処で採ってきたの?」
「ん?私有地の一角で栽培しててな。といってもごく一部の奴しか知らねえが。お前さんにはこういう方が似合うと思ってな」
……ファーロスの、私有地…?
「いらん世話だ!とっとと帰れっ!!」
今にも剣を抜きそうな勢いでレムオンが怒鳴る。
その直後だった、レムオン兄さまに変化が起きたのは。「ゼネテス!扉を閉めて鍵を掛けて!!」
咄嗟に私は怒鳴る。
気付くべきだった。幻の花から微かに香るあの香りは…
「おい、どうしたんだ、急に。なんかレムオンの奴、おかしいぜ…?…リディア!?」
知らず知らずのうちに涙が頬を伝う。
「…新月の、香‥‥」
悔しかった。気を抜いた自分が。許せ無かった。安心しきっていた自分が。
「おい、リディア、これはどういう事だ」
目の前で刻々と変化していくレムオンを見つめながらゼネテスが言葉を紡ぐ。
「今は昼間。レムオン兄さまが覚醒して暴走すれば一気に破滅する」
エリス王妃…貴女は何処までもレムオン兄さまを追い詰めるのですね。
「取りあえず正気に戻すのが先だな」
前と変わらない台詞、戦闘。私は一体今まで何をしてきたの?
多くの命を犠牲にして、辿り着いた結末がこれ?
「…リディア、後はお前に任せる。俺は居ない方が良いだろう」
「………有難う、ゼネテス…」
扉の閉まる音が無音の世界にこだまする。
どうやらゼネテスが屋敷の者達にスリープの魔法をかけてくれたようだ。
倒れた義兄の側に力無く座り込む。何も、変わらない。
今まで私は自分の為に多くのものを犠牲にしてきた。レムオンを陥れる要素の全てを排除するべく他の人の事も考えず行動してきた。その報いが、来たのだろうか。
それとも私の考えが浅はかだったのだろうか。何にせよ、最後の砦は崩れ去った。脳裏にシャリの声が蘇る。
「君は、幸せにはなれない。」