誰も知らない所に行きたい。
誰かが居る場所で生きたい。だから、己の心に打ち勝つ最後の一歩を
どうか、勇気を出して
信じるものはすぐ側にある。
「それはどういう意味だ」
疑惑の眼差し。冷たい、初めて会った時のような他人を見る眼差し。
「言葉通りです」
あえて望まれていない答えを返す。本当は気付いているんでしょ?自分の気持ちに。
それともそんなに認めるのが怖いの?
それとも…その「言葉」は紡げない?
「はぐらかすな。お前は何を知っている」
「何も」
レムオンの目が更にきつくなる。ああ、凄く怒ってる。
なんて言えば満足するの?貴方は闇に落ちる運命です、と言えば私の言葉に納得してくれる?
助けたいから、運命をねじ曲げてきました。とでも言えば良いの?
否、どの言葉でも貴方は納得しないでしょう。
己の目にスクリーンをかけてあえて真実を見ようとしない貴方にはどの言葉も届かない。
「御自分で、御考え下さい」
今までどれだけ己の心を偽ってきたの?
全てを世間のせいにして、どれだけ逃げてきたの?
立ち向かって、己の心に。貴方は勝つ事が出来る強い心を持っている。
気付いて。その存在に。
私が与える答えで満足しないで。考えて。
「答えろ。お前は……俺に、何を望むのだ」
「答えません。御考え下さい」
「これ以上どうしろと」
「全ての答えは御自分の中に」
「………」悩んで、答えを出して
生きる事の意味を考えて
己の存在理由を理解して貴方が答えを出せば言える。
私は………長い静寂。それは私の恐怖心を煽る。
いつ、レムオンが闇に落ちるともしれない恐怖にこの身の全てが支配される。
今まさにぎりぎりのライン。
留まるか、同じ運命を辿るか。
出来る事ならダルケニスの姿を晒して欲しく無かった。
あの姿はレムオンにとって一番深い傷だろうから。
幸せになれない、とシャリは言った。
人であるこの自分に運命は変えられないと。でも、
未だ終わっていない。
選択肢は残されている。「…俺は……」
コンコン、と扉をノックする音。
ゼネテスがかけてくれたスリープの効果切れたんだ…。
しかしタイミングが悪いわ。
「レムオン様、エリス王妃からの勅命です」
エリス、という単語にレムオンの闇の気配が濃くなる。
本当、最悪のタイミング。
「なんだ、言え」
「はい、すぐに登城するように、と」
「…分かった」
「私も行きます」
「……勝手にしろ」
おそらくレムオン兄さまのダルケニス問題だろうし。
でもどうやって知ったのかしら?ゼネテスはこの事は言わないし…ツェラシェルはもう居ないし。
もしかしてあの双児が…?
何にせよ私の今までの苦労を水の泡になんてさせるものですか。
兄さまは、私が守る。城に行くとすぐに謁見の間に通されたわ。
エリス王妃が浮かべる冷笑は、全てを知っている者が浮かべるものだった。
さて、どうやってあの言葉の攻防に勝つか。
少し前に居るゼネテスは申し訳なさそうな顔をしてる。
やはり王妃はあの双児を使ったのね。
「エリエナイ公、そなたダルケニスだそうだの?」
一瞬にして空気が変わる。
窒息しそうな濃い、闇の気配。兄さま、我慢して。
「何を根拠にそのような事を?」
一歩前に進みでて私は言う。怪しまれるな、笑顔を浮かべろ。
「私の手の者が見たと言っておるのだがな」
エリスは扇で口元を隠しながら言葉を紡ぐ。
目で、上手く反論してみせろ、と挑発してくる。
勿論売られた喧嘩は買いますよ?
「それはおかしいですわ、エリス王妃。私は今まで兄と共におりましたがそのような事は一向に。
それに…見た、とおっしゃいましても兄の私室は屋敷の最奥です。屋敷の堀の御陰で外からは見えない位置ですわ」
王妃の眉がピクリ、と動く。
「ふふ、窓辺にでもおったのだろう」
確かに、窓辺付近ならば外からもかろうじて見える。やはり一筋縄ではいかない、か。
背後に居るレムオンと前方に居るゼネテスが不安そうな気配を送ってくる。
そんなに心配しないでよ、二人とも。私だってだてにリューガ家の娘を演じている訳ではないの。
「そうですか、ならばきっとその方は見間違えたのですわ」
「ほう、『見間違え』とな」
それは苦しい言い訳だ、と目が言っている。どうせつくならもっと上手い嘘を。
妾の勝ちだ、と瞳で訴えられた。
レムオンから、リューガ家から身をひけと。
だから私は言う。
「ええ、『私』と」
「リディア…それは…」
無理な展開だ。とゼネテス。
どう切り抜けるつもりだ、とエリス王妃。
もういい、とレムオン。
「御覧の通り私の髪は遠めから見れば白にしか見えませんし…」
瞳を押さえ、ほんの少しだけウルグの枷を外す。
外した闇の力を両目に集める。
「……このように、瞳の色が変わりますので」
「!」
王妃が台座から立ち上がり、ゼネテスとレムオンが息を飲むのが解る。
今の私は誰が見てもダルケニスそのものの色彩を纏っていた。
王妃がもう追求出来ないのを悟って私は中のウルグを封印しなおす。
「お主は一体…?」
くすり、と微笑む。
「だから言いましたでしょ?見間違えた、って。では王妃様、兄は多忙な身ゆえ私どもはこれで失礼させて頂きますわ」
貴族礼をして部屋を後にする。
「こりゃリディアに一本とられたな」
苦笑を浮かべゼネテスが嬉しそうに言う。
「お主は一体どちらの味方なのだ。しかし…本当不思議な娘よの」
そう囁くエリスは母親のような慈愛を瞳に宿していた。「お前一体どうやって?」
帰りの馬車の中でレムオンが聞いてくる。まぁ確かに普通は出来ない芸当ですものね。
「言ったでしょう?ウルグ憑きだって。あ、もしかして口からでまかせだと思ってたの?」
「…事実なのか…」
眉間に片手を上げ疲れたようなポーズ。
兄さま、皺が刻まれない内にちょっと揉みほぐした方が良いよ。
「世界は、広いんです、兄さま」
私のような存在が許されてしまう程、とても広く、深く、優しい。
「そのようだな。お前のような危険人物が冒険者などとは…全くもって恐ろしい」
「あら、世界を見ろと言ったのはレムオン兄さまですよ?」
くすりと笑う私をバツが悪そうな顔で見る。
「ふふ、兄さまの悩みがとるにたらないものだ、って気付きました?」
ダルケニスな貴族と、破壊神憑きの冒険者。
「お前と比べたらな…」
「それで、十分です」
微笑むと同時に涙が溢れた。レムオンが慌てて私の涙を拭う。
「ごめんなさい、ちょっと目が乾いちゃって」
苦しい言い訳だがレムオンはそれ以上何も言わなかった。
「…少し疲れたので、眠っても良いですか?」
「屋敷についたら起こしてやる」
有難うございます、と呟いてレムオンの肩にもたれ掛かる。
このくらい甘えさせてもらっても構わないよね?未だ、修正しなければならない事は沢山あるけど…今は、少しだけこの幸せを噛み締めさせて。
全てが終わったらもう一つ貴方に言いたい言葉があるの。
貴方の答えが出た後に、ようやく言える。私は…他の誰でも無い。レムオン、貴方を愛してます。