エンシャントに来たら必ずベルゼーヴァの執務室によるのがリディアの習慣となっていた。
あの髪型が気になって度々訪れている間に多少親密度が上がったらしい。それを知ってからというもの、もしかしたら仲間になるかも!?と云う淡い恋心期待を寄せて通うようになったのだ。
面食いの彼女にしたら仲間は美形に限るのだろう。「前々から思っていたが君は珍しい髪の色をしているな」
窓から降り注ぐ光りに照らされるその色は光りの加減によって青とも銀とも見える。
ベルゼーヴァは多くの人種を見てきたが彼女のような色彩を纏う者は初めてだ。
銀髪と云う点ではダルケニス等が上げられるがそれに青と云う色が混じるとなるとこれは一種の突然変異としか考えられない。しかもリディアは仮にも人間なのだ。
「あ、これでも昔は髪の毛青かったんですよ」
そりゃ結構綺麗な海色だったんだから。とリディアは続ける。
「昔は?」
「ええ。いつからか色が抜けちゃったみたいでこんな銀とも青とも見える色になっちゃったんですけどね。まぁ昔結構苦労してたから一種の苦労疲れってやつじゃないですか?」
「…随分と歳の割合に似使わない単語を使うな」
苦笑を浮かべながらベルゼーヴァが云う。うら若き乙女が苦労疲れとは、これいかに。
確かにロストールの大貴族の隠し子となればそれなりに大変だったろう。
心労で髪の色素が抜けてしまう程貴族社会というものは大変なのだろうか?時たまリディアはロストールの話をしていく事がある。
大半は兄であるエリエナイ公に関する話題なのだがごく希に王妃や貴族社会に関する愚痴を零す時がある。一度敵であるディンガルの宰相にロストールの弱味を吐いても良いのか?と冗談半分に聞いた事があるが、むしろあんな国、滅ぼしちゃってよ。と云う解答には参った。
「前は嫌だったけど今はこの色気に入ってるの。だって似てるんだもの」
「似てる?誰に?」
「うふふ、それはね…私の憧れの人」
以前一度だけ見たあの見事なまでの銀髪が脳裏に焼き付いて離れない。
闇の中で意志を持つかのように流れる髪と狂気を孕んだ深紅の瞳。
破滅の始まりだったけど、それでも美しい、と思ってしまった。破滅はもう欲しく無い。けれどあの瞳を、髪をもう一度見たいと思ってしまう。
「人間って愚かよね」
「どうした?急に」
今日は随分と話が飛ぶな。話題が飛ぶのはいつもの事だが何か悩みでもあるのだろうか?
「矛盾ばっかで…嫌になっちゃう……。それはそうとネメアは良いよね、ベルゼーヴァって云う良い宰相が居て」
「おだてても何も出せんぞ?」
「だって本音だもの。それに何も期待してないわよ」
何も出せない、といいながらもベルゼーヴァは紅茶の用意をしてくれる。
くすくすと笑いながらリディアは煎れたての紅茶を貰った。
「やっぱりベルゼーヴァの煎れる紅茶って美味しいよね。私も兄さまに上手く煎れて上げられたら良いんだけどなぁ。ね、ベルゼーヴァ。ロストールに来てよ」
「私が断ると判ってて何故聞く?」
「断ると判ってるからかな」
やはり今日のリディアはどこかおかしい。
「何かあったのか?」
「ううん、別に何も。ただちょっと………思い出にふけっただけ」
「思い出、か」
「うん、思い出」
苦い過去。同じ路はもう辿らない。
カップに残っていた紅茶を一気に飲み干す。
「御馳走様、それじゃそろそろ行くね」
「ああ、また来るがいい」
「また来ます」
満面の笑みを浮かべいつものように部屋を出ていく。
あの大輪の華のような笑顔を見ると、彼女の髪が白い訳が判るような気がする。
何色にでも染まれるように。
又染められないように。
「希望そのもの、か」
いくつもの未来を選びとれる力。運命に愛されている女。
彼女を手に入れたい、と思う。しかし自分のものにならない事は知っている。
だからこそ聞いてみたい。何を思い、悩み、考え、生きているのかを。
「本当に興味深いな」
いつか誘ってみようか?ディンガルに来ないか、と。
その時、無理だと云われたら云ってやろう。
断ると判ってたから聞いたのだと、変わらない思いというものは存在するのだと。それはきっと彼女の欲しい答え。