「好きです」
一瞬にして酒場が静まり返る。と同時に至る所で飲み物を吹き出す音が上がる。
「………ぶほっ……」
隣で酒を煽っていたゼネテスのグラスが落ちそうになったのを横から支えた。
至近距離で見つめる彼女の目は恋する少女そのもの。
「あ…お、…急にど、どうした…んだ?」
そっと自分の手に重なる彼女の手。これはもしかしなくても愛の告白ですか?
思考を整理出来ずに狼狽えるゼネテスの顔に間近に迫ってリディアは云った。「って身近な知っている人に云われたら嬉しい?」
「はい?」
くつくつと笑いを噛み締めたような声が聞こえてくる。
「最近ねずーっと考えててどうしても自分じゃ解らなくって。で思ったの、ゼネテスって色んな女の人と付き合ってるじゃない?経験豊富そうだし聞いてみようって」
俺はからかわれてるのか?
そんな思いが胸中を満たすがリディアの目は真剣そのものだ。
これはもしかしなくても最悪なパターンなのでは。
自分の好きな女に他の男の相談をされるなんて。知らず知らずの内に溜め息が漏れてしまう。
「ねえ、どうなの?」
「あー…微妙ではあるな」
「そう…」
哀しそうに目線を落とす。一体何処の誰なんだ、こんなに想われてる奴は。
シアワセもんだぜ、全く…。
「好きな女に云われりゃ嬉しいさ」
「相手が好きかどうか分らなかったら?」
「なんだ片思いなのか?」
ゼネテスの問いに小首を傾げて考え込む。その仕種がまたなんとも言えず可愛い。
しばらくの沈黙の後に出た答えは「多分」だった。
「随分アバウトだな」
「だって面と向かって私の事好きですか?なんて聞ける訳ないじゃない」
「そりゃそうだ」
しかし本当に誰なんだ?リディアの好み的に考えてあの髪の長い剣士だろうか?
相談をされているという時点で悲しいながら自分という嬉しい思惑は消える訳で…
もしかしてネメア…とか…?顔的に云ったらあのたまねぎ頭という事も考えられる。
大穴で森に住んでる賢者かもしれん。
「ねえちょっとゼネテス聞いてる?」
「ん?あ、ああすまん。でなんだ」
「やっぱり一方的だったら云わない方が良いのかな?色々お仕事大変みたいだし。こういう気持ちって相手の負担になるのかなぁ…」
お仕事!?
まさか管理職の人間!?いや…ギルドのも仕事と云えば仕事か…。
「世間的にも問題が出るかもしれないし…」
「世間的!?」
思わず聞き返えす。世間体に問題が出る場合があるという事はそれなりに地位がある者だと云う事となると相手はしぼれてくる。
俺の恋敵はディンガルかよ…「あ…っとごめん、今の忘れて!」
ヤバい、喋り過ぎた。もしかしてばれたかも…。
そんなリディアの心配をよそにゼネテスは考え込む。
心内で考えた事が気付かぬ間に言葉となっていた。今度からはもっと気を付けないと…。
自分の不注意で迷惑をかけるわけにはいかないのだ。
「それなんだ?」
「え?」
急に声をかけられ、多少動揺しながらもゼネテスの視線を追う。
彼の目線の先には綺麗にラッピングされた細長い包みがあった。
「ああこれ?エルズで綺麗な色のリボン見つけたから兄さまにって思ってお土産」
「リボンをレムオンに?」
「そ、兄さまって髪長いじゃない?いつも結んでるし…変かな?」
貰った時のレムオンの顔を想像してゼネテスは苦笑を漏らす。
きっとしかめっ面で困り果てるに違い無い。
「いや、きっと喜ぶぜ」
「そう思う?良かった!」
花のように微笑むその顔はまさに恋する乙女そのものだったが、心中複雑な思いにかられていたゼネテスはその事に気付く余地がなかった。
今の顔を見れば誰だって今までの話が誰を指しているかくらい判る筈だったが、不幸中の幸いと云うべきがリディアの笑顔を見たものはゼネテス以外にいなかった。
「それじゃ私帰るね」
「ああ…」
軽やかな足取りで出ていくリディアの後ろ姿を見送って出るのは溜め息1つ。
項垂れているゼネテスの前にグラスいっぱいに注がれた酒が出される。
顔を上げるとマスターが微笑を浮かべていた。店内からも哀れむような視線が送られる。
「今日はやけ酒だな」その日ロストールの酒場が明け方まで賑わっていたのはいうまでもない。