周囲の声が煩くて少しばかり頭痛がする。
ああ…出来れば少し独りにして欲しい。
そんな些細な願いも叶わずリディアの周りには次から次へと人が集まってくる。今や時の人となってしまった彼女は貴族達にとって最高のネタとなる。数々の戦功をおさめ容姿端麗、そして大貴族であるリューガ家の人間とくれば人が集まってしまうのも仕方が無い。
それになんといっても今はあのレムオンが近くにいない。
これを機に妹の方からリューガ家に取り入ろうという輩も少なからず存在する訳だ。なんで私の事を放っておいてくれないんだろう?
自分の価値に全くといって良い程気付いていない彼女。周りから見ればそれも「純真」という風にとられてしまうらしい。
こんな時に限ってゼネテスも居ないんだから…
愛想笑いを浮かべていても知らず知らずの内にため息が漏れてしまう。
兄さまも大変なんだな…。今さらながら貴族、と云う人種に嫌気がさす。兄の為、と自分に言い聞かせて堪えるのもそろそろ限界…
と、タイミングを見計らったようにホールの奥の方からティアナが登場する。
助かった…
「御苦労だったな」
「に…、兄さま?」
急に肩を掴まれ振り返るとレムオンの姿があった。
「俺の苦労が解ったか」
「ええ、とっても」
あからさまに疲れた表情をするリディアにレムオンは苦笑をこぼす。
体裁というものを気にしないこういう彼女が気にいっているのだ。思えばこうしてリディアと共に社交の場に出るのは初めてかもしれない。今まで誘いがある度に断り続けてきたのだ。
今回はティアナに頼み込まれたので断りきれずに参加させてしまったが、よく見れば正装した彼女はかなりの美人だ。色素の薄い髪も肌もまるできめ細やかなシルクのよう。
普段の冒険者としての格好しか見ていないレムオンにとっては驚きの対象でもあった。
いっその事本当にリューガ家の人間として生きてくれたら…
思い付いた考えを慌てて批判する。
世界を見ろ、と云ったのは自分なのだ。なのに今はリューガ家に縛り付けてしまいたいと思っている。なんという矛盾。
「そういえば今日はゼネテス居ないんだ?」
名前を出した途端不機嫌になるレムオンの顔を見て微笑を漏らす。
「…今日の宴はティアナが勝手に企画したものらしいからな。奴は呼ばなかったのだろう」
「あ、なるほどね」
納得、と微笑みながら頷く。
雑談をしている間にティアナの挨拶が始まった。この時だけは皆静かだ。
「皆様、本日はよくお集り下さいました」
壇上のティアナの方に視線を向けると目が合った。軽くリディアが手を振ると彼女がふわりと微笑を浮かべる。ティアナは本当に綺麗な人だと思う。まさに王女様、という感じだ。見るものを虜にする気品。始めは自分のような女の冒険者を珍しさから気にかけていると思っていたが話をしていく内にそうではない事に気付いていった。彼女が憧れている自由。それをいつか見せてあげたいと心の底からそう、思う。
「……では今宵はゆるりと楽しんでいって下さいね」
考えを廻らせている内に挨拶は終わってしまったらしい。
ティアナの側に行こう、としても周りの貴族達が放してくれない。レムオンが側に居ることによって先程より人だかりが多い。見ればティアナの周りにも人垣が出来ている。
これは宴が終わった後で会うしかないか…。
仕方ない、と貴族の相手を心に決めたまさにその刹那。ガシャンっ
ガラスの割れる音が次々とこだまする。
「な、何?」
音のする方に視線をやればそこには宴には不自然な身なりをした連中が居た。
降り注ぐシャンデリアの光りに反射し煌めくのは短剣。しかも賊がいるのはティアナの近くだ。
一瞬の静寂の後に来る混乱。かん高い叫び声を共に出口付近に居たリディア達の元に人波が押し寄せてくる。賊の狙いはティアナだと判っている筈なのに誰も助けようとしない。
これだから自分が一番の貴族共は!
「くそ、退け!」
人が押し寄せてくるせいで剣を抜くことすらままならない。
仕方なく人波をかき分けてレムオンは進む。こうしている間にもティアナに危険は迫っていると云うのに……。
「お前も手伝え!………リディア!?」
自分の懇意にした者の危険には一番敏感な彼女が、後退している?
「何をしている!?」
予想外の行動をとるリディアにレムオンの怒りは頂点に達した。
「キャアアアっ!」
ティアナの悲鳴。時間はもう、無い。
「大丈夫、私を信じて、兄さま」
心を落ち着けて、後退する。
……1
……23!
カツン、と云うヒールの音。助走も無く、リディアは『飛んだ』
逃げまどわっていた人々の動きが止まる。冷血の貴公子として有名なあのレムオンでさえ口を開けて唖然としている。
驚異的な跳躍力。軽々とホールの上空を舞うその姿はまるで------白い、鳥------
ふわり、と優雅にティアナの前に降り立つ。リディアの神秘的な姿に押し入った賊までもが動きを止めた。戸惑っている彼等に極上の笑みを浮かべ、何処からか取り出した短剣を賊の首筋に当てた。
「あなた達の負け。ゲームオーバよ」割れんばかりの歓声で、事件の幕は降りる。
後日、ティアナと会ったゼネテスが「使えない男」と云われたとか云われなかったとか。