愛の時限爆弾


 青山の顔が間近に迫ってくる。
 最近青山が始めたこの「遊び」に百合根は泣きそうになった。
 何が悲しくて男に迫られなければならないのか?
 いつもと同じ足取り。いつもと同じ仕種。いつもと同じ目つきで百合根の事を見つめる。
 そんな青山から逃げ出したくて百合根はいつもと同じ様に顔を背けた。
 その瞬間……
 パチン☆
「え?」
 首に何か異物が当たる。そっと触れてみる、冷たい。
「あ、青山君…?」
 鏡が無いので首にあるソレを確かめる事が出来ない。手触りからすると首輪のようだ。
「キャップ、良く似合ってるよ」
 うっとりとした目で青山が自分の首にあるソレを見つている。
「な、なんなんですか?これは?」

 -------「時限爆弾」-------

「は?」
 自分でも間の抜けた声だ、と思う。しかも思考回路が停止してしまったらしくその続きの言葉が出ない。
「首のここの所にね、爆弾が仕込まれていて……」
 青山が首の金属を触りながら何かを説明している。
「キャップ『バトルロワイアル』って小説知らない?」
「し、知りませんよ、そんなの…」
 百合根の頭の中はそれどころでは無い。首に時限爆弾!?もしそれが爆発したら…………
 胃がキリキリと悲鳴を上げる。
「早く外して下さい」
 懇願する百合根の口を自分の口で塞ぐ。
「…っ青山君っ」
 赤くなったり青くなったり百合根は忙しい。まぁそうなるように仕向けているのは自分なのだが。
 やれやれ、と大袈裟にため息をついてみせて青山は云った。
「キャップ、それ本当に爆弾だって信じてる訳?」
 え?と今にも泣きそうな顔で百合根が呟く。
 そんな百合根の動作1つ1つが青山の中の加虐心をくすぐる。
 なんて楽しい人を僕は発見してしまったんだろう。
「青山君、云って良い事と悪い事がありますよ」
 全く、と額をつたう汗を乱暴に拭う。
「ホンモノだよ」
「は?」
 鳩が豆鉄砲を食らった顔、というのはおそらくこんな感じだろう。
 1人で何かを納得している青山に百合根は詰め寄る。
 冗談じゃない。本当なのか嘘なのかはっきりさせてもらわなくては自分の胃がもたない。
「嘘だと思ってるんでしょ?でもね、それ本物だよ。無理に外そうとすると…」
 どっかーん。
 両手を広げ青山は意地の悪い笑みを浮かべた。
「なんなら爆弾処理班の人に聞いてもらっても良いよ。後ね…」
 まだ何かあるというのか?頼む…もう僕に構わないでくれ……。
 なるべく感情を表に出さないように努力しながら百合根は心の中で絶叫した。
「僕以外の人の事を少しでも「想った」ら、それ、爆発する仕掛けになってるから。あ、また嘘だと思ってるんでしょでも嘘じゃないんだよ。頸動脈を流れる血液でその時の心拍数とか測れるようになってるんだから」
 すぐに解るよ。と青山は愛おしそうに百合根の顔を撫でながら囁いた。
「大丈夫、僕以外の人の事考えなければ良いんだから」
 簡単でしょう?と本日2度目のキスを受けた。
 何で僕がこんな目に………。
 混濁する意識の底で百合根は泣いた。

 夢なら醒めてくれ!


 それからというもの署内をうろつく度に「百合根警部その首のどうしたんですか?」等と云われ
微妙な笑顔で答えながら一刻も早く外してもらわなければ、と青山を探す。
 が、いない。
「冗談じゃありませんよ、こんなのいつまでも付けていられる訳が無い…」
 いつ爆発するかも判らない。おそらく青山の云っていた事は嘘だろう、とふみながらも取り外せないでいるのは
 もしも本当だったら…と思ってしまうのと外してしまった後の青山の反応が恐いからだ。
 仮にも自分はSTをまとめる役割に付いているのではなかったのだろうか?
 それが言い様に使われて…あげくの果てにはこんな状態にまで陥っている。
 純粋に泣きたくなってきた…。
「よぉ、警部殿」
 予想外の声に背筋を汗がつたう。
 ヤバい人に見つかった。それが百合根の本心だった。
「菊川さん…何か御用でも?」
 なるべく顔色を変えないように、悟られないように…。
「ん?警部殿、珍しいものを付けてますね」
 百合根の努力は無駄に終わった。
「こ、これは…」
 良い云い訳も見つからずしどろもどろになってしまう。これでは詮索して下さいと云っているようなものだ。
「はは!警部殿も隅に置けませんなぁ!」
「いや、だからこれは…」
 時限爆弾なんです。等と云えるハズもなく又もや百合根は口籠った。
 それを肯定、と受け取ったのか菊川はにやにやしながら云う。
「いやはや警部殿は人気があって羨ましい事です。それもきっと婦警からの贈り物なんでしょう?それとも」
 菊川が百合根の顔をまじまじと見る。
 嫌な、予感がした。
「警官の誰か、からですかな?」
 雷の直撃を受けた、そんな気がした。
 全身の筋肉が強張り「冗談は止めて下さいよ」と言葉を紡ぐ事さえ出来なかった。
「まぁ。本気になさらないで下さいよ。冗談ですよ、冗談」
 では、とすれ違いざま菊川は軽く一礼をして百合根の後方に歩き出す。
 菊川が去った後も百合根は当分の間動けないでいた。


「ねぇ、ちょっとやり過ぎなんじゃない?」
 長い足を組み替えながら結城翠は云った。
「どうせあの『他人の事を想ったら爆発する』っていうのも嘘なんでしょ」
 嘘も方便ね、と目の前に座っている男を見つめる。
「ばれてた?」
 わざとらしく舌を出し、青山は微笑む。
 見るものが見ればそれこそ失神しかねない。この人間が29歳。と云っても誰も信じないだろう。
「当たり前よ、あんなのを信じちゃうのはこの世でキャップくらいだわ」
 青山に気に入られた百合根に翠は思わず同情してしまう。
 の、割にはさんざんな云われようである。
「大体、心拍数の早さとかで測ってたらちょっと驚いただけでも爆発しちゃうじゃない」
「ごもっとも」
 でも…と青山は続ける。
「それに気付かないで信じちゃうキャップもキャップだよ」
「………嬉しいくせに」
 翠の言葉に青山は目を伏せる。

「恋は盲目って言葉が本当かどうか知りたかったんだ」
 ふわり、と微笑むその目にはこの上もない程のやさしさが溢れていた。
 青山が言い終わった直後、入り口のドアが勢い良く開かれた。
「探しましたよ、青山君」
「何か用?キャップ」
 いつの間にか手元にあった本に目を通している。
 用意が良いと云うかなんというか。
 青山の目に悪戯っぽい光が浮かんでいるのを見つけて翠は微笑んだ。
「それじゃあたしは失礼するわ」
 通り過ぎる間際、「お大事に」と云われ思わず百合根は顔が赤くなるのを感じた。
 まさか…翠さんは…?
 振り返った時そこに彼女の姿はもう無かった。
「あ、青山君…翠さんは…しっ…」
 云い終わる前にいつの間にか側に来た青山に口を塞がれた。
「それ以上は云わない方が良いよ、キャップ」
 キャップの為に、ね。
 いつもの、あの瞳だ。自分を見上げている青山の目を見つめ百合根は思う。
 意地悪そうな、何かを企んでいるあの、瞳。
 だけどその瞳にはいつも百合根しか写っていない事を百合根は知らない。

 恋は盲目って云うけれど…本当みたいだね。
 聞こえるか聞こえないか位の小さな声で青山がそう、囁いた。

END