「あの子…。A組の椎名サン……?」
 立ち去った少女の方向に視線をやりながら、やっちーが呟く。
「考えてても始まらないよ。追いかけてみよう」
「あ、ちょっと九チャン!!待って、あたしも行くッ!!」
 やっちーが後ろからついて来る事を確認して、俺は嗅ぎ慣れた爆薬の残り香を追った。前方に彼女の姿を確認し、声を掛ける。彼女が椎名リカで間違いないようだ。軽い自己紹介の後、本題に入れば…。
 色んな意味で一筋縄ではいかない。これが彼女の第一印象だった。
 死、を理解しない彼女。
 否、理解しないのではない。彼女からは「死」という懸念が抜け落ちてしまっているのだ。どうしたものかと手を焼いて居るときに聞こえた声。意外な事に声の主は皆守だった。
「人の『死』ってのはな、そんなもんじゃない」
 悲痛な面もちで言葉を紡ぐ皆守。
 彼は知っているのだ。死から発生する言いようのない痛みを。脳裏に、浮かぶ顔。あの瞬間に感じた痛みが、鮮明に戻ってくる。
「皆守クンッ!!」
「お前には本当に『死』の意味が解らないのか?」
「…嘘ですわ、そんなの…」
「嘘なんかじゃないさ。なァ九龍?」
 振られた言葉に意識が引き戻される。
「皆守の言ってる事は…本当だよ。死、というものは君が思っているような軽いものではない。認められない感情、認めたくない現実…」
「…お前も知ってるか。その痛みを…」
 今の自分はどんな表情をしているのだろう。泣きそうだろうか? それとも普段浮かべているような微笑を湛えているだろうか。頭の中を引っかき回されたような気分だ。忘れてはいけない過去、忘れられない過去。心の奥底に眠った感情を制御しなくては。
「あなたたちなんて、リカ、大ッ嫌いですわ。それでは失礼しまァす」
 一礼して去っていく目の前の彼女。
 訳が分からないと嘆くやっちーを、俺はどこか上の空で見つめていた。
「……九龍。お前が何をしにこの學園に来たのかなんて、俺にはどうでもいい事だ。だがな、死にたくなければもうあの遺跡の事は忘れろ」
 皆守の言葉に視線を向ければ、酷く驚いたようだった。
「…く…ろう?」
 何が彼を驚かせているのだろう?
「俺は…死なないよ、皆守」
 発した音は、自分の物とは思えない程乾いていた。
「誰かを残していく辛さを、知ってるから。でも…俺はいかなくてはならない」
 泣いてるから。
 軽く目を伏せ答えれば、皆守が舌打ちする音が届いた。
「……嫌なんだよ。面知ってる奴が死ぬってのは。……ちッ。何いってんだかな、俺も」
「皆守…」
「……チャイムが鳴ったらいつまでも校舎に残ってないでさっさと帰れよ」
「皆守クンッ……」
 ふと、彼を縛っているものはなんだろうか、と考えた。
 死に異常な反応を見せた皆守。彼にも亡くした者がいるのは今ので確定となった。ならばあの空虚な姿勢も、人を近づけまいとする振る舞いも、全ては亡くした誰か、が発端となっているのだろうか。『死』は人を縛る。それは死者の特権であると俺は考えている。決して消える事のない鎖。それを引き千切ってやりたいと思うのは高慢だろうか。
「あの遺跡って、何なんだろう……ね、九チャン」
「本当だね、やっちー」
 あの遺跡は誰を縛っているんだろうね?

 

「痛ッ!」
「…これくらい我慢しろよ」
 夜、一人で墓地へ向かった。本来ならば皆守ややっちーと一緒に行きたい所なのだが、何故か今回は一人で彼女と対決したかった。
 死を理解しない彼女が、遠い昔の自分に重なる。
 ただ敵を倒す事に必死になっていたあの頃。沢山の仲間に、自分は守られていた。だが、今は違う。守られる側から、守る側へ。
「も、もうちょっと……優しく…」
「四の五の言うな」
 寮に帰還した俺を待っていたのは皆守だった。
 隠しきれる怪我ではないと分かってはいたが、まさか手当をされるハメになろうとは思っていなかった。
「あ、あの皆守サン、怒ってマスカ」
「なんで片言なんだよ」
「いや…なんとなく」
 緩い笑みを浮かべれば、途端に手当が乱雑になる。なんて分かりやすい…。
 断続的に襲い来る痛みに耐えていたら、ようやく包帯を巻く感覚が訪れた。いやはや…久し振りに半泣き状態だよ。
「で、どうだったんだ」
「ん? ああ…」
 プリクラ貰った、と告げれば包帯を巻く力が強くなる。
「いたたたたたッ」
「煩せぇぞ」
 すみません……。と謝罪の言葉を口にしながら、何か間違っているのでは? と思わずにいられない。手当だって頼んだ訳ではないし。
「皆守」
「あ? なんだよ」
 あまりに皆守が感情を表に出すから、つい聞いてみたくなった。
「心配した?」
 一瞬呆けた表情をした後、怒濤のように罵られたのは言うまでもない。

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